さようなら

彼女は美しかった。街の隅にある煌びやかな一角、下品に飾り立てたのではない、裏路地を一本入った場所にその建物はあった。古めかしい煉瓦は年季が入り重厚さを増し、壁面にはしっとりと密やかな空気を纏った深緑の蔓が両腕を広げるようにして伸びていた。
兵服ではなくラフな私服でエルヴィンはひとりそこへ赴く。週に二度ほど、深夜に足を運ぶことがここの処彼の習慣になっていた。
入り口を抜けきちんと正装をしたカウンターの男に片手を挙げると、そのまま慣れた足取りで一番奥の部屋へと入って行った。扉の向こうには静かにベッドに横たわる女がひとり。女性というにはまだ少女の名残が些か多いような気もするが、死んだ湖の湖面を思わせる彼女の瞳は見た目の幼さに釣り合わず見るものを不安定な、しかし不思議な気持ちにさせるのだった。その水面に手を差し入れ波立たせてみたい、清らかな水を口に含んでみたい、その深淵から水底を覗いてみたい。様々な探究心を孕んだ欲望を腹に抱えた男たちに、彼女はやはり水のような態度をとった。
形を変え温度を変えぴたりと身体の周りに密着する彼女は、一部の男たちの間ではある程度名が知られた存在だった。しかし彼女の属する店はそこらにある安宿ではない。地位や富を持つ、ある限られた人間のみが敷居を跨ぐことのできる特別な場所にいたのだった。勿論エルヴィンも何度かその名前を耳にしていた。下世話な世間話の延長としての話であった。
しかしあれほど男達の興味を引いていた彼女の話はいつの間にかなりを潜めていた。「誰かが彼女を囲ってるらしい」。ふと気が付きなんとなく仲間に尋ねたエルヴィンに返された答えはそれだった。そうなのか、程度にしかその時は思っていなかったエルヴィン。しかし件の壁外遠征の後に、また彼は彼女の名前が実しやかに囁かれるのを耳にすることとなるのだった。半ば自暴自棄になっていたこともあったと思う。兵団のトップに立つ者として、面に出さずともそれは確実に彼の内面を腐らせ、いっそのこと女でも抱いて忘れてしまおうと思い頭を過ったのが彼女の存在だった。金などあったって、こんな壁の中のこんなご時世に使う当てがあるわけでもない。であれば多少の金を女に使ったところで誰が咎めるでもないだろう。財布に十分すぎるほどの札を入れ、エルヴィンは例の娼館へと向かったのだった。
そうしてエルヴィンと彼女の関係は始まった。エルヴィンが正しい彼女の名前を知ったのは、その時が初めてだった。少女は名をnameと言った。名前の響きに似た透明な雰囲気を持つ女だった。何人もの男に抱かれているであろうに失われていない初心な仕草に、意外にもエルヴィンは心揺さぶられるのであった。
そして今宵も、エルヴィンが手招きすれば見えない糸に手繰り寄せられるようにしてnameは彼の腕の中へとやってくる。nameは下手に出て媚びた笑を浮かべ、テラテラとした厚ぼったい唇を歪めるような真似はしない。ただ、そこに在るのだ。穏やかな水を抱くような感覚に、エルヴィンは目を閉じて深く息を吸った。透徹した水が彼の身体を満たしてゆく。それでも腕の中にある質量は変わらない。
薄い肩からキャミソールの紐を落とす。絹で織られた上等なものだ。つるりとした肩を撫で、ゆっくりと脇に滑らせた手の平を乳房へと持ってゆく。小さな身体にそぐわない豊かな乳房を包みそっと指を動かせば、控えめに胸板に擦り付けられるnameの頬。
硬くなり始めた胸の先端を摘み爪で引っ掻くと細腰が揺れた。下着の中で己の性器が芯を持ち始める。完全に勃起するまでに時間は要さなかった。目の前の光景と体温、そしてnameを何度か抱いた記憶が渦となって腰の辺りに熱を産む。きつくなったズボンを下着ごと脱ぎ捨て、エルヴィンはnameと向かい合わせになると彼女に自分を跨がせる。彼女の下着は冷たく濡れていた。その部分を指でなぞり下着越しに割れ目を抉ってやると、nameは眉を寄せエルヴィンの肩に顔を埋めた。
