2020

雑渡さんはなんで伏木蔵くんのことばっかりお膝にのせるんですか。と言い寄った私を見下ろして、しばらく何かを考えていた雑渡さんは「じゃあキミも座る?」と言って私の脇に手を差し入れるとひょいと持ち上げ膝の上に乗せた。
そうじゃなくて!と食ってかかると「嫌なら降りたら?」と言われてしまい、それはもっと嫌なので私は雑渡さんにしがみつき、意地でもここに居座る決意を彼に示す。
馬鹿だなってわかっているだけにこんなことを言っている自分が情けなくて、でもそうしなければ雑渡さんは私をかまってくれない。あんな小さな子どもに嫉妬するなんてありえないと尊奈門は言うけれど、そんなの私がいちばん思ってるよ!馬鹿!
私が拗ねていたって雑渡さんはお構いなしで、傍らにあった本なんか片手に持って読んだりして。私だって両手を掴まれてびよんびよんされたり、ほっぺたをつんつんされたりしたいのに!

「それさ、本当にされたいわけ?」

「願望が強すぎて声に出ちゃいましたよ。はい、されたいです、とっても」

力んで言う私を可哀想なものでも見る目で見て、えー、と言いながら雑渡さんは人差し指と親指で私のほっぺたをぎゅっとつまむ。ちがーう!と言いたかったのに「ううーう!」になってしまって、しかも絶対に不細工確定の顔を雑渡さんに覗きこまれた挙句「ぷ、」とあからさまに吹き出され、私の顔は真っ赤になった。
いじわるしないでください。ちょっとだけべそをかいたような涙声になる。ついでに鼻水がつうと出てしまったので慌ててひっこめた。
多分雑渡さんをとりこにするには私みたいな年頃なのに色気のかけらもない女じゃなくて、出るとこがちゃんと出てたわわで、男なんか流し目でイチコロ、そういう人じゃなきゃ無理なんだ。自分の貧相な身体つきを悲しく思いながら雑渡さんの胸に顔を押し付ける。「いま鼻水つけた?」「つけてません」しばらくすると苦しくなったので片頬だけを胸板につけて目を閉じた。雑渡さんの体温が心地よくて、私はうとうとしてしまう。

「雑渡さん」

「なに」

「ここで寝てもいいですか」

「だめ」

「おやすみなさい」

訊いた意味ないよね。呆れた声は右耳を雑渡さんの胸につけているせいでくぐもって聞こえる。それがやけに色っぽくて、喉のあたりが切なくなった。吐き出したいのにぐるぐる回るばっかりの感情。どんどん大きくなって飲み込まれてしまいそう。
お前はいつまでたっても子供なんだよ。だから組頭はお前になんか見向きもしないんだ。尊奈門に言われたことがある。あんただって土井半助のことになると子供みたいにムキになるくせに。
言い返したけれど尊奈門の言うことは正しかった。雑渡さんのことになると子供みたいになるのは私も同じで、私の場合好きという気持ちが抑えきれずに感情のまま振る舞ってしまうのだ。
それ、忍者失格だよ。怒ったり拗ねたりべそをかいたりするたびに雑渡さんは首を竦めて私の額にデコピンをする。
じゃあもっとそれなりに扱ってください!と言いたくても私はただの部下なのだし、迫るにしても貧相だし、言ったとしても「それなりってナニ」と訊かれるだろうし。その問いに答えられる自信は私にはなかった。
現に今なんて、ほーれほれほれ、と猫の顎をかくのと同じことを私にしている。伏木蔵くんに嫉妬するどころか扱いが人ですらなくなった。あぁ、でもこれ、気持ちいい。ごろにゃん。ふざけて言うと喉の薄皮をつままれた。痛い。

「そろそろ重たくなってきたんだけど」

「もうですか?嫌です、今日はずっとこうしています」

「あのね、馬鹿なの?」

「馬鹿でも何でもいいので今日は雑渡さんから離れません」

「忙しいから無理」

即答!ひどい!もうちょっと、譲歩してくれたりとか、してくれたって。「わかりました、じゃあいいですさようなら」さっきまでの眠気なんてもう消え去って、ついでに私も消え去ります。お邪魔しました、と言って雑渡さんのお膝から降りようとする。するけれど何故か降りられない。降りられないのは雑渡さんが私の身体の前で腕を組んで、頭のてっぺんに顎を乗せているから、なのだった。

「な、なにやってるんですか」

「顎を乗せてる」

「それはわかってます」

「じゃあなんで訊いたの」

じゃあなんでって言われても。なにやってるか、じゃなくて、もう行くと言っている私に、忙しいと言ったはずの雑渡さんが「なんで」こんなことをしてるんですか、ということを訊いたつもりだった。そのあたりの意図は汲んでもらえると思ったけれど、そうではなかったらしい。それとも汲んだうえでああ言ったのか。うーん。

「あの、雑渡さん」

「なに」

「なんでもないです」

嘘だけど。聞きたいこととか、言いたいこととか、沢山あって。でもどれもうまく言葉にできない。任された仕事を完璧に遂行して雑渡さんへの愛を示すほうがよっぽど楽だなと常々思う。もし死んじゃっても、雑渡さんのために働いて死ぬなら本望だ。だからこうやって言いたいことも言えずにちんまりしているのは本望とはかけ離れていて、かと言って子供じみた要求をするのも恥ずかしく、それなのに雑渡さんの袖口をきゅっと掴んだ仕草は語るよりも明らかに子供じみていて、もうどうしていいかわからなくなった私はぐっと顎を突き出すようにして雑渡さんを見上げる。

「じっとしてなさいよ。顎が安定しない」

「だめです。我慢できなくなっちゃいます。放してください」

「我慢?なにを」

それを言わないといけないんですか。絶対に言いませんからね。ぎゅっと目を瞑って舌をべぇと出す。いいですよもう。どんな手を使ってでも雑渡さんの腕の中から抜けだしてやるんだと意気込んで舌をしまおうとすると、柔らかいものが舌先に触れて私は慌てて目を開ける。その時にはすでに雑渡さんは私が目を閉じる前と同じ体勢に戻っていて、しかも何事もなかったようにしているのが悔しかった。どきどきしているのはいつも私だけ。熱くなった頬を雑渡さんの手が包む。もちもちもちと音が聞こえそうなぐらいにほっぺたを遊ばれて私はうつむいた。

「もーいいですよ。また何か御用があったら呼んでください」

雑渡さんの手を掴んでほっぺたから外す。

「行っちゃうの?」

「行っちゃいます」

溜息をついて立ち上がると、今度はおとなしく放してくれた。じゃあ失礼しまーす。せめてもの強がりで振り返らずに部屋を後にする。ていうか、行っちゃうの、ってなんなんですか。自分が忙しいって言ったくせに。雑渡さんなんて嫌いだ、うそ、好きです。

「なぁんだ、残念」

そんなこと言ってももう遅いんですからね。と言いつつのこのこ雑渡さんの膝の上にまた収まっている私は、やっぱり伏木蔵くんみたいにはかわいがってもらえそうもないみたいだ。

【愚かな私を呪ってしまって!】
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