タソガレドキ忍軍の昔話

私の中の暗闇は、幸福という名の光で満ちていて、そのきらめきの根源は、他の誰でもない、name、お前だったのだ。

足を跨がせて向かい合っているnameの両手を握る。ほのかに色づいた頬や伏せられた長いまつ毛、わずかに開かれて呼吸をする唇なんかをまじまじと見る私を時々nameがちらりと見ては、視線が合うと慌てて目をそらすのでその度に声を出さずに笑ってしまう。
頬に手を添えると目を細めるのが可愛い。あぁさっさと抱いてしまいたい、と思う反面、この初心な反応をいつまでも楽しんでいたかった。耳の付け根を指で掻いたり、唇を親指で横に引いてみたり、さらさらと落ちてくる髪を耳にかけてみたり。そんな私のやることに困惑しているのか、nameは唇をへの字にして眉を下げている。「雑渡さん、あの、」辿々しく私の肩を押すname。「ん?」「は、恥ずかしいです、それ」髪に指を通して遊んでいる私にnameが言う。「えー、でも今からもっと恥ずかしいことするよ」目を細めるとnameは声にはならない声をあげて逃げようとするので「こら、逃げないの」と捕まえて、更にどさくさに紛れてさっきよりも近い位置に据えてやる。下から覗きこむと仰け反るようにまた距離を取られた。なんというイタチごっこ。

「駄目ならしないけど」

無理強いはよくないしね、とnameに回していた腕を解くと躊躇いがちに私の袖をnameの指が掴む。駄目なのではなく、してほしいくせに。とは口に出さず私は「じゃあどうしたい?」と意地悪をする。さあ、どう出る。じっと見つめる私の目から視線を少し落としてnameが私の口元を注視している。ああ、唇が欲しいのか。口布越しに唇をつけ、これでいいの?と謀ると、ねだる方法なんて教えていないのにそろそろと私の口元覆う布に手をかけ、とろけた瞳で私を見上げながら指をゆっくりと下ろしてゆく。私から距離を詰めることはせず、あくまでもnameに任せていると、僅かに首をかしげたnameは躊躇いがちに唇を合わせた。ふわ、と触れるだけの口づけはかえって扇情的で、自分の中で欲望が膨らんだ。「それだけ?」唇を離したnameの背中をなぞる私の指に背筋を反らせ、nameは困惑した表情を浮かべる。

「ちゃんと言わなくちゃダメだよね」

「……っ、」

力なく首を振るので「言えないの?」と訊けばこくんと頷き、その拍子に涙が落ちた。揺らせば水の音がするのではないかと思うほど、nameの身体からはよく水が出る。

「……で?」

「雑渡さん……」

好き。絞り出すような声はほとんど吐息で、私が望んでいた言葉ではなかったけれどまぁ及第点ということで。恥ずかしさが故に欲しいと素直に言うことができないための代替案だったとしても、それはそれで可愛いものだ。
愛しすぎだろうか、と時々考える。愛しているというより、愛欲に溺れているような気さえする。沈んだり浮き上がったりを繰り返し、ぬるい水が私の身体の内側を満たしてゆく感覚は決して苦しいものでなく、むしろ心地が良かった。絶え間なくnameから流れ出る水は常に私を水中に留める。だから私はどこにもゆけない。彼女の水に、閉じ込められる。
今度は私の方から唇を付け、唇を開かせた。絡ませた舌を吸うとnameは眉間に皺を寄せる。何度となく繰り返していることなのに、いまだにうまく息が継げないnameは深い口づけをするたびに息が上がってしまうのだった。唇を離せば唾液が私たちを繋ぐ。つ、とそれが途切れ、nameがくたりと私の胸にもたれ掛かった。あやすように背を撫でる。こうされるのがnameは好きなのだ。
たわむれに髪に口づけていると、顔をあげたnameが私の首筋に鼻を埋める。胸元に巻かれた包帯をいじっている指先は熱っぽく、またじれったい。指を絡めてやると細い指が私の指の隙間を埋める。どちらともなく唇を合わせ、それは段々と熱を帯びていった。
「あ、」とnameがちいさく声をあげ口付けは中断される。反応した私の身体の一部がnameに当たっていたことに対しての「あ、」だった。「そりゃあ、こうなるでしょ」繋いだままの手をそこに導くとnameは満面朱を注ぎ、慌てて手を引っ込めようとする。可愛い反応をされるとつい虐めたくなってしまう性分なので「これがいつも入ってるんだよ」などと口にすれば声にならない声でnameは抗議した。

