タソガレドキ忍軍の昔話

「あーあ、山本に怒られちゃった」

「あの、雑渡さんはどうしてあの場所にいたんですか?」

真っ当な疑問だろう。これまで何度かこっそり忍務にゆく彼らの後をつけていたことはあっても気づかれたことはなかったし、手を出すこともしなかったから。けれど今回ばかりはそうはいかなかった。気が付いたら身体は落下していて、その最中に「この高さは無茶だったかもしれん」と思うも時すでに遅し。案の定着地した足は痛んだし、片目で見ているためにうまい具合に刀の角度が定まらず、切り口(この場合は刺し口、か)は美しいとは言い難かった。
目を見開き私を見上げるname。樹上で彼女の瞳の中に見た死への覚悟はどこにもなかった。昔を思い出すような光景だったけれど、決定的に違うのは彼女が成長したということだった。ずっと遠からぬ場所で見てきたのだ、彼女の強さは知っている。
「強くなった」と言った私の言葉を合図に、弾けるように涙があふれたname。身体を震わせて泣く彼女はただの十五の女子だった。強さも立場もそんなものはなにも関係なく、だから私はnameを抱きしめた。そうするべきだと思ったのだ。彼女がずっと、私にそうしてきてくれたように。

「んー、リハビリがてら」

「全然気が付きませんでした」

「そんなことより怪我したところ、見せてごらん」

ほら、と催促するとnameは「雑渡さんに手当てしてもらうなんてそんな、とんでもないです。これぐらい自分でどうにかできますから」と慌てて首を横に振った。「むしろ雑渡さんこそ、包帯替えましょう。手伝いますから」部屋の隅にある包帯の入った箱を持ってくる。いそいそと包帯を替える準備を整えているnameの頬に走る赤い線。その他にも何か所か怪我をしている。衣服で隠されている場所だって無傷ではなかろうに、人の心配ばかりして己の怪我にまったく無頓着なnameは「手を洗ってくるのでそれまでに服脱いどいてくださいね」と言い残して部屋から出てゆく。「服脱いどいてください、ねぇ」自分がとんでもないことを口にしている自覚はあるのだろうか。ないのだろうね。だから、着替えを済ませて慌ただしく戻ってきたnameが「雑渡さん頭巾もまだとってないじゃないですか。脱いどいてくださいって言ったのに」とずんずん私に近づいてくるのが面白くて、少しだけからかってやろうと思った。

「nameが脱がして」

伸ばしかけた腕を引いて脚を跨がせると、想像以上の反応(というのはつまり動きが止まったかと思えば見る間に顔が真っ赤に染まり、口はなにも言葉を発しないのにぱくぱくと閉じたり開いたりを繰り返す、などなど)を見せるname。頭の中でこの状況をどう脱しようかの算段をたてたいのに思考が停止しているらしく、おーい、と目の前で手を振っても反応がない。遊び過ぎたか?この程度で?と思いつつ、焦点が合っているのかあっていないのかわからないnameの瞳を覗き込むと、nameが息をしていないので私はおどけて「冗談」と両手を挙げそのままの流れで頭巾を取った。
上着の紐をほどいて身体をさらす。包帯を巻く慣れた手つきがさっきの出来事のせいで今日はやけにたどたどしい。まぁ私の所為なんだけど。薬を塗る指先に熱が灯っているせいで、指が良く滑った。痛いけれど、心地がいい。
新しい包帯を巻き終えると、nameは「それじゃあ失礼します」とそそくさと部屋を出ようとするので私は彼女を逃がすまいと「name」と名前を呼ぶ。反射的に居住まいを正して「はい」と返事をしたのをいいことに、nameを捕まえ薬が一式入った箱を引き寄せる。

