自室は母が綺麗に掃除してくれているお陰で、部屋の主が居なくても清潔に保たれていた。マフィティフくんとマフィ子は部屋に連れられて、早速ゴロゴロと転がっている。生まれ育った実家の自分の部屋にペパー先輩を招き入れるのは何だか不思議な気分だ。

「ははっ、なんか女子の部屋って感じで落ち着かねえな!」
「確かに寮の部屋よりは可愛げがあるかもしれませんね。」

二人一緒にベッドに腰掛け、私はそのまま倒れ込んで馴染みのある匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。ペパー先輩は近くに置いてあったクッションを抱きかかえてベッドに寝そべっている私を見下ろしている。

「ナマエの母ちゃん、楽しい人だな。」
「そうですね、賑やかな人だと思います。」

ペパー先輩が少しだけ俯き、長い前髪が影を作った。付き合ってすぐの頃に親御さんと長らく会っていないということを打ち明けられて、今回の帰省もかなり悩み抜いた末にペパー先輩に相談を持ちかけたのだけど。もしかして嫌だと言い出せずに私の為を思って無理に約束を取り付けてしまったのだろうか。
だとしたら自分の行動は軽率だったのかもしれない、気付けなかった自分が憎い。
謝らないとと思い起き上がったが、ペパー先輩に遮られ私が声を発することは叶わなかった。

「俺、親と仲良い奴がずっと羨ましかったんだ。なんでうちは、ってガキの頃はよく考えたりもしたけど…。でも今はマフィティフだけじゃなくてナマエやマフィ子も隣に居てくれるから、全然寂しくねえんだ。」
「ペパー先輩、あの…全然気が付かなくて……断りにくかったですよね。お誘いしてしまってごめんなさい…。」
「いや、そんな顔させたいわけじゃなくて。今は十分幸せだしな。」
「でも…。」
「だーっ!とにかく!俺を選んでくれてありがとなって言いたいの!分かったか?」
「は、はい…。こちらこそ、私なんかを選んでくださって、ありがとうございます…。」

以前は本当に単位が危うかったペパー先輩だが、最近は授業の出席率も増え、学校に滞在する時間が長くなった。顔の整ったペパー先輩のことを女子は放っておくはずもなく、格好良いだとか、さっき購買ですれ違っただとか、そんな風に噂話をしている生徒が以前より格段に増えた。
私はというと秀でたものもない平々凡々なポケモントレーナーで、マフィティフをパートナーにしていなければこの恋物語も一方通行のままだったに違いない。

「おい。」
「は、はい。」
「私"なんか"ってのは間違い!あのさ。気付いてなさそうだからあえて言うけど。俺、ナマエと目が合う度に馬鹿みてえにドキドキしてんだぜ。」
「へ、」
「愛情とかそういうの全然分かんねえ!って思ってたけど、ナマエと出会って変わったんだ。ナマエのこと、心の底から大好きだ。だからもう…そういうネガティブなこと言うな。」
「はい…すみません……。」

ペパー先輩はずるい。私だってペパー先輩と目が合う度にきゅんとするし、少し眉毛を下げて笑った顔を見るだけで何だか泣きそうになるのに。

「ははは!顔、カジッチュみてえな色になってんぞ。」
「誰のせいだと…。」
「…ナマエ、こっち向いてくれ。」

熱を帯びた私の頬を、ペパー先輩の指先が包み込む。ほんの少しだけ汗ばんだ親指が私の唇に触れた。初めてではないのについ、ごきゅっ、と生唾を飲んでしまったが、そんなことはお構い無しにペパー先輩の長いまつ毛がゆっくりと近付いてくる。慌てて私も目を閉じた。

唇があと数センチで触れるという時。コンコン!と空気ぶち壊しのノック音が部屋に響き、物凄い速さでペパー先輩が私から離れた。

「ナマエ!ご飯食べて帰るわよねぇ?」
「あっ、食っ、食べる!」
「じゃあお買い物行ってくるから帰ったらお手伝いしてね!」
「はーい……。」

さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら、部屋はしんと静まり返り、マフィ子達のハフハフという息遣いだけが耳に入る。
このどうしようもない空気に耐えきれず、とうとうペパー先輩が吹き出した。

「ふはは!絶妙ちゃんなタイミングだったな!」
「はは…そうですね……。」

キスしたかったな…なんて思いながらワンピースについた皺を伸ばした。残念がっているのは、きっと私だけだろう。

「ナマエ。」
「はい、…!」

名前を呼ばれ振り返ると、ふわりとペパー先輩のシャンプーの匂いが鼻を掠め、瞬きをする間もなく唇に柔らかな感触がした。

「せ、せせせせんぱ…!」
「悪い、したくなった。」

そう言っていたずらっ子のようににししと笑うペパー先輩を見て、この人には敵わないなと思った。きっとこの先もペパー先輩と目が合う度に恋をするんだ。

仕返しの意を込めて厚い胸板にぎゅっと抱きつくと、それを見たマフィ子達も面白がってバフバフと息を荒らげて楽しそうに足元にまとわりついた。

二匹のマフィティフが繋いでくれたこの恋は、まだまだ始まったばかりだ。


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