「欲しくないの?」

「……それは、」

言葉に詰まったnameの唇に指で触れる。どうしても欲しいと言わせたいらしい自分に笑いがこみ上げた。布越しに触れられ頭の先があまく痺れる。「じゃあ、言わなくてもいいからその代わりに自分で挿れてごらん」耳たぶを唇でなぞってささめくと、nameは小さく息を飲んだ。
nameの拙い手が私の袴の腰紐を解く。下着を緩め、勃ち上がったものをどうするべきか図りかねて私を見るnameの顔は既に半分べそをかいていた。「nameも脱いでよ」上衣の合わせに指をさし入れると、彼女は身体をこわばらせた。
nameは裸を私に晒すことに抵抗を持っていた。一番初めにした時も頑なに着物を脱ごうとせず、「私の裸は散々見ておいてnameの裸を見せないのはズルいんじゃない」という私の理不尽な言い分によってなんとか彼女の着物をすべて取り去ることに成功したものの、二回に一回は恥ずかしいの一点張りで着物を着たまま事をはじめねばならないのだった。とはいえ最終的にはなし崩しに裸に剥いてしまうのだけれど。
「じゃあ私が脱がしてあげようか」と手をかけると珍しく大人しくされるがままになっているのを良いことに、袴の腰紐を解き、つぎに腕を背後に回して後ろ腰の紐を解く。上衣も脱がせ、肩衣だけにすると裾から覗く白い太腿が私を誘うので、誘われるがまま手の平で撫でる。やわらかな内腿を愛撫するとnameは目をぎゅっと瞑り唇を噛んだ。

「噛まないの」

唇を下ろす私の親指を、nameが食む。熱に浮かされたような瞳に吸い込まれ、かちりと頭の中で何かの歯車が噛みあって回りだす音が響いた。私は唾液に濡れた自分の親指を舐め、その手をnameの足の付け根へと差し入れる。ささやかな茂みを分け入った奥にあるぬかるみに指を遊ばせ、そして沈める。nameの両手が私の肩を掴む。弱い部分を擦るとnameはちいさな悲鳴を上げて薄い腹を痙攣させた。指を抜き、伝う体液を舐め取った私を涙の向こうから眺めていたnameは、身体を浮かせ、さっき言われたとおりに私のそれを入り口にあてがう。かつて上手くできないと泣いて嫌がっていたのが嘘のようだった。あたたかい息が肌にかかる。ゆっくりと腰を落とし、私はのみ込まれてゆく。入ってきたものの形を確かめるようにnameの中が蠢いていた。
肩衣の紐をほどき、こぼれた乳房を包む。先端をつぶすときつく締め付けられるので数度揺する。これでは全然足りないだろうなと手の平と指を使いながらnameを見ると、眉間に皺を寄せて浅い呼吸を繰り返していた。「苦しい?」顎に手をかけ上を向かせる。首を横に振り、nameは「きもち、い」と私に身体を預けた。ふたつの乳房は私の上半身に押しつぶされる。「じゃあ、動いて」促せばnameは身体を上下させる。動くたびにもどかしい疼きが腰のあたりに溜まってゆく。いちばん奥まで咥えこみ、私の肌に噛み付いて快楽をいなすnameのいじましい姿は緩やかに私の自制心を溶かしてゆく。
上で動いてもらおうと始まる前に画策しても、結局いつも押し倒してしまう。腕の間で快楽の涙に濡れているnameの頬に舌を這わせ、ふくらはぎを愛撫する。忍び装束の下にこんな華奢な身体が隠されていること自体が反則ではなかろうか。くのいちなぞにならなくて正解だったと、初めて同衾して以来この三年間、何度思ったことだろう。例え忍務だろうとこの身体を他の男に抱かせることを考えただけで腹の底からどす黒く粘ついた感情が首をもたげる。
それに、と私はnameの顔にかかった黒髪をよけながら目を眇める。こんなに正直な身体では、房事で難儀するに違いない、と。
一度それについて事の最中に面白半分で口にしたことがあったのだけれど、「こんなふうになるのは、雑渡さんだけです」としがみ付かれて私は見事返り討ちにあったのだった。それまで無理はさせられないと私の欲望を押さえつけていた枷のようなものはそのひと言によって木っ端みじんに打ち砕かれ、私は我を忘れてnameを抱きつぶし、気が付いたときには白い肌のそこかしこに私のつけた噛み痕と赤紫の鬱血の花が散りばめられていた。意識を手放しているnameに手を合わせたことは記憶に新しく、以降細心の注意を払っているものの、ふたりきりになった際にnameが見せる万事初心な言動がため、私の理性は度々その機能を喪失させられている。
あ、あ、と短い声をあげ、限界がくると腕で顔を隠そうとするので私はnameの手を握る。そのまま突き上げると折れそうなほど腰を反らせて身体を痙攣させた。ひときわ強く締め付けられて私も限界が近くなる。耳元で甘ったるい言葉を垂れ流しながら、射精寸前の性器を引き抜こうとするとnameの足が私の腰を抱え込む。「さいごまで、してください」息も絶え絶えに言うnameに私の姿は見えているのだろうか。余裕のない顔をしている自覚があったので唇を塞いで目を閉じさせる。ぽってりとした舌を舐め、こぼれた唾液を舐め、乾いた唇を舐める。下腹部で膨らむ快感に意識を集中させ腰を使う。nameの嬌声が耳を濡らす。限界点を越え、背筋を駆け昇ってくる閃光。吐精した私はnameに覆い被さる。いっそ、孕めばいいと思う。
まだ硬さを残していたけれど、引き抜こうと身体をずらすとnameが「やだ」と私の腕を掴む。