「たまには私がこうしてもいいでしょ。これまでさんざんやってもらったんだから」

でも、と、なお身を引こうとするnameを「いーからいーから」と制すると「それじゃあ」と渋々といった顔で腕を差し出した。乾いた血を拭きとるときにわずかに歪む顔。痛かった?と聞くと「いいえ」と返される。
自分の感情を押さえつけてひた隠しても、全てを隠しきれるものではない。生きている人間に隙が全く無い者などいないのだ。nameの胸の膨らみを視界の隅に見ながら思う。
細い腕には切り傷の痕が、よく目を凝らさないとわからない程度ではあるものの何本も残っている。そういえば、こんなにまじまじとnameの腕を見たことは無かった。薬をつけて包帯を巻き終わっても、なんとなく手を離せずにいると「も、もういいですか?」と恐る恐るnameが訊くので「まだ駄目」と言ってやる。そわそわと落ち着きなく視線をさまよわせているnameは「雑渡さん、なんか変です」と眉を下げる。

「舌、噛もうとしたでしょ」

「……え?」

「さっき」

「……」

nameは黙りこむ。そして、首を縦に振った。「辱められるぐらいなら死んだほうがましだと思っただけです」と言った声は平坦だった。人には生きろと言っておいて、自分はあっさりと命を諦めようとする。ずいぶんとまぁ自分勝手なことだ。くつくつと笑うとnameは笑いの意味を理解しかねて私を見上げる。
私がお前をそう容易く死なせるわけがないだろう?私に散々生きろと言ったその舌を、噛んで命を終わらせることなどさせてたまるものか。
手の平を滑らせて、nameの手を取る。尊奈門の熱く湿った手と違って、nameの手は昔から花びらのような触れ心地がした。地獄の底から私を引き上げたnameの手は、私の手の中にすっぽりと収まる。緊張しているのか強張っている指を一本一本撫でると、nameの睫毛が静かに震えた。
nameが私の背中を目指していたように、私も地獄の谷の底で遥か彼方に見える彼女の手を目指していた。暗闇の中、聞こえてくるnameの声は漆黒を照らす篝火だった。それを頼りに私は一歩一歩崖を上った。何度も滑り落ち、転げ落ち、それでも灯りは絶えることなく私のゆくべき道を照らしていた。無様をさらし、そしてようやくあと一歩というところまでたどり着いた私が息も絶え絶えに伸ばした手をnameのほの白い手がすくい上げた。どこへも行かず、nameはずっとそこで私がやってくるのを待っていたのだ。疑うことなど一切せずに。
はじめのうちは痛みが故に死を願った。その次は絶望が故に。全てを失ったと思った。全てを失ったがらんどうの自分の中に在るのは痛みと絶望だけで、焼け焦げた輪郭の中では慟哭ばかりが反響していた。nameは私の叫びをどんな思いで聞いていたのか。決して涙を流さず、諦めず、それどころか私の弱音に負けることなく励まし、手を握り続け。
彼女の手は私の生だ。離してはいけないのだと思っていたのが、いつしか離すものかという強い執念にも似た愛惜の念に変わっていた。そう思わせるのは、これほどまでに自分に尽くしてくれた者に対するある種の親しみであるのだと疑問を抱きもしなかった。けれど、私が再び自分の足で庭を歩いたあの日、nameが自分の手を取ってくれなかったことに対して不満を感じて初めてそれが何ということのない、小さな子どもの持つのと同じ我儘な独占欲なのだと知った。
三年余、自分の名前を呼び続けた女を愛おしいと思わずにどうしていられよう。

「name、我々の柩はどこか知ってる?」

「何を今さら」

「きみの柩は天地じゃないよ」

「どういう意味ですか?」

首をかしげているnameの両目に、自分の顔が映っていた。あぁ、焼ける前はもう少し男前だったのに。いや、焼けて男っぷりがあがったのか。ははは。

「nameの柩は、」

そう言って私はnameを引き寄せる。なんと小さいことだろう。なんとやわらかなことだろう。
お前は死んだら、私の腕の中で朽ちてゆくのだよ。
地表を湿らせる雨粒のように私の言葉がnameの表面を濡らす。地中に埋められていた種が萌芽し花開く。この時を私はずっと待っていたのかもしれない。

「それは、困ります」

「なんで」

「だって、私は、」

タソガレドキ忍軍の、忍びですから。腕の中で消え入りそうな声が聞こえてくる。

「天地が柩と信じて私はここまで来ました。今さら雑渡さんの腕の中で死ねといわれても、困ります」

そうなの?と首筋に触れると白い肌が朱に染まって熱を持った。「雑渡さんは、勝手なことばかり言います」「まぁ、そこは否定しないけどさ」そうだね、殺せって言ったりね。と昔話をするように口にすると、nameはずっと伏せていた顔をあげて悲しそうな表情をした。

「雑渡さん……私は、私と尊奈門は間違ったことをしましたか?」

「どう思う?」

「間違っていなかったと、思います。でも、それは、私がそう思いたいだけかもしれません。殿にも、他の人たちにも何度もお前たちの自己満足ではないのかと言われました。苦しんでいる雑渡さんを見て私も何度もそう思いました。でも、でも私も尊奈門も、忍軍の皆も、雑渡さんに生きてほしかった」

「うん」

言葉の端々が震えていて、もうそれ以上は言わなくていいと口を塞いでしまいたかったが、彼女の言葉を聞く義務が私にはあった。唇を噛むので、そっと戻してやるとnameの目から涙がひと粒こぼれた。そうだった、お前は本当は、泣き虫なんだった。
たとえひとりでいるときでさえ、お前が泣くことを自分に許さなかったなどと、私は知る由もなかったのだ。五歳の、あんな小さなときに私とした約束ともいえない約束を、まさかnameが後生律儀に守っているなんて。

「女なんかを隊に入れるからこんなことになったんだと言われて、それから部屋に戻ったら雑渡さんが刀を手にしていて。本当に、その通りだったのかもしれません。おとなしくくのいちとして生きていれば、諸泉さんも雑渡さんもこんなことにならずに、済んだのかもしれません。だったらいっそ私が代わりに死ねばよかったんだと思いました。それでも私は、雑渡さんの傍に、いたくて。雑渡さん、私、わたし……ごめんなさい」

ぱたぱたと、涙の粒が音をたてて私の上衣に落ちた。私に対するよくない風分が流れていることは承知していたし、部屋の前でこれ見よがしの大声であしざまに言われたことも一度や二度ではない。悔しいと思うより、ああ、その通りだという諦めの気持ちが大きかった。やつらの言う通り、私はもう無用なのだ、と。
私の世話をしているだけのお前は言ってしまえば無関係なのに、私の世話を買って出たばかりにされなくてもいい侮辱までされて、だというのに私には悲しい顔ひとつ見せなかったじゃない。自分のことはいつも後回しで、そんなお前のたったひとつの我儘を、私がきかないわけがないだろう。nameを謝らせたいわけではなかった。泣かせたいわけではなかった。ただ、さらしなどに隠されていない、ありのままの彼女の本心を知りたかったのだ。

「じゃあさ、傍にいてよ」

床の間の刀に手を伸ばしたあの日、確かに私は死のうと決めていた。ただ、楽になりたかった。痛みも絶望もない世界にいきたかった。けれど私から刀を取り上げたnameは私に「全力で今と戦え」と言ったのだった。それは私が常日頃口にしている言葉だった。過去を追わず、未来を願わず、自分たちに在るのは「今」なのだ、と。自分の言った言葉に私は生かされる羽目になったのだ。
その日から私は死にたがりをやめた。
とはいえ痛いものは痛いし苦しいものは苦しいので適度に弱音を吐く私にnameは根気よく付き合っていた。そのうち私の身体が快復するにつれて私の愚痴や悲嘆を受け流す技を身に付け、段々山本みたいなこと(例えば「草履ぐらい自分ではいてください」とか「腕立てですか?背中に乗りましょうか?」とか)を言うようになりそれが少し寂しくもある反面、実は嬉しかったりもして。

「……」

「逃げるなら今のうちだよ」

nameに回した腕に力を入れ「ま、逃がさないけどね」と目を細めると、nameは「そういうのが勝手なんです」と洟をぐずぐずいわせた。多分これは、わかっていない。なぜなら反応が尊奈門をからかった時とそう大差ないのだ。

