眠らなければいけないのに眠れなかった。温かいミルクがあればいいのにと思うけれど、それを作るのですらも億劫だった。
本でも読もうか。いいや、そんなことをするぐらいならベッドに入って目を閉じていた方がいいだろう。
隣で眠るリヴァイを起こさないよう静かに起き上がり、すぐ横の窓から夜の空を見上げる。
昔から器用だったのが仇になったのかもしれない。調査兵団に入って以来、私は何度も望まぬ昇進をした。常に人手不足であり、それはつまり上に立つ人間も基本的に入れ替わりが激しいということで。
馬術も体術も座学もそれなりに出来る方だった。立体起動装置の操り方も、幸か不幸か天性のセンス(そうリヴァイは言っていた)と訓練によって他の大多数よりは頭ひとつ抜けていた。
いつの間にか同期入団した仲間たちのほぼ半分はこの世から消えていた。私がここまでやって来れたのは、ほんの少しの才能と、他人より少しあった運のおかげに他ならない。
だからこそ、私は分隊長になんてなりたくはなかったのに。
暗闇の中で布団を握りしめる。のし掛かる重圧と責任感。自分一人だけではない、これからは何人もな命を背負って立たなければならないのだ。石を飲み込んだように重たい気分だった。
「寝れねぇのか」
「ごめん、起こしちゃった?」
「元から起きていた」
「寝たふり?」
「お前の様子がおかしかったからな」
むくりと起き上がったリヴァイは私を背後から抱きかかえる。布団の中にいたせいかいつもより高い体温に包まれて、心を固く包んでいた膜がほんの少し溶けてゆく気がした。
「どうせ明日のことでウジウジしてんだろ」
「どうせ、って…」
「気負うな。今まで通りでいい」
「……」
「お前がどうしたって、死ぬ奴は死ぬし生き残る奴は生き残る」
「…でも」
「でももクソもねぇ」
そう言ってリヴァイは私の首に鼻筋を埋めると、肩に唇をあて皮膚に歯を立てる。鋭利な刃物で切られるのではなく、押しすり潰されるような鈍く深い痛みに顔が歪んだ。
「痛みを忘れるな」
「……っ、あ」
悲鳴をあげてもリヴァイは口を離してくれない。それどころか肉を噛みちぎらんとするばかりにぎりぎりと顎に力を入れている。あまりの痛みに陶酔感すら感じてしまいそうだった。
固く握った拳を、リヴァイの手が解いてゆく。ようやく解放されたものの、歯型とともに肩口に残った痛みは心臓が脈打つのに合わせてじんじんと痛んだ。まるでそこに心臓があるみたいに。
そこに触れた私の手に口付けるリヴァイ。
「忘れるなよ、絶対に」
「うん」
背後から流星群のように降ってくる口付けを身体中で受け止めながら、私は静かに瞼を閉じた。
リヴァイはいったいどれほどの重圧をその背に負っているのだろう。人類最強と持て囃されたところで、結局はひとりの人間なのに。私ひとりしか、抱えることのできないこの腕で、一体どれほどの。
自分がリヴァイのようになれるなどとは思わない。ただ、それでも私は与えられた役目をこなしたいのだ。
「優等生なんざやめちまえ」
「え、?」
「それはてめぇを縛る枷だ」
「枷…ね」
なぜだろう、零れたのは笑みだった。
リヴァイの腕にだかれたまま私の身体はベッドに沈む。いつもならばここから行為が始まるけれど、きっと今夜リヴァイは私を抱かずに終わる。そんな気がした。
何もかもを忘れるのではなく、肩に残した痛みを抱けと傷痕を這う舌が言っていた。
剥き出しの心臓を舐められているような感覚に、私はぶるりと身体を震わせた。
きっと、痕になるだろう。紫と腐った赤のまだらになった皮膚はやがて、目を背けたくなるような黄土色に変わるはずだ。
その時私は生きているだろうか。考えてもきりはないけれど。
「寝るぞ」
「ん」
腰に回された腕と背中を覆う熱。もぞもぞと身体を反転させてリヴァイの胸元に顔を埋めれば、ホットミルクのようなほのかに甘い香りに鼻先を擽られたような気がした。
(140923)