マリィちゃんの話によると、ネズさんはスパイクタウンのジムリーダーを任されているらしい。スパイクタウンにはパワースポットが無い。つまり、ダイマックスを使わなくてもチャレンジャーを圧倒する事ができるんだ。それってかなり強いんじゃないか。

「俺よりもマリィの方がセンスありますけどね。」
「兄貴はいっつもそう言う。」

表情や声色から察するに、決して謙遜している訳では無く本当にそう思っているらしい。マリィちゃんの反応を見ても常日頃からこういう話をしているんだろうな。

「そうだナマエ。兄貴にポケモン達見せてやってくれんね?」
「うん。みんな!出ておいで!」

モンスターボールを軽く投げた瞬間、他の二匹は普通に出て来たけどヘルガーだけが勢い良く飛び出し嬉しそうに私にじゃれついてきた。こんなに怖い顔をしているのにワンパチのように人懐っこくてガーディのように活発だ。マズルを撫でてやると気持ち良さそうに目を細めた。ヤミカラスとブラッキーは私以外のトレーナーには懐かないという事もあって、少し離れてネズさんを見つめていた。

「みんな、この人はネズさんっていってマリィちゃんのお兄さんだよ。」

ヘルガーは一頻りネズさんの身体や服の匂いを嗅いだ後、危ない人間ではないと判断したらしくネズさんの足元に擦り寄った。

「三匹とも可愛いですけど、ヘルガーですっけ?これじゃまるでワンパチですね。」
「あはは、よく言われます。」
「そういや兄貴、作詞は終わったと?」
「まだですよ。今日は何も降りてきやがりませんし、明日にしましょうかね。」

話についていけず目を点にしていると、それに気付いたマリィちゃんが説明してくれた。いちいち話を止めてしまって申し訳ない。

「兄貴は歌手としても活動しとるけん、それん事。」
「そうなんだ。それなら邪魔しちゃ悪いよね。」

ヘルガー達をモンスターボールに一度は収めたものの、中で暴れたのかヘルガーだけ出てきてしまった。すっかりネズさんに懐いたようだ。

「ヘルガー、もう帰らなきゃいけないから。」
「んー、ナマエ。ヘルガーも兄貴に懐いたみたいやけんもし良かったら兄貴の作詞手伝ってくれんね?」
「えっ?でも作詞なんかした事ないし…。」
「素人の方が意外と良い歌詞作ったりするって兄貴も言っとったけん大丈夫。ね、兄貴。」
「うるさくしねーなら俺はどっちでも良いですよ。」

マリィちゃんのゴリ押しもあり、私はネズさんの作詞を手伝う事になった。マリィちゃんはジムチャレンジの準備の為スパイクタウンで別れた。


(ねぇモルペコ、兄貴とナマエってなかなか相性良さそうたいね。)
(うらら!)
(付き合ってほしか!)


マリィちゃんと別れた後、特に会話もなく商店街を歩いた。そういえば会ってまだ間もないのに作詞のお手伝いなんて引き受けて良かったのだろうか。天真爛漫なヘルガーのおかげでこの気まずい空気にも何とか耐える事ができているけど…。うだうだと考えているうちにネズさんとマリィちゃんの住むアパートに到着してしまった。

「ちょっと散らかってますけど。」
「お邪魔しまーす…。」

作業部屋は楽器が所狭しと並んでいて、ポスターやフライヤーが乱雑に貼られていた。奥にあるテーブルにはくしゃくしゃに丸められた紙がいくつも散らばっていて、作詞に相当苦戦していた事が窺える。

「一度目を通してみてください。」
「分かりました!」

渡された用紙を見ると、やや角張ったネズさんらしい字で歌詞が書き連ねられていた。恋愛がテーマの歌のようだ。

「どうですか。」
「うーん。素敵だとは思うんですけど、言い回しが少し回りくどい感じがします。好意を持たれていても、はっきり言われなきゃ気付かないと思うし…。ここの歌詞をこれに変えて、ここをこうしたらもっと良くなるんじゃないかな。」

ネズさんの顔を見てハッと口を押さえた。ネズさんの表情は全く変わっていないものの、どことなく怒っているように見えたからだ。

「すみません!私すごく失礼な事を…!」
「いや、驚いてたんですよ。なかなか良い歌詞書きやがるじゃねーですか。」
「えっ?」
「続きも手伝ってくださいよ。」
「あっ、はい!」

曰く、あまりバラード曲は作らないらしい。普段のパンクロックとは勝手が違うそうでいつものように歌詞は舞い降りてこなかったようだ。

その後もお互いに意見を出し合い、何時間もかけてようやく歌詞が完成した。何度読み返しても最高の出来だ。ペンのインクのせいで手や顔は汚れてしまったけど、そんな事気にならないぐらい今は達成感に満ち溢れている。ヘルガー達はすっかり眠ってしまっていた。

「アカペラですけど、ちょっと聴いててください。」

立ち上がりスタンドマイクのスイッチを入れた瞬間、ネズさんはシンガーの顔になった。その見た目からは想像もつかないほど甘い声で、本当に愛を囁かれているみたいだ。ネズさんから猛烈にアプローチを受けているように錯覚してしまう。そんな筈は全くないのに。今日初めて会ったのに。

「どうでした?」
「す、素敵でした…。」
「お前のおかげで助かりましたよ。ありがとう。」

控えめに笑顔を見せられ、とうとう私のハートは撃ち抜かれてしまった。ネズさんと初めて出会った日だけど、言い換えると私がネズさんに恋に落ちた日でもあった。


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