さようなら

「そうそう、笑えるよねー」

「そんなくだらねぇ話で笑えるのはてめぇぐらいだ」

「確かに」

「えー、nameだって笑えるよね」

ね?とハンジに投げかけられたnameは「うーん」と首を傾げて視線を泳がせる。

「ほらな」

「残念だったな、ハンジ」

それ見たことかと言うようにして肩を竦めたリヴァイとミケに、ハンジは「いーっ!」と舌を出すと、申し訳なさそうにしているnameに向かって腕を伸ばした。

「nameならわかってくれるよね?この面白さ」

「えーと、うーん…」

原案ハンジ、作画モブリットの巨人四コマ漫画を見せられて、それを面白いと迷いなく言える人間が壁内のどこにいるというのだろうか。無駄に絵の上手いモブリットと類稀なる妄想力もとい想像力を駆使したハンジの合作は、それはもう見るに耐えない代物であった。従ってそれを見た(というより強制的に見せられた)者たちは「モブリット可哀想だよね」と口を揃えて言うばかりで、作品自体の賛否ではなくモブリットの苦労ぶりが改めて周知されただけの結果となった。
ハンジはnameに抱きつくと、彼女の額に自分の額を重ねてきらきらとした瞳で顔を覗き込む。言葉を濁すnameを見兼ねたミケによって引き剥がされたハンジをリヴァイが羽交い締めにして椅子に座らせる。無理矢理nameと距離を取らさせたハンジは不満顔で唇を突き出していた。

「name、頭が腐るからあまり奴には近付くな」

「セクハラされるかもしれないしな、気を付けるんだぞ」

「は、はい」

抱きつかれた所為で少し乱れたnameの髪をミケが直してやっているところで、ガチャリと部屋の扉が開けられる。

「あ、団長」

扉に背を向け屈んだミケの肩越しにnameは現れたエルヴィンに軽く手を振った。背後で閉まる扉の音に、ミケの口の端がほんの僅かに上がったのを見た者は誰もいなかった。エルヴィンはミケの背中を見て、それからゆっくり微笑むとnameに手を振り返す。
「うわあの笑顔はヤバいやつじゃない?」「目を合わせるな」と耳打ちし合うハンジとリヴァイを他所に、「よし、いいぞ」と髪を直し終えたミケは、礼を言うnameの頭をぽんと叩いた。

「そろそろいいか?ミケ」

「何がだ?エルヴィン」

和やかに笑い合う二人の間に走る稲妻が見えているのはどうやらリヴァイとハンジだけらしい。nameは不思議そうに首を傾げて、はるか上空で交わされる男と男の戦いがあげる火の粉を降りかぶっていた。
それから数分後の事、テーブルを囲んで会議が始まったはいいものの、その異様な光景に席についた面々は視線を彷徨わせ、何を口にすればいいかわからず黙り込んでいた。

「では前回の続きだが、」

「おいエルヴィンよ、まさかそのまま会議をするわけじゃねえだろうな」

「リヴァイ、つっこんだら負けだよ」

真面目な顔で切り出したエルヴィンに、リヴァイが口を挟む。しかしエルヴィンは何のことだとでも言いたげにリヴァイとハンジを交互に眺めた。

「エルヴィン、それではあまりにnameが可哀想だ」

ミケの言葉にリヴァイとハンジが頷いた。当のnameはといえば、椅子に腰掛けたエルヴィンの膝の上にちょこんと乗せられ、彼の身体とテーブルの間で窮屈そうに身を縮こまらせていた。あまりの恥ずかしさに消えてなくなりたい気分であったけれど、先程のエルヴィンが発していた有無を言わさぬ気配に当てられ身動きが取れなくなっているのだった。
顔を真っ赤にして俯くnameの頭に顎を乗せたエルヴィンは「では、リヴァイから頼む」と何事もないかのように会議を続行するも、リヴァイが口を開くわけもない。全てを諦めたハンジは手にしていた紙に新たなネタを描きつけては一人うんうんと頷いている。

「いちゃつくなら二人の時にやってくれ」

「確かに」

首を縦に振ったミケが紅茶を一口飲むと、エルヴィンはnameの顎を指で掻きながら口を開く。

「どこかの悪い男にnameが誑かされてはかなわないからな。nameが誰のものかということを一度はっきりさせておいた方がいいだろう?」

なあ、ミケ?そう言ったエルヴィンに送られた視線を受け流しながら、ミケはやれやれといった表情で肩を竦めた。
普段は水の如く向かってくるものを柔軟に冷静に避けているエルヴィンも、nameが関係するとどうにもそうはいかないらしい。それを知ってか度々ミケはこうしてnameにちょっかいをかけているのであった。これまでは大人の対応(周りの人間はそうは思えなかったが)をとっていたエルヴィンもとうとう我慢の限界に達したらしく、哀れなnameは彼にされるがまま、面前でこのような恥ずかしい目にあわされてしまうのだった。

「…くだらねぇ、今日は解散だ」

そう言って立ち上がるリヴァイに続いてハンジも席を立つ。

「nameも大変だねぇ」

両手を上げたハンジに向かってエルヴィンは、「ハンジ、そのくだらない紙を今後nameに見せるのは控えるように」と冷ややかに言い、ぎくりと身体を強張らせたハンジはリヴァイの腕を取って風のごとき速さで部屋から出て行った。
残されたミケに向かってnameは必死にSOSの視線を送るも、ミケは右の唇をにやりと上げるだけだった。

「会議は明後日に持ち越し、だな」

「ああ、残念ながら、な」

椅子に腰掛けたまま立ったミケを見上げたエルヴィンは、含みを持たせてゆっくりと口にする。彼の腕の中でぷるぷると震えているnameには悪いことをしたかなと思うミケであったが、この後のことを思えばなんということはないのだった。

「じゃあな、エルヴィン」

「ああ」

後ろ手に手を振りミケも部屋を後にした。バタンと扉が閉まり、部屋には静寂が満ちた。

「団長!」

「なんだ?」

「なんだじゃないですよ!」

「そう怒るな」

振り向いて顔を真っ赤にしているnameの眉間の皺に指を這わせてエルヴィンは笑った。笑い事じゃないですよ、恥ずかしいじゃないですか、意地悪ですよ、などと捲し立てながら胸板を叩くnameの手を取ると、「ついムキになってしまったんだ」と耳元で言う。

「どうやらnameが絡むと私は冷静でいられなくなるらしい」

「……」

胸の中にすっぽりと収まっているnameを両腕で抱き締めたエルヴィンは、ため息混じりに長く息を吐いた。

「許してくれるか?」

頭上から降ってくる甘い声に、頷くことしか出来ないことを知っているくせにと、nameは耳が熱くなる。エルヴィンはnameの顎に手をかけそっと上を向かせると、何かを言おうとして半端に開いたその唇を塞ぐのだった。

(141114)
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