さようなら

(幼女ヒロイン)

「ここはお前みたいなちびが来るところじゃないんだよ」

「わかったらさっさとママのところに帰んな」

昼下がり、調査兵団本部の正門でちょっとしたいざこざが起こっていた。

「ママはいません」

「あー…とにかく、お前を中には入れられないんだ」

「嬢ちゃん、諦めな」

「ミケさんにあいにきました!」

大きな大人の男二人にたじろぎながらもnameははきはきとそう告げる。
まさかこんな小さな少女から調査兵団ナンバーツーの名前が出てくるとは思っていなかった二人は一瞬どうしたものかと顔を見合わせる。
そんな様子を眺めながら、nameは拳をぎゅっと握る。
泣きたい気持ちを懸命にこらえるも、貝爪が柔らかな皮膚に食い込んでいた。

「頼むよ嬢ちゃん」

「俺たちだってここを守るのが仕事なんだ」

nameの必死の形相に、門番二人も引け腰になる。

「こんな小さな女の子が調査兵団を壊滅させるとは、私には到底思えないがね」

「エルヴィン団長!」

背後から突然現れたエルヴィンに門番二人はバネのように姿勢を正して敬礼をした。

「やあname」

「エルヴィン、こんにちは」

見知った顔を見つけてnameは安堵の表情を浮かべた。

「だ、団長…お知り合いなのですか…?」

「ああ、nameはそうだなぁ…さしずめ私のプリンセスといったところだろうか」

「…はあ…」

いまいちピンとこない表情を浮かべた二人をよそに、エルヴィンははにかむnameを軽々と抱き上げた。

「ミケに会いに来たのだろう」

「うん」

エルヴィンの肩に腰かけながら、nameはこっくりと頷いた。

「今日ね、ミケさんのおたんじょうびなの」

「ああ…すまなかったな、ミケを返してやれなくて」

「エルヴィンのせいじゃないよ」

「はは、優しい言葉をありがとう。最近なにかと忙しくてね」

申し訳ないと思ってはいるんだよ。そう続けたエルヴィンの頭をnameはよしよしと慰めるようにそっと撫でる。
入り組んだ兵団本部内を進んでゆくのをもの珍しそうに眺めるnameに、「落っこちるなよ」とエルヴィンは笑った。
しばらく行けば、幹部たちが普段使用している会議室にたどり着く。
迫りくる壁外遠征に向けて昼夜ここで会議が繰り返されていた。
片手でnameを支えながらエルヴィンがドアを開ければ、中にいた全員の視線がエルヴィンからその肩に乗るnameへと移動した。

「name!」

「ミケさん!」

両手で脇を抱えられながら床に足をつけたnameは、驚いて椅子から立ち上がったミケの元にぱたぱたと走り寄るも、勢い余って足をもつれさせてしまう。

「あぶねえ、走るな」

「リヴァイ、すまないな」

きゃっ、と悲鳴を上げて転ぶ一歩手前だったnameの襟首をリヴァイがつまみ引き起こすと、ガキの取り扱いはよくわからんと言ってミケの方へと放り投げた。
ぽーんと宙を舞ったnameの身体を大切そうに抱き留めたミケは「すまんが少し席を外させてもらう」といって部屋を後にするのだった。
「ねぇあの子誰?すーんごい可愛かったけど」「とって食いそうな顔で聞くな」「nameはミケの彼女だ」「え?」「な…?」残された面々の間に動揺と衝撃とを残したとも知らずに。

「一人で来てはいけないと、いつも言っているだろう」

「ごめんなさい」

建物から少し離れた場所にある中庭には背の低い草が一面に生えていた。
切り株に腰かけたミケはnameを膝の上に載せてため息をつく。
自分が仕事で帰れない時は近くに住む叔母の家にnameを預けているのだった。
おそらくその目をかいくぐってここまでやってきたのだろう。

