さようなら

さっきまで熱い湯船に浸かっていたはずなのに、ひとたび出てしまえばあっという間に冷えてゆく足先。
冬用のルームソックスを履いているにもかかわらず、痛いぐらいに冷たい足をそろそろと運んでベッドに向かう。
ベッドサイドのランプだけが点けられた寝室、真ん中に置いてあるダブルサイズのベッドの中には既にエルヴィンがいた。
エアコンが低く唸る以外はこれといった音もない。
私が部屋に入って来たのを見ると、エルヴィンは読んでいた本を閉じて枕元に置く。

「遅かったじゃないか」

「キッチンの片付けしてて」

「そうか」

顔に柔らかな影を落としたエルヴィンが小さく笑って掛け布団をめくってくれる。
差し出された手を取ってベッドに上がれば、エルヴィンの逞しい腕にあっという間に抱き竦められた。
いつも使っている香水の香りが仄かに漂う腕の中はもう十分に温まっていて、私は安堵の息を長く吐く。
一日の疲れみたいな澱みが全て出きってから大きく息を吸う。
そうすると身体の中身がそっくり入れ替わって、まるで内側からエルヴィンに包まれているような気持ちになるのだった。

「足が冷たいじゃないか」

「靴下、履いているんだけどね」

急に寒くなったからかな。と言った私の足にエルヴィンの足が触れ、指先で遊ばれたかと思えば脚全体が絡められた。
静かなエルヴィンの温もりが、冷えた足先へゆっくりと浸透してゆく。
厚い胸板に頬を寄せれば、規則正しい呼吸に合わせて心地良く身体が上下する。
パジャマの下から香水に混じって、自分と同じボディソープの香りが一瞬香った。
それがとても嬉しくて、でもきっとその事をエルヴィンに言ったとしても「当然だろう」と言われるのが関の山だから。
だから私は黙って彼のパジャマに頬を擦り付けた。

「不思議なものだな」

「なにが?」

顔をぐりぐりしている私の首のあたりに鼻筋を寄せたエルヴィンが言う。
彼の言葉の続きを聞こうと顔をあげると、大きな手が私の肩をまた抱き寄せる。

「nameと同じ匂いがすることを、たまに不思議に思うよ」

そして、とても嬉しいんだ。
エルヴィンは少しだけ首を傾げるようにして、小さな声で付け足した。
酔ってるのかな、そう思ってアルコールの壜が置かれていないか辺りを見回すけれど、どうやらそういうわけでもないらしい。
嬉しい気持ちよりも先に訝しむ表情をしていると、エルヴィンは「いや、忘れてくれ」と言って私を腕の中に沈めてしまう。
混ざり合う香りの揺蕩いの中で、私は口から泡を吐くようにして甘い吐息を零すのだった。

(141202)
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