さようなら

何と無く孤独な夜だった。私まで侵食されてしまいそうなほどに澄んだ透明な夜の空気。いつもならば忍び込んで場所を取り合うベッドも今日は私一人で、足先がいつもより冷たい。ごろりと打った寝返りは、もう何度目だろうか。
リヴァイ、声に出して小さく呟いてみる。寒さの為に震えた唇から呼ばれたその名は、あまりにも似つかわしくない弱々しい響きだった。
会いたいと思う時に会いたい人が側にいないことにはもう慣れたと、これまで何度思っただろう。それでも北風に窓が鳴くような夜、ひとりのベッドはあまりにも広すぎる。
先方の希望で取り付けられた接待パーティー、そうリヴァイは言っていた。ならば私も護衛として付いて行くと申し出たのに、それはあえなく却下されてしまったのだ。
自分達が中央部にいる際有事が起きたら誰が兵団を守るんだ、と横に立っていた団長に諭されてしまえば「わかりました」と引き下がる他はなかったし、何よりそれは正論だった。私事を勤務内に持ち込むべきではないとわかっていたはずなのに。
溜息を吐く代わりに、パーティー会場の隅でブスリとしているリヴァイの事を思ってみれば、滑稽さと同情めいた憐れみでなんとなく笑いがこみ上げてくる。
カーテンの影に隠れるようにして、嘘偽りしかない笑顔を浮かべた団長を遠くから眺めているに違いない。
吐息だけで笑って、腕に抱いていたリヴァイの枕を抱え直す。顔を押し付ければ、清潔なリネンの香りに混じってついこの前の情事の名残を仄かに感じられるような気がしたけれど、毎日洗濯される枕カバーには真新しい石鹸の柔らかな香りしかないのだった。
例えば、額に滲んだ甘い汗。あとは、滴り落ちた白濁だとか、睫毛に乗った涙のような雫。身体の中から出てきたことには変わりないのに、どれもそれぞれ違う味だなんて。
喉に絡まるえぐい青さを思い出し、私は眉を顰める。でも、それでも今は恥ずかしげもなくそれを欲しいと思う。
眠ろう。猥雑な思いを振り払うようにして私は目を閉じる。
淡い緑が輪郭もなく浮かんでは消え、それが薄れゆく頃にはなんとか微睡みの淵に私はようやく辿り着いたのだった。




どれくらい時間が経ったのだろう。がたがと風に揺れる窓ガラスの音で眠りから引き上げられる。半分眠りの沼に足を取られたまま暖かなベッドの中で身動ぎをする。
腰に回されたリヴァイの腕の重みが心地いい。リヴァイ、あれ。

「リヴァイ?!」

「うるせぇな、でけぇ声出すな」

背後から私を抱きしめていたリヴァイを振り返り驚いた声をあげれば、不機嫌そうに耳元で低く囁かれる。いつ帰ってきたのだろう。

「帰るのは明後日じゃなかったの」

「いつ帰ろうがそんなもの俺の自由だ」

身体の向きを変え、面倒そうな顔を下から覗いていると目の下をそっとなぞられた。

「あまり寝てないみてぇだな」

ひどい面しやがって。吐息のように言うリヴァイ。薄く浮いた隈を何度か指の腹で撫でられているうちに、ゆっくりと日向の影のような眠りが私に忍び寄る。
とろとろ微睡むにはあまりにも甘い腕の中。我慢できずにキスをせがめば、リヴァイは一瞬目を見開いて視線をそらすと「仕方が無いからしてやるか」と心の声が聞こえてきそうな口付けをひとつ私にくれた。

「なんだその目は」

「いやいやしてるみたいだった」

「はぁ?」

私がどれだけ会いたかったと思っているのだろう。思いがけないリヴァイの帰宅に喜ぶはずが、今しがたのおざなりなキスに私の気持ちは萎んでしまった。
しばらく続いた沈黙を破ったのはリヴァイだった。

「おい」

静かに放たれたその言葉に返事をする間も無く私はリヴァイに組み敷かれていた。さっきまでとは打って変わった熱っぽい視線に私は何も言えなくなる。

「言わせておけば好き勝手言いやがって」

「…り、りば…」

「どうして俺が今ここにいるのかわかるか?わからねぇだろうな、さっきの言いようじゃ」

手首を痛いほどに掴まれて、私はようやく理解する。彼のそっけない態度はその奥に潜む熱情を隠すためのものだったということに。
おそらく、団長に無理を言って早めに本部へ戻らせてもらったのだろう。
荒っぽく私を塞ぐ唇は北風に吹かれた所為か、送り出した時よりも幾らかかさつき、ささくれだっていた。そんなにしたら薄い皮膚が割れてしまうのではないかと気が気ではない私をよそに、リヴァイは息が止まるほどに私の唇を愛し続ける。
苦しくて逃げようとしても、その度に顎を掴まれより深い角度で呼吸を奪われる。じわりと瞳に涙の膜が張り、目の前にあるリヴァイの顔が輪郭を失った。
ようやく離れた唇はつ、と糸を引く。リヴァイがそれを手の甲で拭う様をぼんやり眺めていれば、顔にかかった髪の束をそっとどかされ、眦に滲んだ涙を掬われた。

「さ、寝ろ」

「…そ、んな」

さあこれからその先が始まろうと言うところで唐突に言い渡され、私はつい媚びた声をあげてしまう。しまったと思った時にはもう既にリヴァイの勝ち誇った顔がそこにあった。眠る前の私を見ていたかのような余裕っぷりで。
溶け出した部分に一度触れられればあとはもうなし崩し。私を捕らえる両の腕を握りながら、同じように隈の浮いたリヴァイの下瞼を指先でなぞるのだった。

(141210)
- ナノ -