「マフィ子、次の授業は美術だよ!急がなきゃ遅れちゃう…!」
「ワフワフ!」

休み時間を知らせるチャイムが鳴り響く。マフィ子をボールに格納し、筆記用具と美術セットを両手に抱えて広いアカデミーを小走りで移動する。今日は先週のデッサンの続きだからあの人も出席するかな。緩む顔を周りに悟られないようにキュッと唇を結び、だけど心の中ではスキップしながら美術室へ向かった。

あまり大きな音が鳴らないようにゆっくり引き戸に手を掛け室内を見渡すと、いつもの席に私のお目当ての人が頬杖をついて座っていた。

「いた…!」

朝の情報番組の占いコーナーで自分がどれだけ悪い結果だったとしても、この人に会えるだけで全てがひっくり返る。

残念なことに履修科目があまり被っておらず、家庭科の授業と稀に美術の授業でお目にかかれるのだ。
実は先週片付けをしている時にどさくさに紛れて名前とクラスを確認したのだけど、一個上の学年で名前はペパー先輩というらしい。涼しげな色を宿した瞳は誰を映すこともなくただじっと伏せられている。
今日もマフィ子越しにペパー先輩を観察できる絶妙な位置を陣取ることができた。私の勝ちだ。

「ハイ!今日は先週のデッサンの続きをしてもらいますですよ。皆さんポケモンを出してくださいね。」

ハッサク先生がそう言うと、皆が一斉にボールを構える。

「マフィティフー!格好良く描いてやるからな!」
「ワフンワフン!」

ああ、今日も格好良い!マフィティフくんになりたい…何度そう思ったことか。
元々は相棒がマフィティフという共通点から目で追っていたのだけど、いつも寡黙で一匹狼なペパー先輩がマフィティフくんの前でだけ見せる笑顔にまんまと撃ち抜かれてしまった。

ペパー先輩に見惚れていると、中で暴れているのか手元のボールが震えた。慌てて私もボールを構えてマフィ子を外に出せば待ってましたといわんばかりに膝元にじゃれついてきた。

「遅くなってごめんね…!」
「ワッワッ!」

マフィ子が大きな身体をひっくり返してお腹を見せる。オラチフの頃から変わらない仕草だ。いつまでも赤ちゃんみたいだと思いくすくす笑っていると、"ぬっ"という効果音がつきそうなぐらいゆっくりと視覚の端に何かが現れた。

「ワフッ!」
「ワン!」

目の前にマフィティフが2匹。ペパー先輩のマフィティフくんが寄ってきたらしく、うちのマフィ子と鼻同士を擦り合わせていた。マフィ子の顔をペロペロと舐めるマフィティフくんをペパー先輩の大きな手が制止した。

「…悪い。」
「ひっ、はっ、ぅあ」

ばくばくばくばく。心臓が物凄い勢いで早鐘を打つ。何も言い出せずどもっていると、ペパー先輩がちらりと私の顔を見てほんの少しだけ頭を下げた。

「ほら、席に戻るぞマフィティフ。」
「ワフッ!」

そう言うとペパー先輩とマフィティフくんは元の席へ戻って行った。頭の中でペパー先輩の放った"悪い。"が無限ループしている。初めての会話にしては全然可愛くはないけど、緊張してまともに受け答えができない私には十分だった。

マフィ子越しにペパー先輩を見ると何回か目が合ってしまい、その度に私は真っ赤に染まった顔を画用紙で隠した。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -