寮棟へと続く廊下はしんと静まりかえっていて、騒がしい食堂とはまるで別世界みたいだった。
ペパーくんは階段を上がってしまい全く姿が見えなくなってしまったので、呼び止めるために名前と叫ぼうと大きく息を吸った。その時だった。

「あ、もう帰る感じ?」
「…おう。」
「相変わらず早いねー。」

予想外の展開に思わず息を飲んだ。ここからは見えないけど、誰かと話しているみたいだ。相手の方は…多分、声の感じからして女の人だと思う。それにしても、いつも一匹狼なペパーくんが誰かと話すなんて珍しいな。

会話を盗み聞きするのは意に沿わないと思ったが、女の人がペパーくんから離れるチャンスがあればと思いその場に立ちとどまった。

「ねえペパー、転入生と付き合ってるって本当?こっちのクラスでも結構噂になってんだよね。」
「…お前には関係ないだろ。それに、あいつにはマフィティフを助けてもらった恩があるんだ。」

どうやら私のことを話しているらしい。悪口を言われたら嫌だなと思いつつ耳を傾ける。

「ふーん…イエスかノーでは答えないんだ。」

つまらなそうな女の人の声が静かな踊り場に響く。きっとこの人もペパーくんが好きなのだと直感した。私よりもずっと前からペパーくんに想いを寄せている。私よりも、ずっと。

引き返すべきだった。だけど、どうしても私のことをどう思っているかペパーくんの口から聞きたかった。

「可哀想だから転入生にあんまり期待させちゃダメだよ?」
「は?お前何言って、」
「だって私達、将来を約束した仲じゃん。」

言葉が刃に形を変えて胸に突き刺さる。将来を?約束?確かに親が有名な人なら、そういう許嫁みたいな人が居ても何ら不思議ではないのかもしれない。私なんて最初からお呼びじゃなかったのだ。

それにしたってペパーくんもペパーくんだ。彼女なんか要らないとか言っておきながらしっかりキープしているじゃないか。

見知らぬ土地で出会った人に優しくしてもらえて、サンドウィッチを作ってもらって、浮かれて…自分が本当に恥ずかしい。

二人の前に出て強く言う勇気も無い私は、そのまま踵を返してその場を後にした。遠くの方でペパーくんが何か言っている声が聞こえる。女の人が放った言葉がいつまでも耳に残っていた。

「…惨めだなあ。」

思い身体を引き摺るようにして歩いていると突然ロトロトロトとスマホが鳴った。お母さんからだ。

「…もしもし。」
「あっ、ナマエ?ごめんねえ、今大丈夫?」
「うん。昼休みだから、平気。」
「良かった!ナマエの部屋って何号室だっけ?荷物を送ろうと思ったのにお母さんうっかり部屋番号忘れちゃって。」
「ありがとう!XXX号室だよ。」
「XXX号室ね、了解!お母さんの手作りマーマレードジャムも入れておいたからね!」
「あっ…うん、ありがとう。」

マーマレードと言われつい過剰に反応してしまう自分を心の中で嘲笑う。その後は他愛もない話をして電話を切ったが、傷心中に親の優しさに触れたせいで堪えていたものが数滴零れ落ちた。

「部屋、戻ろ…。」


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