いじらしい、とエルヴィンは思う。彼女を囲っていたと噂の男にこうするように、彼好みの反応に教え込まれたのだろうか。だとしたら、少し妬ける。娼婦に対して抱くべきではない独占欲を胸の内に燃やす一方で、彼女の身体を欲しいままにしてきたその男の気持ちが手に取るようにわかるのだった。
屹立した性器にnameの手を導き握らせる。微かに汗ばんだ小さな手がエルヴィンのペニスを包む。自分の性器を上下するnameの子供のような手に、そこはかとない背徳感を感じて彼は息をついた。容姿が、仕草が、彼女の全てが私を煽る。いや、自分だけではないだろう。nameを目の前にして冷静な判断を維持できる男などいないのではなかろうか。
つるりとした亀頭を撫でられ、鈴口にやんわり爪を立てられながら、エルヴィンはnameに口付ける。触れ合うだけだったキスは次第に角度を変え深さを増し、唾液の絡まる音を響かせながらいつまでも唇は離れない。nameは呼吸が出来ずエルヴィンから逃れようとするも、後頭部に回された手がそれを許さない。キスの合間に息を継げば、混ざり合いどちらのものともつかなくなった唾液が彼女の口の端から滴り落ちた。顔を赤くして目に涙を浮かべているnameをようやく解放したエルヴィンは、彼女の口から顎に流れる唾液を舐め取り双丘に手をかける。腰をあげさせ勃起したペニスの先端をnameの割れ目にあてがえば、触れた瞬間にもう水音があがる。彼女から溢れるぬるい体液を一点に受けながら先端だけを出し入れすれば、エルヴィンの腕を掴んでいたnameの指に力が入る。か細く引っ掻くような動作で「もっと」と強請るnameの腕を自分の首に回してやると、エルヴィンは一気に彼女の中を貫いた。閉ざされた肉壁が太く長い男の性器にこじ開けられ、最奥を叩かれたnameは身体中の熱を吐息に込めてはき出した。きゅうきゅうと中の異物を締め付けながら、それでも身体はわかっているのかヒクつく入り口を愛しく思い、エルヴィンはまたnameの唇を貪った。
腰を突き上げnameを揺すり、尻を掴んで上下させればあがる嬌声。鼓膜が溶けそうに甘い。縋り付いたnameの乳房が胸元で揺れている。柔らかな女のそれは見ずとも先端の部分が硬く尖っていることがわかる。エルヴィンの与える快感を一滴たりとも逃さぬように、nameは必死に男を享受する。理性では無く本能で。過ぎるほどに溢れ出す愛液が結合部をしとどに濡らし、今やエルヴィンの尻を伝ってシーツに染みを作っていた。深く穿たれるたびに絶頂は近くなる。
エルヴィンはnameを抱えて繋がったまま彼女をベッドに押し倒すと、ペニスが抜けないよう注意しながら正常位の体勢をとる。膝の裏を肩にかけ顔の横に両手をつき、激しく腰を打ち付ける。涙を流して喘ぐnameが腕で顔を隠そうとすればその腕を払い、だめだめと唇が形どればそこを塞いだ。上半身を屈め、nameに覆いかぶさりながら腰を振る。荒くなる呼吸がnameの中へと吸い込まれる。腰から駆け上がる快感にエルヴィンは「っあ、」と鼻にかかった喘ぎを口から零し、そして射精した。
その時だった。普段ほとんど言葉と言う言葉を口にしてこなかったnameがエルヴィンの腕の中、絶頂に達するその瞬間に「ミケ、」と言った。ミケ、確かにnameはそう言ったのだ。こんなにも自分から精液が出るものなのだと不思議に思うほど大量の白濁をnameに注ぎ込む間、エルヴィンは閉じられた彼女の目から流れる涙をただ眺めていた。長い長い射精が終わる。しかしエルヴィンは性器を抜くこと無くnameを抱いたままベッドに沈む。よくある名前だが、恐らくそれがエルヴィンも知るあの人物であろうということは何と無く直感でわかった。nameに問うてみようと思ったものの、それは無意味以外の何物でもないだろう。
心の中に空いた空洞を思いながら、エルヴィンはnameの首筋に鼻を寄せる。透明な森の朝露のような香りに、忘れようとしていた胸の痛みが鈍く蘇った。萎えない性器をもう一度出し入れし、エルヴィンは再びnameと溶け合うのだった。

(140928)
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