どうやら私達が一番乗りらしく、教室には誰も居なかった。運んでもらった教科書類を自席に置いてもらい、ペパーくんに何度も頭を下げた。しんと静まり返った教室に一人ぼっちだと心細かっただろうから、そういう意味でもペパーくんが居てくれて本当に良かったと思う。

「誰も居ないね。」
「そうだな。」
「…あ。」

メッセージアプリを開くと通知が二つ届いていた。差出人はどちらも前の地方に住んでいた頃の友人からで、仲良しグループで遊んだ時の様子の動画が送られてきていた。再生ボタンをタップし、ペパーくんの迷惑にならない程度にスマホのスピーカー音量を少しだけ上げると、きゃっきゃと賑やかな笑い声が耳に届いた。元から私に送るつもりでいてくれていたらしく、時折私の名前を呼ぶ声も入っている。

「ふふ。」
「随分と嬉しそうだな。」
「あっ、うん。前の学校で仲良くしてた子達が動画を送ってくれたんだ。」

みんな元気そうで良かった、そう思っていた筈だったのに。動画が進むにつれ、上がっていたはずの口角が徐々に下がっていくのが自分でも分かった。小さな液晶画面の中で馬鹿をやっている友人達を観て、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さなため息をついた。慣れ親しんだ場所で愉快に過ごす友人達と、遠い地方に一人ぼっちの私。どうして私は引っ越さなければいけなかったんだろうと思わずにはいられなかった。

毎日吸っていたあの空気も、街並みも、仲間も、学校の制服も。当たり前だったものは全て手の届かない場所にあって。みんな一緒に足並みを揃えて、せーので卒業するはずだったのに。

栓をしていたはずのネガティブな感情がとめどなく押し寄せてきて、堪えきれなくなりとうとう視界がじわりと歪んだ。朝からこんな情緒不安定な姿を見せてしまい不快な思いをさせたであろうペパーくんに謝りたかったのに、ごめんなさいの一言すら喉元に引っかかってしまい言葉にならなかった。

ペパーくんは暫く黙っていたが、何を思ったのか突然私の手を握り、無理やり立ち上がらせて教室の外へ向かった。

「えっ、えっ!?」
「いいから!」

授業を受けるために登校してきた生徒達に逆らうようにエントランスへ向かう。相変わらず手は握られたままで、すれ違う人々は皆私達を見て色めき立っている。ペパーくんは目立つことをあまり好まないのに、こんな、噂になりそうなことをしても良いのだろうか。

「ペパーくん、あの…。」
「あっ、悪い!」

アカデミーを飛び出すだけではおさまらず、テーブルシティの広場まで来てしまった。ペパーくんに声を掛けると、ぱっ、と効果音がつきそうなぐらいのオーバーリアクションで離れ、繋いでいた手がほどけた。

「あの、上手く言えねえんだけどさ。ナマエが泣いてる姿、他の奴に見られたくなくて。何か…勝手に身体が動いてた。」
「そ、そっか…。」

ペパーくんは、私の情けない姿をクラスメイト達に見せないようにしてくれたのだ。心のどこかで期待してしまった自分が恥ずかしい。

「ナマエ。」
「ん?」
「俺はお前が会いたがってるダチの代わりにはなれねえけどさ。」
「うん。」
「話し相手ならいくらでも引き受けるし、辛い時は腹が減ったら腕によりをかけてとびきり美味い飯を作ってやる。」
「…うん、本当にありがとう。」
「つーか、俺がひこうタイプのポケモンを手持ちに入れてたらもっとイケてる感じで教室の窓から外に出れたんだけどな…はははっ。」
「ううん、そんなことない。十分格好良かったよ。ありがとう。」
「…ナマエのそのどストレートちゃんな発言って地域柄のもんなのか?」
「えっ?」

私が聞き返すのと同じぐらいのタイミングで大きな鐘の音が辺りに鳴り響いた。

「あー…この後どうする?」
「ふふ。ペパーくんに任せるよ。」
「うっし、そういうことならピクニックに付き合ってもらうぜ!」
「やったあ!」

歩いている途中、私の手がペパーくんの指先にこつんと当たった。ほんの少しだけ冒険してみたくてそっとペパーくんの指先に触れると、私の手をペパーくんの手が包み込んだ。力を抜くとほどけてしまいそうだったから離れてしまわないように手を握れば、ペパーくんもまた同じように私の手を強く握り返した。

過去の思い出に縋り続けるより、大好きな人と一緒に居る今この瞬間を大切にしたいと思った。


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