さようなら

皿に乗った分厚い肉を切ることもせず、フォークを突き刺して口に運ぶ。一口で頬張ったそれに歯を立てれば、滲み出すにとどまらない量の透明な肉汁がどっと溢れ出す。口内に纏わり付くことなく、溺れる程に舌の付け根に溜まった肉汁を飲み込んで、柔らかな肉の筋を噛み砕いた。
隣に座るnameを盗み見る。彼女もまた同様に、小さな口に不釣り合いな大きさの肉塊を切り分けずに一口で収めてしまう。ごくごくと音が聞こえて来そうな程の脂を嚥下する白い喉が、何本もの蝋燭の灯りを受けて不穏な陰影を浮かび上がらせている。ゆっくり肉を咀嚼するnameの赤い舌や白い歯を思う。細かくなった肉を全て呑み込むと、nameはほんの少しだけ舌を覗かせ唇を舐めた。さっと色を引いたように艶めいた彼女の唇に、ずらりとお偉い方が並ぶ晩餐会のテーブルの下、俺は性器を硬くした。

nameが俺の上に跨っている。何一つ身につけず、上辺だけの笑みも取り払い。肩に手をかけ上半身を屈ませたnameは、奔放に腰を上下させる。揺れる髪や乳房、手足の指先まで、先程食べた肉の脂が行き渡っているかのように瑞々しく生命力が溢れている。
おそらく、この奇妙な出自の女の見せる他とは違う色気は、こうした食べ物の違いから来ているのかもしれない、と俺は思った。人の皮を被った女の獣欲は滲み出し、男の中で横たわる欲望を揺さぶり起こし、非情なまでに掻き立てる。当の昔に抗うことは放棄した。薄暗い地下で培われた心の黴は、明るい太陽の元に晒されその柔らかな菌糸を震わせる。ざわざわと、不穏な音が聞こえるような気すらした。
漫然とした動きをやめたnameは、ゆっくりと、見せつけるようにしてペニスを膣に出入りさせる。硬く勃起した性器を軸にして、nameの身体が上下する。両肩に添えられた手はするすると下がり、刺激を享受するためだけに存在する男の乳首を撫でさすった。
熱い吐息が口から洩れる。堅く引き結んでいたはずだった。いつの間にか力を失った俺の身体の中で、性器だけが熱く、異常なまでに硬かった。
もったいぶるように円を描かれ、眉間に皺が寄るや否や小さな膨らみを指先で抓まれる。指の先の柔らかさと爪の硬さを交互に感じ、翻弄される。「あ」、と女のような声が出た。それが自分の声だとは思いたくなかった。それ以前に、その声が自分のものだということを、すぐさま認識できなかった。
胸元の漠然とした快感が甘美という言葉の輪郭を得るにしたがって、nameの中に収められた性器はより質量を増してゆく。ぴったりと、張り付くようにして屹立する己の性器を、nameの身体はどこまでも柔らかく包み込む。ただ、その熱は驚くほどに暴力的だった。

