さようなら

洗い物をしていたはずなのに。何故。
背後から私を抱え込んだエルヴィンの両腕が乳房を掴んでいる。それどころか服の裾から手を入れようとしているではないか。
これは本格的にやろうとしているに違いない。違いない、というか、これまでこういう状況になって、彼が本格的にやろうとしなかったことなんて一度もないんじゃないか。エルヴィンは服の上から器用にブラをずらすと、服越しに探し出した乳首を無遠慮に撫でる。

「あ、ちょ…やめてって」

まだ洗い物が、そう言おうとすれば顎を掴まれ半ば無理矢理に振り向かされると、強引に唇を塞がれた。割り入ってくる舌はほんの少し酒臭かった。休みだからって酔ってんのかこいつ。いや、あんたはいつだって休みだろうが。
ぐちゃぐちゃと口内を舐めまわされて、完全に火がついてしまったらしいエルヴィンの手つきはよりねちっこくなるばかりだった。
ああもう。
溜息すらつくことができない私は、観念して水道のレバーを下げ水を止める。やっと唇が離れたかと思えば今度は首筋を舐め上げられ、耳朶を食まれる。耳の中に舌を差し込まれ総毛立つ。身体の中を舐められているような感覚。脳の中で水音が鳴っているような気がして、下半身の力があっという間に抜けていった。
かろうじてシンクの縁にしがみついている私の尻を掴んでわしわしと揉む。なんでこいつはこんなに乳でも尻でも揉むのが好きなのだろうか。そういう習性を兼ね備えた生物なのだろうか。
ていうかお前働いてないんだから皿洗いぐらいしろよ!怒鳴ってやりたいのにいうことを聞かない身体が恨めしかった。こんな身体に誰がした。ガラスコーティングされたキッチンの壁に薄ぼんやりと映るエルヴィンの顔を睨んで、私はひっそりと唇を噛んだ。

「あぁ…」

恍惚の溜息が背後で聞こえる。硬くなった性器を尻にあてられて息を飲んだ。何度されても、この瞬間に鼓動が速くなるのは何故なのだろう。だらしなく毛玉のついたグレーのスウェットの生地が、余計にこの状況を煽っている気がした。
name、name。甘えるように鼻先を髪に埋めながら、エルヴィンは私のショートパンツに手をかける。悲しいかな、やめてほしいとはもう思っていなかった。むしろ、早く欲しいとすら、思っていた。大人しくなった私に気を良くしたのか、下着の上から尻を撫でていた手が足の付け根に回ってゆく。敏感な部分に触れるではなく、ぬるい水が流れ出すそこに指を這わせた。

「濡れてる、」

「うる、っさい」

下着ごと押し込まれるように指先を割れ目に押し込まれ、私はもどかしさについ腰を揺する。抵抗するうちはこちらの機嫌をうかがうように良い所を良い具合に触れる癖に、私が一度欲しがる素振りを見せれば調子に乗って焦らしだすのだ、この男は。憎らしい!
指で円を描いたり、滲んだ愛液をショーツの中で鳴らしたり、たっぷりと私の身体が自分を受け入れる体勢へと変わってゆく様を楽しむエルヴィン。つくづく性格が悪いというかなんというか。
荒い息を吐き出しながら、ごそごそとズボンをずり下げると剥き出しになった性器を私の尻の割れ目に擦り付ける。その体温が、少しだけ上がっていた。薄い下着越しに性器の硬さを感じ、じれったくなった私はつい身体を押し当てる。背後でエルヴィンの唇が嬉しそうに弧を描くのが見えたような気がした。ショーツの両脇に指をかけるとするんと一気に引き下ろす。膝の少し上まで下げられたショーツを脚を使って脱ぐけれど、うまくいかずに右足首辺りでくしゃくしゃと丸まった。
私の脚を開かせると、指で割れ目をわざと開かせる。耳をふさぎたくなるような水音に、私は振り返る。