「name、ありがとね。あと、ごめんね」

「雑渡さんが謝ることなんてなにもないです」

ゆるゆると首が振られる。なじってくれても構わないのに。額のあたりに鼻をつけてみる。誰かにこんなことをするのはいつぶりだろうか。嗚呼、もっと、触れたくなってしまうね。

「言わせてよ」

「お断りします」

「そこは素直に受け取っとくべきだと思うけど」

「雑渡さんこそ、ありがとうございます」

「なにが?」

訊くとnameは唇を震わせ、引き結んで、ゆっくりと瞬きをする。落ちる涙は星屑のようだった。彼女の中にある夜空から零れる星屑をひとつずつ集めて私の盲いた左の闇夜に散りばめたなら、それはとても綺麗に瞬くだろう。

「今日まで生きてくれて、ありがとうございます」

そんな、今日死んじゃったみたいな言い方しないでよ、と言いたかったけれど、うん、と頷くことしかできなかった。

「あの、雑渡さん、そろそろ放してください。あと、くすぐったいです」

「えー、やだ」

わざとらしく抱き締めるとnameは気性の荒い猫のように腕の中で暴れる。ひっかき傷上等。ひとつやふたつ傷が増えたところで問題などなにもない。だって君が手当てしてくれるしね。ふふんと笑うと障子の向こうから「小頭」と山本の声がして、nameは私の腕の中でびくんと肩を跳ねさせるや否やまるで驚いた猫そのものみたいに大きく飛んで部屋の隅の壁に貼りついた。天井の隅ならまだしも部屋の角で壁に背をつけているnameが可笑しいやら可愛いやら。
障子を開けた山本の脇をつむじ風の如く駆け抜けていったname。nameが去った廊下を不思議にそうに見て、そして私に視線を移すと山本は合点がいったという表情をする。

「山本、空気読めてないよ」

脚を投げ出した私に山本は溜息をつく。報告書の束を受け取ってパラパラと捲っていると「昆奈門」と名前を呼ばれたのでなんだ説教でも始まるのかと身構える。

「あれは色恋に関してはまったくの初心だぞ。からかうのはやめてやれ」

完全に自分の娘を案じる父親の顔になっている。

「からかってるように見える?」

「見える」

「えぇー」

じゃあどうしたらいいのよ、と天井を仰いだ私に「急に距離を詰めすぎだ。あとは自分で考えろ」と言い残して山本はさっさとどこかに消えてしまった。こういう時だけ敬語じゃなくなる山本は色恋及び人生の先輩面をするから困る。先輩なのは確かにそうなんだけども。
nameの声が無性に聞きたかった。呼べばやってくるような気がして「name」と声に出してみたけれど、それはしばらく空中に浮かんでやがて蝋燭の炎が消えた時に出る煙みたいにすうっと透明になった。
翌日、朝早く目が覚めた私は二度寝を試みるも、眠りの波はすっかり引いてわたしを攫ってくれそうにないので諦めて散歩に出ることにした。羽織を肩にかけ、草履をつっかけてまだ暗い忍軍の長屋を抜ける。外れにある鍛錬場まで行くとかすかに物音がするので見てみればnameの姿があった。こんな時間から殊勝なことだ。濡れ縁に腰かけるとnameはちらりと私を見ただけで一心に刀を振る手を止めることはしない。彼女のそういうところを好ましく思う。
最後のひと振りを終えると「雑渡さん、組手の相手してくれませんか」と寝間着に上っ張りを一枚羽織っただけの私に無茶ぶりをしてくる。私の顔に難色が浮かぶのを見るや否や「身体、鈍っているのでは?そろそろ実践練習再開したらどうですか」と痛いところを突かれるので「じゃあ一回だけね」と譲歩した。服もこんなだし万全じゃないから手加減してよ、と言う私の手を引いて向かい合う。朝の静寂のせいか、場所が鍛錬場であるせいか、私とnameの間に流れる空気は凛と澄んでいた。
どう見ても手加減する気一切なしの気迫と構えのnameは目を閉じて静かに息を吸って吐くと、音もなく床を蹴った。流れるような動作で腕と足を使う。狙いは的確で、かといってこちらに隙は一切見せない。繰り出される攻撃をゆるゆる避けていると壁際に追いつめられるが、それでもnameは手を緩めない。間合いを取り、その瞬間がやってくるのを待つだけでなく、自ら作り出そうというのが見て取れた。よくここまで育ったものだ。