「私、嫌なんです」

「…何がだ」

上半身を倒して俺の胸板に乳房をぴったりと押し当てたnameが耳元で囁いた。

「ここに戻って食事をすると、兵団の食事がとても味気ないものに思えてしまうから」

確かに資金乏しい調査兵団で用意される食事とシーナで暮らす貴族たちとでは食べ物の質が雲泥の差であることは明白だ。しかし。

「貴族の身分に未練はないけど、やっぱり食べ物はどうしても。ですね」

重ねた紙のような肉か、もしくは干乾びた木の皮のようなベーコンを思い出したのか、nameは眉根をわずかに寄せた。そうして俺の頭をそっと抱き、nameは続ける。

「でもその分は、兵長がこうして補ってくれるから」

いいんです。甘い吐息交じりに耳の中に言葉を吹き込まれる。ぞわぞわと背中が粟立った。程よく締まった女の身体は、中から外から俺を隙間なく包み込む。
狂っている。初めてこの女を間近で感じた時に思ったのはそれだった。そのまま己の身分に甘んじていれば、何も知らずに死ぬまで気楽に生きて行けたというのに。何故それを捨ててまで死の匂いで満ち満ちているこの世界に足を踏み入れたのか。彼女の存在が兵団内において重宝していることは事実であるが、どうしてnameが兵団を、しかもよりにもよって調査兵団を志望したのか。それを知るものは組織内に誰一人としていないのだった。飄々とそつなく仕事をこなすだけでなく、いまやnameは調査兵団と貴族を繋ぐパイプの要であった。
だからこうして資金繰りの話を巡った接待パーティーに同行することは珍しいことではなく、ある時はエルヴィンと、ある時は今日のように俺と、そして他の幹部と連れ立つ時にですらnameの姿は必ずあった。
nameの腰に両腕を回し、身体を引き寄せる。既に密着していた身体は柔らかな肉の分だけ僅かに沈む。
ずる、と性器が抜けかける感触に、俺は少し腰を浮かせてnameの中に再び全てを収める。首筋に湿った吐息がかかる。気だるげに、nameが俺の髪を梳いていた。顔が近づき、耳朶を舌が這う。舌の表面のざらつきは、性器を擦る感触を思い出させた。たまらずに俺は起き上がる。押し倒そうとしたがnameにそれを制される。ベッドに座った体勢の俺に跨ったnameは少し高い視線で俺を見下ろす。上げられた前髪。落とされたキス。
より深くまでペニスを迎え入れようとするかのように腰を使うnameの尻を鷲掴む。柔らかな女の肉の感触を握り潰し、そろそろと窄まりの襞に指を伸ばした。
くつくつと喉を鳴らしたnameに唇を塞がれる。舌先で唇をつつけばすんなりと開かれ、割り行った俺の舌は絡めとられるようにしてnameの熱に包まれた。上も下も、癒合してしまったかのような感覚。
いや、確かにしているのだ。互いに後頭部を手のひらに収めながら、人間の味を確かめあう。同じ生き物だというのに、違う味。それは何を意味しているのだろうか。溶け落ちそうな瞼を開けば、長い睫に縁どられたnameの目が真っ直ぐに俺を射抜いていた。
決定的な違い。これまでnameを作り上げてきたもの全てが、俺とは全く異なっていた。俺はおそらくそれに、抗えない。意識や理性でどうにかできるものではない。身体の中にある何かが、勝手に反応してしまうのだ。まさに、あの濡れた唇を見て密やかに勃起していた時のように。

「だから兵長、もっともっと私を満たしてくださいね」

「……」

半端に開いた俺の唇に、すっと伸ばされたnameの人差し指が乗せられた。舌先で舐めれば、ゆっくりと口内に差し込まれる彼女の細い指。それはほのかに、先ほど食べた肉の味がした。
膝をつき身体を支えながらnameが腰を振り始める。スライドする彼女の腰を掴みながら、俺もまた下から突き上げる。深い場所を突くたびに「あ、あ、」と滴るような甘い声がnameの口の端から零れてゆく。壜の口から液垂れした蜂蜜を舐め取るように、彼女のそこに口づけた。

「あ、きもち…っ」

「…name、」

吐息を噛み殺すようにして結んだ唇の薄皮が切れて、瞬間鋭い痛みが走る。それを見つけたnameは俺の血を舌先に付け満足そうに微笑んだ。きっと俺の血は、冷えて固まり内臓の裏に張り付くような油ではなく、摂取した瞬間から身体を巡り血肉を作り出す清らかなあの油のようにnameの中を巡るのだろう。

「へ、ちょ…」

ねだるような眼つき。とろりとした赤ワインのような液体が、瞬きをするたびに流れ出しそうな目だった。今度こそnameの身体を押し倒し、上に覆い被さるようにして腰を打ち付けた。半分に折ったnameの身体はしなやかだった。
腿の裏に手をあて足を纏めれば、細い脚の間に挟まった乳房が柔らかそうに揺れていた。肩に脚を掛けさせ胸に手を伸ばし両手で掴む。揉み、先端を弾き、また揉んだ。これでもかという程に。
繋がった部分でどちらの物ともつかない体液が白く泡立ち、陰毛を冷たく濡らす。肌と肌がぶつかる乾いた音が、やけに大きく鼓膜を揺らす。上壁を擦りながら穴を穿つようにして腰を使えば、あられもない嬌声が部屋に響いた。ぎしぎしと鳴るベッド。それに合わせてnameの口からは押し出された息が飛び出した。
愉悦の涙に濡れたnameの目が俺を見る。手を伸ばす間もなく、眦から一筋涙が流れ落ちてゆく。微かに、微かに赤かったのは気のせいだろうか。
腰のあたりに渦巻く熱を放出したい一心で性器を抜き差しする。締め上げる壁は呼吸に合わせて収縮し、入口は離すまいと擦るかのようにペニスの幹に絡みついた。視覚が犯される。見慣れているにもかかわらず、あまりにも鮮烈なその光景に俺は息を飲み、次の瞬間には射精していた。唇を噛んでもなお「う、…ぐ、」と喘ぎ声が漏れる。どくどくと先端から精液を迸らせながら、それでも腰を止められなかった。これではまるで、初めて女を知った少年のようだと、後になって己を恥じる。
芯を失った性器が、ずるりと膣から抜け落ちた。中途半端に萎えたそれを、nameは手に取って弄ぶ。纏わりついた体液を塗りたくり、乾きそうになれば先端から滲み出た残滓を同じようにして擦り込んだ。瞬く間に血液が集中してゆくのがわかる。質量を確かめるような手つきで、ゆるりと立ち上がったペニスを手のひらに乗せながら誘うようにこちらを見上げるname。そして手についた液体を赤い舌で舐めとると「おかわり、」と囁いた。弧を描く唇はぽってりと、濡れていた。

(150102)
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