-Proof of Love- | ナノ

02-1.不安げな表情の理由

「キ……、キッド・ザ・ファントム・シーフ!?」


僕の言葉を耳にした毛利探偵は、反射的に席から立ち上がり声を荒げた。どうやら彼は招待主の正体に気づいていなかったらしい。


「そう……、狙った獲物は逃さない。その華麗なる手口はまさにマジック」

「星の数程の顔と声で、警察を翻弄する天才的犯罪者」

「我々探偵が生唾を飲んで待ち焦がれるメイン・ディッシュ」

「監獄にぶち込みてえ気障な悪党だ」


しかし気づいていなかったのはどうやら毛利探偵だけのようであり、他の探偵たちは皆口々に彼の事を評する。その様子に思わず笑みが零れる。


「そして僕の思考を狂わせた、唯一の存在。闇夜に翻るその白き衣を目にした人々はこう叫ぶ──」


流石は日本では指折りの探偵たちだ。これは、本気を出していかなければ他の探偵に先を越されてしまうかもしれない。だがそれはさせない。


探偵と名乗っている以上は、そして彼の事を追い続けている身としては、絶対にこの勝負、出し抜かれる訳にはいかないのだから。


「…………“怪盗キッド”!!!」


そう彼の名を口にした瞬間、一瞬だけ彼の気配を感じた。


水のような静けさと、張りつめた糸のような緊張感を併せ持つ彼独特の気配は、この人里離れた館に立ち込める、暗くそしてどこか澱んだ印象まで与えるこの空気を一瞬だけ忘れさせた。


そしてそれに気がついたのは自分だけでないと知る。周りの探偵たちは一人を除いて落ち着きを払っており、中には口端を持ち上げ笑みを浮かべている者さえいた。


だがその中で、気になる反応を見せる人間が二人もいた。


一人はもちろん、名前さんだ。


彼の名前を耳にした瞬間、彼女が見せたのは驚愕と言うよりは不安と言った表情だったのだ。驚かない、と言う事はそれ即ち、彼女は知っていたと言う事になる。この晩餐会の招待主が怪盗キッドだと言う事を。


だがその招待主が怪盗キッドだからと言って、どうしてそこまで不安げな表情を見せるのか。招待したのが犯罪者だから? それだけでは何かが納得いかない。


自分の身に災難が起こる事を案じると言うよりも、大切な誰かの身を案じると言うような表情を見れば。



(……まさか名前さん、貴女はもしかして──……)



そしてもう一人の気になる人物とは、名前さんがコナンと呼んでいたあの少年だ。


毛利探偵のように驚く様子も見せず、また名前さんのように不安の表情すら浮かべず。彼はほんの僅かにだが笑ってみせたのだ。


まるでこの状況を楽しんでいるような、怪盗キッドと相対するのを心待ちにしているような、そのような笑みだった。


それはまるで僕と同じような気持ちで。



(……あの少年は、一体……)



「そ、それじゃあ怪盗キッドが我々をこの晩餐会に招いたって言うんスか?」


毛利探偵の驚きの声が食堂内に響き渡る。


「ああ。どうやら世間に名の通った我々探偵を集めて知恵比べをやろうって趣向らしい。自分が今までに盗んだ財宝と、我々の命を懸けてね」

「多分今も何処かで私達の様子を見てるでしょうね……。この館内の至る所に隠しカメラが設置されてたから……」

「ええっ!?」


大上探偵と槍田探偵の言葉を耳にすれば、毛利探偵は更なる驚きの表情を浮かべつつカメラの在り処を突き止めようと辺りを見回した。


隠しカメラの存在は、この館に足を踏み入れた瞬間から気づいていた。もちろん、僕にあてがわれたあの客室内にもあったのは言うまでもない。


だがそれも今回彼が“晩餐会”を開くための、必要な準備なのだろうと考え、敢えて気にも留めなかった。気にしたところで全てのカメラを壊す事など不可能だろうし、そのような行動は彼に筒抜けだろう。


それでも自分にあてがわれた客室を調べたのは、僕がそうする事を彼だって予測していただろうと考えたためだ。彼だって馬鹿ではない。僕たちがこの“晩餐会”を訝しんで調査をする事も、そして僕たちが隠しカメラの存在に気づく可能性すらも考慮して、それでも恐らくは館中に隠しカメラを設置したのだろう。


全く、随分と手間隙をかけた“晩餐会”だ。客をもてなすのが招待主の使命だからと言って、あまりに手が込みすぎていると頭が下がる思いまでしてくる。



(……さあ、これからどうしますか? 黒羽君……)


(……確かに君は、この館の事について熟知しているのかもしれませんが、それでも僕ら探偵を目の前にして逃げ切れると本気で思っているのですか……)



その時、扉が開くの音がしたためにそちらの方へと視線を向けた。そこには料理を運んでくるメイドの姿が。


「やっと来たわね。彼が言う最後の晩餐が」

「オードブルのフォアグラのマーブル仕立てトリュフ入りジュレ添えでございます。どうぞお召し上がりください」


そう言った後、彼女は真っ直ぐ僕の方へと歩いて来た。その瞬間、ふと一つの疑問が生じる。


「ねえ、メイドさん? もしかして料理をテーブルに置く順番も御主人様から言い付けられていやしなかったかい?」

「あ、はい……。白馬様から時計回りにと……」


だがその疑問を口にするより早く、千間探偵が問いかけた。僕と全く同じ疑問を。


「いやね。ゲームは始まったばかりなのに、最後の晩餐と言うのが私にはちょっと腑に落ちなくてねぇ……」

「ハハハ、毒なんか入っちゃおらんよ! 料理はワシが作ったのだから!」

「……でも、それを口に運ぶフォークやナイフやスプーン、それにワイングラスやティーカップも予め食卓に置かれていましたし……」


綿密に計画された“晩餐会”と言う名の頭脳ゲーム。用意周到に張り巡らせられた仕掛けは、いつものマジック・ショーを観ているようで寸分の隙も見出せない。


その彼がわざわざ“最後の”晩餐と言うからには、ただの晩餐会で済む筈がない。


「……僕達はこの札に従って席に着きました。まあ、彼が殺人を犯すとは思いませんが、僕達の力量を試す笑えないジョークを仕掛けている可能性はあります。自分のハンカチでグラスやフォーク等を拭いてから食べた方が賢明でしょう」


自分の目の前に置かれたネーム・プレートを指で押し上げながら、丹精込めて磨かれた食器類に目をやる。一体何を仕掛けたのか。一体何を企んでいるのか。


一体何が目的なのか。


「違ぇねーな……。奴のペースで事が進むのも気にくわねーし……。何ならジャンケンでもして席替えするか?」

「し、しかしそれで運悪く毒に当たったら……」


茂木探偵の提案に、当然と言うべきか反対意見を述べる者が現れる。それは毛利探偵だった。


「フン! そんときゃーそれだけの人生だったと、棺桶の中で泣くんだな!」

「そ、そんな……」


名前さんはまたしても不安そうな表情を浮かべながら、それでも反論をする事無く席を立ちジャンケンをするために右手を出した。


それは何かしらの薬物を盛られるかもしれないと言う恐怖から来ているのか、それともそのような疑惑を持たれてしまった彼を思いやっての表情なのか、判断がつかなかった。


そして他の客たちも席を立ち手を出していく。それを全て見届けた後で、僕も立ち上がり手を出した。


ジャンケンをする直前、もしかしたらこの状況すら彼の思惑通りなのかもしれないと言う可能性が頭の中を過ぎっていった。






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