今日もまた、ネズさんの作業部屋に来ている。作詞の手伝いと言っても最近はネズさんが書き上げた歌詞の感想を伝えるぐらいだけど少しでも必要としてもらえている事が嬉しくて仕方がない。目を伏せて筆を走らせるネズさんを盗み見するのが今のマイブームだ。ふいにネズさんが顔を上げ視線がぶつかった。
「何、だらしのない顔してやがるんですか。」
「な…何でもないです。」
「何もなかったらそんなアホ面しないでしょ。」
声を出さずに喉を鳴らしながら笑うネズさんをじろりと睨んだ。
「バウッ!」
「うわ、びっくりした。」
突然聞こえたヘルガーの大きな声に驚いて思わず肩を揺らした。ネズさんは日頃からライブをしているので大きな音にも慣れているらしく無反応だ。声のする方を見るとヘルガーとタチフサグマが戯れ合っていた。
「ヘルガー、お兄ちゃんが出来たみたいで嬉しそう。」
「お前もマリィと同じ俺の妹みたいなもんですからね。」
再びルーズリーフに視線を落としたネズさんを見つめた。打ち解けてくれたのは嬉しいのにネズさんにとって私は妹止まりなんだと思うと、なんだか少し。
「ネズさんの馬鹿。」
「うるせーですよ。だいたい何ですか急に。」
いかにも不貞腐れていますとばかりに突っ伏してみると、小さくため息が聞こえた。
「そういえばナマエ、ジグザグマが欲しいんですって?」
「…………はい。」
「丁度作詞もひと段落しましたし、ワイルドエリアにでも行きますか。」
「えっ。」
「いつも作詞を手伝ってもらってますし、たまにはお前の用に付き合ってやっても良いですよ。」
顔を上げた時には既にネズさんは椅子に掛けていた革のジャケットに袖を通していた。
天気があまり良くないからかワイルドエリアは意外と空いていて誰も居なかった。空はどんよりとしていて、今にも雨が降りそうだ。
「雨が降る前に捕まえますよ。」
「はい!」
意気揚々と生い茂った草むらに足を踏み入れた。ポケモン達も悪天候を見越したのか巣穴に戻ってしまったらしく出てこない。少し場所を変えようか考えていると隣で暇そうにしていたネズさんが口を開いた。
「そういえば、俺達の出会いはワイルドエリアでしたね。」
「そうですね。あのパンダ…えーっと。そうそう、ゴロンダに追い掛けられて。」
「あの時のお前の顔と言ったら、思い出すだけでも笑けてきますよ。」
「もう、意地悪!」
ふと、折れた丸太の後ろに黒い何かが横たわっているのが見え、急いで後退りしネズさんの後ろに隠れた。毛の生えた尻尾の先端がはみ出ている。恐らくポケモンだと思うけど、問題はこのポケモンが生きているのか、亡くなっているかどうかだ。
「何です?」
「な、何か居ます。そこの丸太の後ろ。」
「ちょっと見に行ってみますか。」
ネズさんに丸太の後ろに回ってもらい、様子を見てもらった。ネズさんの表情からして、どうやら亡くなっている訳ではないみたいだ。
「汚れて真っ黒なので何のポケモンかは分かりませんが、まだ息はあります。」
「本当ですか?今からでもポケモンセンターに、」
鼻の頭にポツンと滴が当たった。最悪だ、最悪のタイミングで雨が降って来た。息をつく間もなく雨は本降りになった。雨が降るとみんな考える事は同じでタクシーを使う。捕まるかどうかも分からないタクシーを待っている時間は恐らく無い。
「お前のヤミカラス、そらをとぶは覚えてないんですか?」
「覚えてはいるけど……見ての通り小さな身体なので、趾で人間を掴んで飛べるかどうか…。」
「じゃあどうするんですか。今からタクシーを捕まえるとでも?」
ネズさんは苛立ちを隠しきれていない様子だった。
閃いた。目の前の命を救うにはこれしかないと思う。ヤミカラスとブラッキーが入っているモンスターボールをそれぞれ地面に向けて投げ、上着を脱ぎ横たわるポケモンを包み込んできゅっと結んだ。少しでも温もりを与えられるようにヘルガーのモンスターボールも一緒に入れておこう。ブラッキーに屋根代わりになってもらいながら鞄からいつも使っていた便箋セットを取り出し急いで筆を走らせた。
「ヤミカラス!エンジンシティのポケモンセンター、分かるよね?この子をポケモンセンターに連れて行って!あとこれ、便箋も咥えて。ちゃんと病院の人に見せてね。」
「ガァー!」
趾にポケモンが入った服を結び付け、ヤミカラスは袋に入った手紙を咥えて勢い良く飛び立った。
「ポケモンに手紙なんか持たせて大丈夫なんですか。」
「大丈夫です。あの子、便箋を運ぶのは慣れてるので。」
ネズさんは知らないかもしれないけど、私達の生まれ育ったジョウト地方にはポケモンに手紙を持たせて運んでもらうという文化があるんだから。
「私は走ってエンジンシティに向かいます!」
「俺も行きますよ。」
エンジンシティのポケモンセンターに着くとヤミカラスとヘルガーが待合室に座っていた。一度も休憩せずに走って来たから足がパンパンになってしまって上手く歩けない。ネズさんと二人で崩れるように待合室の椅子に座った。
「はぁっ…はぁ…ヤミカラス、ヘルガー…!ありがとう…はぁっ…げほっげほっ!」
「ガァー。」
「バウ!」
「はぁ…はぁ…っ、ひこうタイプのポケモンを…入れておくべきでした…。」
ヘルガーに熱風を吹いてもらい髪や服を乾かしてもらっていると先生が白黒の毛玉を抱いて処置室から出てきた。
「到着があと少し遅ければ、このジグザグマはどうなっていたか分かりません。あなた達のおかげで一匹の命が救われました。本当にありがとう。」
「良かったぁ…。」
「おや、ジグザグマでしたか。」
白黒の毛玉が赤い目をこちらに向けていた。どうやらこのポケモンはジグザグマだったらしく、先生の腕から飛び出して私の元へ駆け寄って来た。お礼を言ってくれているのか尻尾を降りながら私の足元に擦り寄っている。頭を撫でてやると、ネズさんが新品のモンスターボールを私の手に握らせてくれた。
「そいつ、お前のようなトレーナーに出会えて良かったですね。」
控えめにボールを投げると、ジグザグマは抵抗する事も無くボール内に納まった。
ポケモンセンターを出ると雨は上がっていて、ぽつんとタクシーが停まっていた。どうやらネズさんが呼んだらしくアーマーガアが羽を広げて私達を迎えてくれた。
「今日はもう遅いですし、うちに泊まりませんか。」
「えっ!ネズさんの家に!?」
「嫌なら良いですけど。」
「い…行きます…っ!」
私達を乗せたタクシーは、スパイクタウンに向けて飛び立った。