次の日。朝からサンドイッチを作り園の外に出ると、ちょうどヤローさんもタクシーから降りて来る所だった。

「あっ…おはようございます!」
「おはようございます、なまえさん。」

ヤローさんの私服はシンプルなシャツにデニムパンツを合わせたとてもシンプルなものだった。慣れない私服姿に少したじろぎながらも、必死に平然を装いながらヤローさんの隣に立った。

「せっかく天気も良いですし、バウタウンまで歩いて行きませんか?」
「はい!」

それから、バウタウンに着くまでターフスタジアムの事を色々と教えてもらった。スタジアムに居るウールー達が脱走して追いかけるのが大変だとか、この前お花屋さんでいただいたハーブティーを数量限定で販売したらすぐさま完売したとか。ヤローさんの話は聞いていてとても楽しく、自然と笑顔が溢れた。

「そういえば…なまえさんは、ポケモンを戦わせたりはしないんですか?」
「そうですね…バトルに関してはまるっきりセンスがなくて。ヤローさんはジムリーダーというだけあって、とても強いですよね。」
「いやぁ、僕なんかまだまだですよ。」
「でも、この前スタジアムで観戦した時にすごく強くて…本当に格好良かったです。」
「あっはは、ありがとう。」

気がつくと、私達はバウタウンのすぐ近くまで来ていた。"ようこそバウタウンへ"と書かれたゲートをくぐると既にきのみ祭りは始まっていて、街の至る所から賑やかな声が聞こえてきた。色とりどりのテントがずらりと並んでいて胸が高鳴る。

「さて、どこから見ましょうかねぇ。」
「こんなにお店があると目移りしちゃいますね。」
「ですねぇ。端から見ていきましょうか!」
「はい!」

それにしてもすごい人の数だ。歩けないというわけではないけれど、気を抜くとヤローさんとはぐれてしまいそうだった。

「なまえさん、こっち。」
「えっ、あっ…!」

ヤローさんが私の手を取り歩き出した。私の手はヤローさんの手の中にすっぽりと収まっていて、それだけ見ると大人に手を引かれている子供みたいだ。控えめに握り返すと、ヤローさんはいつものように柔らかく笑みを浮かべた。

市場に入ると色鮮やかなきのみ達が所狭しと並べられていた。きのみに付いている雫が陽の光に当たってきらきらと輝いていて、宝石のように見える。
たくさんお買い物していたら時間をすっかり忘れてしまい、いつの間にかお昼になっていた。

「疲れてないですか?」
「大丈夫です!」
「それなら良かった。んー、お昼どうしましょうかね?」
「あの…私、サンドイッチ作って来たんです!お口に合うか分からないんですけど。」
「わぁ、本当に?ありがとうございます!」

船着場のベンチに腰掛け、バスケットから今朝作ったサンドイッチとキテルグマお手製の木苺ジュースを取り出した。美味しそうにサンドイッチを頬張るヤローさんを見ていると、早起きして作った甲斐があったなと思う。

「あ、ヤローくんじゃん。」

声のする方を見て息を呑んだ。すらっとした手足、褐色の肌によく似合う碧色の眼。テレビや雑誌でしか見た事無いけど、この人って…!

「ルリナさん!今日はオフですか?」
「んー、まぁそんなとこかな。」
「は、はじめまして。」
「はじめまして。バウタウンのジムリーダー、ルリナです。」

やっぱりそうだ!美しすぎるジムリーダーとして名高い、あのルリナさんだった。実物の方が細いし可愛い!いつかの雑誌で対談していたのを見た事があったけど、確かルリナさんとヤローさんは仲良しなんだっけ。

「この子、噂の彼女?」
「えっ…!?」
「そっ、そんなんじゃないですよ!なまえさんに失礼ですから!」
「そうなの?でもまぁ、あんだけ自慢されたらそうかなって思っちゃうじゃんね。」
「わーわー!ルリナさん!やめるんじゃ!」

あたふたしているヤローさんといたずらっ子のように笑うルリナさんを、ただ私は見ている事しかできなかった。やっぱり雰囲気違うなぁ。ヤローさんは私と居るよりも楽しそう、だな…。
ふと、ルリナさんと目が合った。ルリナさんは何かを察したような顔をしていた。

「あー、誤解しないで。ヤローくんったらね、ジムリーダー同士で集まった時はあなたの事ばっかり話すんだけど、ずーっと可愛い可愛い言ってんだから。」
「えっ、えっ…?」
「ルリナさん…!!」
「可愛いね。ヤローくんが惚れるのも分かる気がする。
…ん?あっ、電話だ。じゃあまたねお二人さん。」

真っ赤な私達二人を置き去りにしてルリナさんは颯爽と歩いて行った。残り香まで良い匂いだな、なんてぼうっとした頭で間抜けな事を考えた。

「あの人はもう…ごめんな、なまえさん。」
「い、いえ…。嫌じゃなかったので…。」
「、それって。」

長い沈黙が続いた。ただ、潮騒と賑やかな音楽だけが流れている。周りで一緒に休憩していた人達はお祭りに戻ったらしく辺りには私達以外誰も居なかった。ヤローさんの指が私の指に当たった。お互いに手を引く事もなく、触れ合っている所だけが異常に熱く感じる。しばらくすると私の指を這うようにヤローさんの手が重なった。

「僕、そういう風に解釈しちゃうけど…良いのかな。」
「……は、はい。」

ヤローさんの少し汗ばんだ指がゆっくりと私の指に絡まった。心臓が私の胸を突き破って出てきそうなぐらい煩い。絡まっていたヤローさんの指が離れ、肩を優しく掴まれた。

「なまえさんが好きなんだ。」
「や、ろさん…っ、」
「初めて見た時から…ずっと、好きだ。」

ヤローさんは、順を追って話してくださった。

「あれは、ガラルに春一番が吹いた日の事だった。風に乗って飛んで行くワタシラガを追いかけていると木造の小さな家の前に辿り着いた。
中から賑やかな声が聞こえてきて、僕は誘われるように窓を覗き込んだんだ。
そこにはピアノを弾きながら楽しそうに歌うなまえさんと、なまえさんに合わせて一緒に歌うポケモン達が居た。」

「今までに見たどんなジムチャレンジャーよりも心が通い合っていたんだから驚いたんだわ。一目で僕は恋に落ちた。君の居る幼稚園に行くのが楽しみになっていた。ルリナさんの言う通り、ジムリーダー仲間から呆れられる程に君の話をした。」

"あのー…ポケモンの幼稚園というのはこちらで合ってますかねぇ?"
"えっ!ヤローさん!?"

「そしてあの日、何も知らないふりをして君の元を訪ねた。」

"な、何かご用でしょうか…?"
"知り合いからポケモンを育てるのがとてもお上手な幼稚園があると聞いたものでして、近くに来たついでに寄せてもらいました。"
"そ、そうなんですか!ありがとうございます。"

「君の笑顔を見て、更に好きになった。…離したくないと思うほどに。」

初めてヤローさんと話した日の事、スタジアムで戦っている姿を見た日の事、インタビューに一喜一憂した日の事、ターフタウンで出会った日の事…パズルのピースを埋めるように、一つひとつ頭の中で蘇った。
視界がじわりと歪み嗚咽が漏れる。私は、自分が思っている以上にヤローさんの事が好きだったんだ。
優しく指で私の涙を優しく掬うヤローさんの手に、自分の手を重ねた。

「わ、わた、私も…す…好……んっ、」

言い切る前に、私の震える唇とヤローさんの唇が重なった。


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