あっという間にスパイクタウンに到着し、リビングに通された。こじんまりとしていて必要なものだけを揃えたシンプルな佇まいだ。
「お邪魔します…!」
「どうぞ。お湯張りますからゆっくりしててください。」
私がソファに座らされるとネズさんはリビングを出て行ってしまった。
不審に思われない程度に部屋を見渡してみる。壁には写真の他に、何かのメダルが飾られていた。ここで二人はどんな会話をするんだろうか…なんてぼんやりと考えていたらネズさんが戻ってきた。
「今日はマリィが居ないので俺の部屋で寝てください。」
「えっ、でもネズさんは…?」
「俺はリビングで寝るので。」
「それは風邪引いちゃいますよ!私がリビングで寝ます。ヘルガーに引っ付いて寝たら温かいので!」
「お前はお客さんですし、だいたい女の子をソファで寝かせる奴がどこにいやがるんですか。」
こんな不毛なやり取りを続ける事、二十分。ネズさんは時計をちらりと見た後、怠そうにため息をついて諦めたように言い放った。
「そんなに言うなら俺も自分の部屋で寝ますよ。」
「…最初からそう言えば良かったのに。」
「何ですか?」
「い、いえ。なんでも。」
「はぁ。風呂沸いたので先にどうぞ。」
案内されたバスルームはコンパクトながらも可愛らしい内装だった。ニッチにはマリィちゃんの物であろう色とりどりの化粧品が所狭しと並べられている。
「わ…私、今晩ネズさんと一緒に寝るんだよね…。」
鏡に映る自分に尋ねる。勢いでとんでもない事を口走っていた事に今更気付いた。それもその筈、最初はネズさんは自室で私はリビングで寝ると言っていたはずなのに、途中から間違えてネズさんの部屋で二人で寝ると主張してしまっていた。これ以上は時間の無駄だと判断したのか、ネズさんが折れる形でこのやり取りは終止符を打った。
お風呂から上がるとネズさんはタチフサグマのブラッシングをしていた。ネズさんがバスルームに行ったのを確認しマリィちゃんに泊まらせてもらう旨のメールを送ると即座に既読が付き、モルペコのスタンプの後に"頑張れ!"と一言送られてきた。
「マリィちゃんめ…。」
それにしても今日はたくさん走ったから疲れたな。ソファで寛ぐタチフサグマにもたれかかると意外にも毛はふわふわしていて、それでいて温かい。少しだけうとうとした後、意識を手放してしまった。
気がつくと私は夢の中に居た。誰かが優しく私の頭を撫でている。頭の次は頬へ、頬の次は唇へと冷んやりとした指がゆっくりと動く。くすぐったくて気持ち良い。指が一瞬だけ離れ、唇に何か柔らかいものが当たった気がした。ほんの少しだけ目を開けるとネズさんの顔が見えた。とても驚いた顔をしてるけどどうしたんだろう?
「ネズさん……。」
「お前…起きてたんですか?」
「ん…へへ。」
現実では上手くいかないにしろ、せめて夢の中でぐらいネズさんと良い関係になってもバチは当たらないと思った。
「ねぇ、ネズさん。ちゅうして?」
夢の中の自分はえらく積極的だ。だって、自分が思う以上に甘ったるい声が出たのだから。ネズさんは目を泳がせて少しだけ躊躇った後、乱暴に私の唇に自分の唇を重ねた。角度を変える度に激しくなり、ねじ込まれた舌が私の舌に絡みつく。ああ、これが現実だったら良いのに。