「やめてよ」

「垂れてる」

「…ば…っか、…んぁ」

ただ私にそれを知らしめるためだけに、濡れた内腿を中指の腹でぺちぺちと叩くエルヴィン。煽られた羞恥に、身体の奥からとろりと体液が流れ出すのがわかった。彼の目にさらされた性器の爛れた赤を思う。けれどそこにあるのは恥ずかしさよりも切なさだった。空白を埋めてほしいと、細胞の全てがそう願っている。
突然、指が身体の中に押し入ってきた。しかも、二本。膣の中を広げるようにかき回し、臍の裏を押し上げられているうちに、耐え難い何かが湧きあがってくる。

「あ、ちょ、…や、やだ。そこ、やだって!」

「ここか?」

「やだやだやだ!!抜け!っ…馬鹿、ぁ!」

首を振る私などお構いなしにある一点を攻め続けるエルヴィンの指に、私の視界が白く弾けた。それと同時に両内腿を温かい液体が伝い落ちてゆく。というより迸っていた。あ、あ、と途切れ途切れに喘ぎながら呆然としている私の足元にエルヴィンがしゃがみ込む。

「な、に…?」

ふわふわとした気持ちのまま、エルヴィンの動作を眺める。するとエルヴィンは私の足の付け根に顔を押し付け、あろうことかじゅるじゅると音を立てながらその一帯を舐めまわす。猫のようにざらついた彼の舌を薄い皮膚の向こうに感じて、私は身体を震わせる。柔らかな場所に入ってくる舌は中を味わった後、ゆっくりと抜かれて充血したクリトリスをつつきだした。

「やだ、おねが、…い」

シンクに背を向け体重を掛けながら私は首を左右させる。エルヴィンは何かを言っていたけれど、くぐもっていてよく聞き取れなかった。

「あ、…ぁ、や…、」

唇で挟まれ、吸い上げられ、舌でつつかれて、はからずとも腰を突き出してしまったため尚彼の顔にその部分を押し当てることになってしまうのだった。だらしなく開いた唇から唾液が零れた。昼食は今しがた済ませたはずなのに、酷い空腹感を感じていた。
というか、昼間っから、なにやってるの、私たち。
僅かに残った理性でそう思うものの、ここまで来たのにここで止められて平気なほど私の動物的部分は退化していないわけで。だから、チュ、と音を立て唇が離れていくのと同時に、私の中に残された理性の欠片はエルヴィンによって奪い去られてしまったのだった。

「ね、エルヴィン…」

「その目、」

好きだ。吐息交じりに言ったエルヴィンは立ち上がると私の身体を反転させてシンクの縁に手を突かせる。その先に待つ快感を、知っている。腰のあたりから、抑えようのない震えが頭の先まで駆け上がっていった。

「んあ、っ!」

躊躇なく、一気に奥まで貫かれる。指なんかとは比べ物にならない圧迫感に、身体の中にあった空気が全て口から吐き出されてゆく。腰を掴んだエルヴィンが、背後で熱い吐息を吐いた。一度入れてしまえば最初から物凄い勢いで責められる。突っ張っていた腕はあっという間に支えとしての機能を失い、私はシンクに腕をかけ突っ伏すようにして縋っていた。
ひやりとしたステンレスの冷たさがなければ、身体も思考も溶け落ちてしまいそうだった。レースのカーテンから入る昼下がりの日差しに包まれてする激しい行為は、なんとなく背徳的で堕落的だった。深くまで犯されて、意識が身体の外に飛び出しそうだった。けれどそのたびにエルヴィンに唇を塞がれ、もどかしい熱を私は持て余す。
肌と肌がぶつかるたびに、もっと、もっとと願ってしまうのは仕方のないことなのだ。エルヴィンが私の身体に教え込んだ快感はあまりにも絶大で、自堕落を貪ることを生業とするようなこの男とは違い、真っ当な社会生活を送っている私ですらその暖かくて暗い沼の底に引きずり込まれてしまいそうなほどだった。
足をずらせば、さっき自分が排出した体液が冷たくなった水たまりにつま先が触れる。ぴしゃ、と鳴る水音。嘘みたいだった。こんな、全てを曝け出して男に抱かれるということが。
高揚したエルヴィンの息が耳を撫でる。腰を掴んでいた手はいつしか私を抱え込むようにして胴に回されていた。つ、と足を伝う愛液。時間帯に似つかわしくない猥雑な音が部屋に響く。でもなぜだろう、昼間は音が世界に紛れるから、静かな夜よりは、その点だけ見れば恥ずかしくない。何故ってエルヴィンは、全てを確かめるように私を抱くから。私が出す音、発する熱、纏う匂い、流す体液、その全てを欲しがる。子供のような独占欲は、一周まわって可愛らしかった。

