02-2.興味深い存在
ジャンケンを行い席替えが終わった僕たちは、各々自分のハンカチを取り出し目の前にある食器を拭いていった。もしも本当に毒物が仕込まれていたら、これだけではきっと防ぎ切る事は難しいだろうが。だが一度席に着いた以上は、途中で退席するわけにはいかないと、胸中で決心を固めながらオードブルのフォアグラにナイフを入れた。
だが僕の懸念を余所に、晩餐会はつつがなく進行していき、最後のデザートが運ばれてくる頃にはどこか安心するような、それでいて拍子抜けするような気になっていた。
「こりゃー、美味い!」
「ホント……」
「どうやら思い過ごしだったようだねえ……」
他の出席者にも特別異常は見られない。ただの取り越し苦労で終わるのだろうか。いや、そのような筈が無い。これで終わる筈が無い。
「いや……。まだ分かりませんよ……?」
ナプキンで口を拭いつつ周囲に気を配る。晩餐会に何かしらの動きを見せると思っていたのだが、結局は何も起こらなかった。とすれば、晩餐会の終了とともに次のアクションがあるに違いない。
『どうかね諸君……。私が用意した最後の晩餐の味は……?』
僕の予感が当たったのは、そう考えていた直後の事だった。ナプキンをテーブルの上に置き、顔を声の聴こえた方へと向ける。
「フン……、おいでなすったな……」
『では、そろそろお話ししよう……。私が何故大枚をはたいて手に入れたこの館をゲームの舞台にしたかを……。まずは見てくれたまえ! 今、諸君の手元にあるフォーク、ナイフ、スプーン、そして食器類の数々を……』
皆言われるがままに、目の前の食器類を手にする。だが僕は気づいていた。晩餐会が始まる前に、自分のハンカチでナイフやフォークを拭いた時から。それに気づいていなったのは、恐らく――
「鳥……? 嘴が大きくて不気味な鳥のマークが付いてる……」
「これ……、烏じゃねーか?」
やはり名前さんだった。そして毛利探偵も気づいていなかったらしい。毛利小五郎……、元警視庁捜査一課の刑事で、現在は“眠りの小五郎”ともて囃されている凄腕の探偵と言う事だが、どうしてだろう。
凄腕の探偵には思えないのは、僕の気のせいなのだろうか。それともあれが犯人を油断させるための、彼の常套手段なのだろうか。
そしてあのコナンとか言う少年、彼もまた気づいていないのではと予想していたのだが、その予想は見事外れてしまったようだ。
皿の裏に描かれている烏の絵を見つめるその瞳に、驚愕の色は窺えなかったからだ。彼は一体何者なのだろうか。ただの子どもの一言では片づけられない“何か”があるような気がしてならない。
本格的に調べるのも面白いかもしれない。だが今は怪盗キッドを捕まえる方が先決だ。つまりは今目の前にある事件を解決に導く事。そして事件を解決に導くための第一歩が、今僕たちが手にしている烏の絵が描かれた食器類にあるのは言うまでもない。
ならば始めようか、このゲームを。
「……だとしたら、これはもしや……」
『もうお分かりかな? それは半世紀前に謎の死を遂げた大富豪、烏丸蓮耶の紋章だよ……』
「か、烏丸蓮耶!?」
声を荒げる毛利探偵には目もくれず、話の続きに耳を傾ける。
『食器だけでは無い……。この館の扉、床、手擦り、リビングのチェスの駒からトランプに至るまで、全て彼が特注した代物……。つまりこの館は、烏丸が建てた別荘……、いや別荘だった……。
40年前この館で、血も凍るような惨劇が起こったあの嵐の夜まではね……。
有能たる名探偵諸君なら、この館に足を踏み入れた時に既にお気付きでしょう……。飛び散った夥しい血の跡に……。
そう……、それはこの館がまだ美しさを保っていた40年前のある晩……。この館に財界の著名人を招いてある集会が開かれたのだよ……。99歳で他界した“烏丸蓮耶を偲ぶ会”と銘打ってな……。
だがその実態は、烏丸が生前コレクションしていた高価な美術品を競売する為のオークション……。その品数は300点を超え、オークションは三日間行われる予定だった……。
そしてその二日目の夜……、オークションが酣だったこの館に、ずぶ濡れの二人の男が訪ねて来たのだ……。その二人の男は寒さに震える唇でこう言った……。
“この嵐で道に迷い途方に暮れていた所……、山を見上げたら明かりが見えたのでやって来た……。嵐がやむまで此処に居させてくれ……”と……。
オークションの主催者は、最初は彼らを館に入れるのを渋っていたが、彼らからお金の代わりにと一枚の葉を渡され態度が豹変した……。
主催者は彼らに言われるままにその葉を紙に巻いて煙草の様に吸い、みるみる内に陽気になって彼らを館内に受け入れたのだ……。
その様子を見た他の客達も彼らに葉を進められ、館内にその葉の煙が充満した……』
話が進むにつれ、皆自然と口を閉ざしていく。それは話の内容を一言も聴き漏らすまいと言うためだろうが、中にはこの異様な雰囲気に飲まれ声が出せない者もいるのだろう。その中で唯一毛利探偵だけが口を挟む。
「ま、まさか……。まさかその葉っぱって……」
(……マリファナ……)
“館の主人”が答えよりも早く、胸中で答えを言い当てた。