「でも…あの…きょうは、ミケの…」

「誕生日だからといって、それが許されることではないとわかるだろう?」

「……」

俯こうとするnameの頬を両手でそっと挟んで上を向かせれば、みるみるうちにnameの目には涙が膨れ上がり、あっという間に柔らかな頬を涙の筋が幾つも伝う。
それでも声を上げようとせず静かに泣くnameの姿に、さすがのミケも胸が痛んだ。
きっと昨晩もこうして一人、嗚咽をこらえて泣いていたのだろう。
その日のうちに帰ることができずに明け方帰宅すると、大きすぎるベッドに一人で眠るnameの頬にはいつも涙の痕が残っていた。

「来てしまったものは仕方がない、だが今回だけだぞ」

「う、…うん…っ。ごめ、ごめな、さい」

ぎゅうっと瞑った瞼の端から玉のような涙がポロリとこぼれる。
泣いているせいで手元がおぼつかないnameの代わりに、彼女のポケットからうさぎ柄のハンカチ(ミケがnameにプレゼントしてやったものだった。そしてそれは大分、色褪せていた)を取り出してやると、丁寧にnameの涙をぬぐってやる。

「もう泣かなくていい」

「ん、」

鼻の頭を赤くして首を縦に振ったnameは、「あっ!」と声を上げて今までずっと大切そうに手にしていた手提げかばんをごそごそと探ると、黄色の何かを取り出した。

「これね、つくったの」

「くれるのか?」

「うん、ミケさんの、おたんじょうびプレゼントだよ」

まだぽってりとした熱を孕んだ舌は呂律が回らず、言葉はたどたどしい。
両手で持ち上げたミケへのプレゼントは手作りのメダルだった。
どこかの材木場からもらってきたのだろうか、ミケの手の平ほどの大きさの輪切りになった木に絵具で色が付けられており、表にはミケの似顔絵が、裏側には「いつもありがとう」の文字が不器用に描かれていた。

「ほんとうはね、首にかけれるようにしたかったの。でも、うまくできなくて、だから、」

悲しそうな顔をして目をこするnameの手をよく見れば、小さな爪の間に黄色の絵の具がまだわずかに残っているのだった。

「紐はまたあとで一緒に付けよう」

ありがとう、name、大切にするよ。
そう言ってミケはnameの頬に頬ずりをした。

「くすぐったい!」

きゃっきゃと声を上げて笑うnameはミケの腕から逃れようと身を捩る。
その勢いを利用して、ミケは高々とnameを頭上に掲げて急降下させるという彼女お気に入りの遊びをしてやるのだった。
そんな二人の様子を中庭に面した廊下の窓ガラスにへばりつくようにして見ているのはハンジと、窓ガラスを背に立っているのはリヴァイ、そしてエルヴィンだった。

「ミケってあんな顔するんだ」

「犯罪じゃねぇのか、ああいうのは」

「愛だよ、愛」

「うわぁ…エルヴィンきもーい…」

遠い眼差しのエルヴィンにハンジが引き気味になる。

「我々もミケの誕生日を祝ってやるとするか。リヴァイ、手筈は整っているな」

「ああ」

「よっしゃ、じゃあ呼んでくるとしますかね」



「ねえミケさん」

「なんだ?」

「ずっと、ずっといっしょにいてくれるよね?」

nameの目が揺れていた。
あまりにも純粋で無垢なその問いに、頷く以外の何ができたというのだろう。

「ああ、ずっと一緒だ」

「ほんとう?」

「本当だとも。これを持っていれば、きっとずっと、nameと一緒にいられる気がするよ」

ミケが柔らかく笑う。

「ぜったい、ぜったい、いつももっててね、はなさないでね」

「ああ、わかったわかった」

ミケさん、だーいすき!そう言って飛びついてきたnameを腕に抱き、ミケは彼女がくれたプレゼントを胸ポケットへ大切そうにしまうのだった。
立ち上がった影は重なってひとり分、午後の太陽に長く長く伸びていた。

(141101)
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