※ジタンが幼い。



テーブルの上の、それ。ジタンがよく飲んでいるオレンジジュースとは別の、何だか不思議な飲み物。透き通った赤い色が揺れる。まんまるの碧眼はそれをじっと眺めていた。クジャはそれを置いたまま席を外している。

クジャとジタンで住む家に今日はたくさんの人が集まっていた。おめでたい席なんだよとクジャはジタンに言ったが、ジタンはおめでたい席をよく知らなかった。そして、せっかくのおめでたい席なのだがジタンはそこには入れてもらえない。
なのでジタンはいつも二人で過ごす部屋でクジャの帰りをじっと待っていた。一人でいることには慣れっこだ。最初はいつものようにお菓子とオレンジジュースを頬張り、テレビをつけて時間稼ぎをしていた。
ジタンはまだ小さな子供だったので、慣れてるといえど飽きるのが早い。好奇心の塊のような子供の目にはあるものが気になって仕方なかった。

手を伸ばしても届かない。椅子に座ればやっと届くところにある、ワイングラス。それはもう、ジタンの暇を満たすには最適の小道具だった。
面白かった番組が終わるとそそくさとテーブルに向かう。ジタンとワイングラスを隔てるその距離を埋める手段は一つ、椅子に登ること。普段なら椅子に登るのはクジャの許可が必要で、食事の時以外には滅多にさせてはくれない代物だった。
ジタンは椅子の足にそろりと手を掛ける。ぐっと力を入れると飛び乗れそうな気がした、気がしただけだった。実際の問題としてはジタンが余りに非力だったことが敗因になる。何とか腰を預ける部分に手は届くのだが、座れるだけの身長がない。クジャなしでは何もできないこの状況に子供ながらに絶望を感じるしか他なかった。

ふと我に返り辺りを見回した。何か手はないかと部屋にある全てに視線を配る。踏み台になるような物が一つ見つかった。それは文字通り踏み台だった。
朝顔を洗って歯を磨いた後に片付けるのを忘れていたらしい。ジタンの脚は一直線にそちらへ向かって駆け出していた。走ってはいけないよと幻聴が聴こえてきた気もするが気にしていては何も始まらない。
大きな踏み台を抱えるとまっすぐ歩くことが困難になった。ジタンを毎朝支えてくれる台だ、小柄なジタンが運ぶにはそれなりの重量感はある。

椅子の前まで漸く辿り着くと登りやすい位置に踏み台を置いた。アスレチックを自分で組み立てているような気分にジタンは胸を踊らせる。一歩、また一歩、二段の踏み台を登って椅子に飛び乗った。ジタンの小さなおめめは好奇心をいっぱいに含んでまんまるに見開かれる。椅子の上に立ち、にょきっとテーブルの上にその目を向けた。赤い液体の入った透明なコップ。以前このコップを割ってしまった時、クジャにこっぴどくしかられたのをジタンは忘れてしまっていた。
手を伸ばし、コップを自分のところへ引き寄せる。余りいい匂いとは言えないコップの中のそれに少しげんなりしつつも興味はどんどん膨れ上がった。これが3時のおやつの甘い香り漂うジュースなら、ジタンは一気に飲み干してあただろう。
赤い水面に自分が映っているのを発見する。いたずらが楽しくて仕方ないですと同じ顔をするそれにジタンはおかしくなって笑った。
そして決心がついたジタンはいたずらの最終段階に進む。口元にグラスの縁があたる。グラスを傾けると赤い液体は近づいてきた。

あと少し

口に含んだそれの味は?

「うっぇ…っえぇ」

「君が悪いんだよ、僕の許しもなく椅子の上に乗るから」

「クジャ…まずい」

「お水、まだ欲しいかい?」

頷くとコップ一杯にクジャは水を汲んできてジタンに飲ませる。味わったことのない苦い味のするあの赤い液体にジタンは二度と口をつけることはないと誓った。

クジャは涙目になりながらごくごく音をたてて水を飲むジタンの背中をぽんぽんとたたく。落ち着いてきた頃に突然ジタンがクジャに擦り寄ってきた。眠いらしく肩に顔を押し付けてぎゅっと目を瞑っている。ジタンを抱いて立ち上がり、ベッドに小さな体を下ろした。

「クジャ、ここ」

自分の横をぽんぽん叩きここに来いと指図する。クジャはジタンの頭を撫でながら横に寝転んだ。やがてジタンの寝息が聴こえてくると、クジャも隣で目を閉じた。

「君がもう少し大人になったら、一人で椅子に座っても構わないよ」



End…




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