「手加減してねって言ったのに」

「ずっと、雑渡さんに稽古をつけてもらいたかったんです」

「昨日はあんなに心配してくれてたじゃない」

「よっぽど大丈夫そうなので」

膝を落としたnameの眼光が鋭く光る。私の喉元に突きつけられる苦無。そして、nameもまた私に苦無を突きつけられていた。お互い動きを止めて見つめ合う。「素手じゃなかったの?」「雑渡さんこそ」「腐っても忍びなんでね」くるくると苦無を回して胸元にしまう私に苦無を突きつけたままのnameは眉間に皺を寄せている。

「今、手加減しましたよね」

「なんのこと?」

「とぼけないでください。雑渡さんの方が少しだけ早かった」

「相変わらず負けず嫌いだねぇ」

別にnameが遅かったわけじゃない、と思う。けれど彼女はそれが許せないのだろう。対等に扱われていないと感じることも、自分の力が及ばないことも。及ばずとも、私はもうずいぶんと前から彼女の実力を認めているというのに。私だけではない。忍軍の誰もが、だ。
色を使って私の傍にいるなどと言ったやつなどその場で殺してしまえばよかったのだ。私の手にかかる前に彼女に殺された方が、どれだけ楽に死ねただろう。「雑渡、お前のやり方は回りくどい」と、殿は私に背を向けたまま笑って言った。殿ほどじゃあないですよ。と答えた私の声は、足元に広がった血だまりに落ちて溶けた。

「まだ終わってません」

「……あ、そうなの」

苦無を手にしたまま殺気を隠そうともせず再び構えにはいるnameをじっと眺める。本気でやって負かした方がいいのだろうか。けれど私が勝つという保証もない。ううむ。顎に手をあてるとnameの一撃目が空を裂く。ほれぼれするぐらいの筋のよさ。昨日の怪我なんてないような顔をして私に向かってくるnameの腕を取り、わずかな隙を狙い定めて足を払う。バランスを崩したnameを今まで私が背にしていた壁に抑えつけると「参りました」とnameは今度こそ苦無を手から離すのだった。

「やっぱり雑渡さんには勝てない」

「なんでnameは私に勝ちたいの」

「雑渡さんより強くなりたいからです」

「わぁ、照れるね」

私の背に付加価値を与えてくれるnameの真っ直ぐな視線。両腕を抑え込まれているせいで身動きの取れないnameは、しばらく私をそのようにして見つめた後、重大なことに気が付いたように小さく唇を開いた。かすかに息が漏れ、たちどころに彼女の纏っている気配が緩んで色づく。
そうそう、そうだよ。その顔だ。顔の高さを合わせて近づけると、nameは泣きそうな顔をする。湿り気を帯びて霞んだnameの瞳。

「雑渡、さん?」

視線が絡まる。両手を差し伸べるように。視線の先が触れ合い、手を取り、引き寄せるように。そうして、重なった唇はあたたかくてやわらかだった。
あー、やってしまったなぁ。山本にばれたら叱られるだろうなぁ。と薄く目を開けてnameの驚きに固まった表情を見ながらぼんやりと思った。

「やっぱり私の腕の中で死んでほしいなぁ」

だめ?と訊ねる。真面目に考えているnameが可愛くて喉の奥で笑うと「笑い事じゃありません!」と真っ赤な顔で怒られた。
だって、nameが他の誰かに殺されるぐらいなら、私がその細い首を手折ってやりたいじゃない。
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