「いかないで」

これが無自覚だから困るのだ。nameの言葉に容易くまた硬くなる。自分で言っておきながら、自らの中で大きくなった私のそれにnameは音をたてて息を吸い込み背筋を震わせた。
繋がった部分は猥雑に音をたて、nameが身を捩る。何度も私の名を呼んで唇を欲しがる。理性と本能を繋ぎとめている鎹が外れてゆくのを感じる。nameが私の右手をとって頬にあてる。そして、ひどく満足そうな笑みを浮かべ、「すき」と幸福を口の端に乗せ持ち上げた。
ざぼん、と私は落水し、沈んでゆく。
包帯が解け、私の生肌にnameが爪を立てる。痛みはどこまでも甘く私の思考を蝕む。いつもならば私を気遣って決して包帯を乱すような真似はしないnameが我を忘れて見境なく私に縋る様子は筆舌に尽くしがたく、また、このようなnameの媚態をこれまでもこれからも目にするのはこの世界に自分ただひとりだけなのだという事実は私の心の片隅の闇を一段と濃くする。他の誰も知らないname。私にしか見せることのない表情。全身で愛してもまだ足りないとさえ思う。その血肉を、臓腑までもを喰らってやりたい。白く滲む陽の光のようなただひたすらの幸福の足元には、決まって暗い影がつきまとう。
全てを終えた私に巻かれていた包帯はすっかりとれていたし、nameの指先はところどころ血で赤く汚れていた。顰蹙ものの光景に、いやぁどうしたものかと頭をかく。とっくの昔に意識を失っていたnameをそれでも抱いて、そこかしこに口づけた。それだけでは飽き足らず吸って噛んだ、ような気がする。気がするというのは後半のほとんどは無意識で、こうして目の前に横たわっているnameの姿を見るに、まあ、そういうことなのだろう。前述のとおり半年ほど前にも同様のことがあり慙愧に堪えぬとひどく反省したはずなのだけれど、残念ながらその反省は生かされなかったようだ。余韻に浸りながら後始末をしているとnameが目を覚まし、自分と私の惨状に顔を赤くするのでもうその反応はやめてくれ私の方がおかしくなりそうだからと苦言を呈すもnameはわかっていないので私はnameを抱きしめる。抱き締めるだけでは足りなくて唇を押し付ける。それでも、やっぱり足りないけれど、さすがにもう体力は残っていないのでそのまま布団に倒れ込む。

