さようなら

「いや、私一人で十分なんで」

「name、わがままを言うな」

「嫌です、兵長が来ると私の取り分減るじゃないですか」

「おいname、自分の力を過信しすぎだ」

「たった一回助けただけで恩着せがましい言い方するのやめてくれません?」

「いい加減にしないか」

ぎゃんぎゃんと吠えあうリヴァイとnameの間を割ってエルヴィンの雷が落ちる。

「ここは壁の外なんだぞ、もう少し緊張感を持て!」

「そうだよー!大事だよー、き、ん、ちょ、う、か、ん」

「くそ眼鏡、てめぇにだけは言われたくない」

「あーあー、うるさい」

馬を並べて疾走するエルヴィンを始めとする主力部隊。好き放題やっている変人ばかりな点が玉に瑕ではあるものの、壁内最強クラスの手腕を持つ兵士であることに変わりはない。各々言いたいことを言い合いながらも馬の速度は加速してゆく。右翼の方から上がる赤い煙弾を確認するや否や、エルヴィンは緑の煙弾を西に向かって打ち上げる。

「ねぇエルヴィン、様子見てきてもいい?ねぇ、いいでしょ?いいよね?」

「ちょっとハンジさん、抜け駆けですか?やめてほしいんですけどそういうの」

「だってnameが行くとすぐに殺しちゃうんだもん」

「あたりまえじゃないですか」

「もっとこう、ぎゅーっとしてむっふぁーとしてさぁ、ねぇ?」

「分隊長、気持ち悪いです!」

目を輝かせて涎すら垂らしそうな勢いのハンジにモブリットがやめてくださいと言わんばかりの表情でコメントを入れる。さらに馬の速度を上げようと腰を浮かせうずうずしているハンジであったが、のばされたエルヴィンの腕によって制された。

「だめだ、行くな」

「name、てめーもだよ」

「ちっ」

巨人が発見された右翼側に馬の方向を変えようとしていたnameもリヴァイによって進路をふさがれた。不機嫌そうな顔を浮かべ舌打ちをするnameにリヴァイも舌打ちを返す。厳しい教育をしてやればよかったと思うものの、実際はリヴァイの厳しい教育を潜り抜けた結果がこれなのだから、彼にも多少の責任はあるのではなかろうか。結局問題児が増えて困るのはエルヴィンなのだった。しかしこのようなところで頭を抱える暇も余裕もあるわけがない。急角度で進路転換をしながら進む彼らの眼に、今度は先ほどと同じ方向から黒い煙弾が上がるのが見えた。

「奇行種!!」

「分隊長!ダメです!!」

「抜け駆けダメ!逃がさない!」

モブリットが止めるのも聞かず、両手を上げ万歳をしながら奇行種がいるであろう方向へ走ってゆくハンジを追うname。小さくなってゆく二人の背中にミケが大きくため息をついた。

「リヴァイ、追ってくれないか」

「結局それかよ…」

「ミケは引き続き私の隊だ、頼む」

「わかった」

ミケが頷くや否や、リヴァイは馬の腹を蹴り離れて行ったハンジとnameの後を追う。苦虫を噛み潰したような顔をしたリヴァイをちらりと見て、「リヴァイもわりと苦労人だな」とミケは密かに思うのだった。
リヴァイが二人に追いついた頃には既にnameが巨人と交戦を始めていた。馬をハンジに預け、彼女は単騎で宙を舞っている。そこまで上背が無いのは幸いだったが奇行種なだけに気は抜けない。全隊が方向転換したのを確認しつつ、他方から巨人がやって来ないか細かく視線を行き来させるリヴァイにハンジがぶんぶんと手を振っている。
それを無視してリヴァイは縦横無尽に立体起動装置を操るnameに視線を注ぐ。的確なアンカーの射出と目標との間合いの詰め方。少しずつ腱を切ってゆき動きが鈍ったところで止めを刺す。全ては彼が教え込んだ通りであった。
首筋に刺さったアンカーに、ぴんと張るワイヤーは物凄い勢いで巻き取られ、nameは残像と共に軌跡を描きながら巨人の項へと目にも留まらぬ速さで近づいた。瞬きをするのも惜しいと、リヴァイは思う。多回転で項を削ぐリヴァイとは異なり、身体を反らして最大まで振りかぶった腕を振り下ろす力技で刃を奮うnameのやり方は彼女独自のものだった。適切な入射角度で皮膚に刺し込まれた刃は実際に込められた以上の力を得て深々と肉を抉る。断末魔を発した巨人から立ち昇る蒸気で視界を奪われぬよう早々に離脱し着地したnameは、目を眇め手の甲で頬に飛んだ巨人の血を拭う。
リヴァイの馬が一声嘶き、ようやくnameはリヴァイが後を追ってきたことに気がついたらしい。

「nameってばまたこんなにすぐやっちゃって。観察する暇もなかったじゃない」

「そんな暇あったらさっさと倒します」

「おいてめぇら」

「無事討伐完了でーす」

「そういう問題じゃねえ」

ひらひらとリヴァイに手を振り愛馬に跨ろうとするnameのフードをリヴァイが掴む。

「勝手な行動をするな。これじゃあ長距離索敵陣形の意味がないだろうが」

「でも、」

「でももクソもあるか」

「name、リヴァイは君のこと心配してるんだって」

「おいハンジ、言っておくがてめぇも同罪だ」

「ばれたー?」

ぺろりと舌を出すハンジに睨みを効かせたリヴァイ。彼らを一瞥するとnameはフードを掴んでいたリヴァイの手からするり抜け、さっさとエルヴィン達のいる中央列へと戻ってゆく。

「ちょっとー!待ちなってname!」

「放っておけ」

一段と深い皺を眉間に刻んだリヴァイは吐き捨てるようにそう言うと鐙に足をかけた。そんな彼の後ろ姿を見ながらハンジはにやにやとした笑みを浮かべる。

「あの子もリヴァイに負けず劣らず鈍いからねー。ちゃんと言わないと伝わんないよ?」

「何が言いたい」

「またまたー恍けちゃって。酔った勢いで、“俺の隣に立てる奴なんざnameしかいねぇんだ”とか何とか言ってたの、みんな聞いてたんだからね」

「おい…なんだその話は…」

「いやぁ、リヴァイはザルだからさ、あそこまで酔わせるの一苦労だったんだよー。まぁ飲み代は経費で落としたんだけど」

「記憶にないぞ」

「そりゃあれだけ酔っ払ってれば仕方ないんじゃない?」

「……殺す」

物騒なこと言わないでよ、と言いかけたハンジであったが、全身からドス黒い殺気を漲らせ肩を怒らせているリヴァイを前に、流石に口を噤むのだった。そして逃げるが勝ちと言わんばかりに馬に飛び乗り走り出す。
ひとり残されたリヴァイはぎりぎりと奥歯を噛み締めながら手綱を握りしめていた。先ほどハンジが言っていた「とかなんとか」の部分が気になって仕方ないが、敢えて無くした鬼が出るか蛇が出るかもわからないような記憶を掘り起こす気にもなれないのだった。
あの場に確かnameはいなかったはず…であるが…。定かではない記憶を頭を振り追い払う。とりあえず、なんだ。隊列に戻って…もう一度nameを叱りつけ…。リヴァイの乱れた思考の向こう側から鈍い地響きが聞こえてくる。

「ちょうどいい、相手してやる」

俺は今最高に気分が悪いんだ、と胸の中で呟いて、リヴァイは土煙がもうもうとあがる前方を睨むのであった。

(140925)
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