「ごめん、やりすぎた」

「私こそ、ごめんなさい」

指先の血は拭いてあったけれど、私の身体を見れば自分がなにをしたのか一目瞭然だろう。慌てて起き上がろうとするので「いいよ、あとで」と腕の中に閉じ込める。「痛かったですよね」眉を下げた眉間に鼻を寄せ「うん」と肯く。「でも気持ちよかったよ」そう続けるとnameは「えぇ……」と微妙な顔をした。傷けられて興奮する性質ではないけれど、皮膚を抉るのがnameの指だから気持ちよかったのだと説明したが、わかってもらうことはできなかった。わかり合えないことだってあるよね、うんうん、とひとりごちる私の腕にnameはくっついて、「あ、でも、」と私を見て言う。

「でも私も、これ、嫌いじゃない……かもしれないです」

首筋の痕を指でなぞってnameは戸惑いがちに目を伏せた。私が彼女の指をどけてそこに触れると、きゅっと唇をすぼめて目をつむる。くるくると円を描き、肩口についた歯形までの距離をゆっくりと指先で辿る最中にnameが「ん」と零すので「感じた?」と訊けば、答えの代わりにやんわり開いた唇から赤々とした舌が覗くので私はそれを吸ってしまう。nameとの情事には果てがない。肌が離れたそばからまた欲しくなり、これ以上ないぐらい肌を寄せ合っているのになお近づきたいと希求する。

「nameはさ、私に幻滅しないの?」

「幻滅?どのあたりにですか?」

「どのあたりって、遡ること六年ぐらい前から今日この日の今この瞬間まで」

彼女の理想として追ってきた背中と現実の私とでは大きな差があったのではなかろうか。もし大なり小なり減滅したと言われても、私は理想を演じてやれるほど器用でもないし優しくもない。幻滅したと言われたら「ごめんね」とひと言謝って済ませてしまおうぐらいにしか思っておらず、なので本当に自分の興味本位での質問だった。しかしnameは「幻滅なんて、したことないです」と当然のように答えるので私は肩透かしを食らう。日頃の言動からして「もう少し真面目にお仕事をしているのかと思いました」とか「世にはばかるタソガレドキ忍者隊の組頭ともあろう方がこんなに色に溺れて云々」とか「もとより足を揃えて座るのはどうかと思います」とか、山本譲りの小言を交えた答えが返ってくると思っていたのに。「あ、そうなの、ないの」へぇー、と静かに驚いている私にnameは

「私は雑渡さんのことを好きなのに必死だったから、幻滅なんてしている暇なかったです」

と、普段の恥じらいなんて嘘のように言うものだから、その衒いのなさに私は唖然としてしまう。この子、たまにこういうこと言うよね。なんて思うのは照れ隠しで。やっぱり臓腑まで喰らい尽くして骨をしゃぶりたいほど愛おしいよ、と声には出さないけれど唇に乗せてnameの中に落とし込む。ぷは、と息を継いだnameは私の胸で丸くなる。「雑渡さん、眠たいです」「うん、そうだね、もう寝ようか」「でもその前に包帯」「ああ、包帯ね、うん」あぶくのような会話は取り止めがない。

「でも、やっぱりもう少しこうしていたいな」

「じゃあ、少しだけですよ」

そう言って私の髪を撫でたnameの表情はほんの少し大人びていた。とはいっても私もnameも36歳と24歳といういい大人なのだけれど。
変わったことと変わらないことを比べたら前者の方が圧倒的に多いとはいえ、変わらないものも確かにある。nameの手を握り、私はゆっくりと暗闇に身を投じる。
たとえこの世が一夜の宿り家だとしても、ひとつ屋根の下でnameと共に生きられることは紛れもない幸福に違いなく、過去と未来の狭間である今、nameが自分の隣にいるというこの瞬間を点で繋いで線にしたいと願う。
「それは無理なんじゃないですか?だって私たち、忍びですから」nameが笑いを含んで言う声が聞こえたけれど、nameはもう既に寝息をたてているのだった。
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