「だめ、そこ、」

「どこだ?」

「あっ、あ…っ、や、ぁ」

知っているくせに。私もそれを期待して、言っていた。右脚を持ち上げられ、足の裏をシンクに乗せられた。

「よく見える」

「見るな…っ!」

とうの昔にスリッパなんぞどこかに飛んで行ってしまっていた。素足で触れたシンクの冷たさに私は息が詰まる。そのせいで中が締まったのか、エルヴィンが背中で低く呻く。上げられた片脚。白日の下に晒された結合部に、痛いほどエルヴィンの視線を感じて私は余計煽られる。白く泡立ったそこに手を導かれ、されるがまま指先で触れる。出入りする硬い性器を、私自身の性器が呑み込んでいた。「自分でいじってごらん」囁くように言われて、私は夢中で頷いた。
ふっくらと充血したクリトリスを指先で押しつぶす。自然と声が漏れる。もっと、もっと、足りない、こんなんじゃ。ねだるように腰を振っている、そんな自覚はないというのに。
背後から犯されながら自慰まがいのことをする私を眺め、エルヴィンは満足そうな息をついた。
揺れる乳房を捕まえられて、先端を弾かれる。これ以上の刺激を与えられ続けたら、本当にどうにかなってしまいそうだった。「出そうだ、」喘ぎながら呟いたエルヴィンは胸をいじっていた手を離し腰を掴むと、ありったけの力で抜き差しをする。繋がった部分から溢れた互いの体液が混ざり合って、飛び散っていた。
開いた唇から舌をだらしなく覗かせて私は喘ぐ。後ろ髪を掴まれ乱暴に唇を奪われる。体裁もなにもない。快楽におぼれ、つかの間息を吸い込みながら舌を吸い、唇を貪りあい、互いの口の中に吐息を吹き込んだ。

「あ、あ、や、っ…いく、い、く…」

それでも唇を離してくれない。苦しくてたまらない、訴えようと瞼を開ければ抜けるような青い瞳が間近にあった。そして、最奥を突かれる。何かが、弾けた。生まれたばかりの小鹿のように、内股になった脚を腰まで震わせ、私は達する。ぎゅうぎゅうと膣が収縮するたびに、中にあるエルヴィンの性器の脈打つさまを感じることができた。
達したばかりだというのに、射精に向かうエルヴィンに容赦なく突き上げられて、とうとう私はシンクから腕を離してしまう。半分に折れた私の身体を抱きながら、エルヴィンは私を揺さぶり、そして射精した。びゅるびゅると、注ぎ込まれる精液。迸りは熱かった。腹の裏に勢いよく当たる精液の感触。そしてそれを吸い取ろうとする自分の身体。

「なぁ、name」

「な、に…」

息も絶え絶えに言った私を腕に抱えたまま床に座りこむエルヴィン。

「仕事を、探そうかと思っているんだが」

「…凄いじゃない、どうしたの急に」

首筋を吸いながらエルヴィンは続ける。

「そろそろしっかりしないとな、と」

「おぉー」

やっとやる気になったか。ともうろうとする頭で感心する。一日中家にいる癖にろくに家事もしないのだから、さっさと職を見つけて金を稼いできてくれと何度口を酸っぱくして言ってきたことだろう。ようやく私の苦労が報われる日がやってきたのだ。

「だから、もう一回してもいいか?」

「…は?」

こいつ、甘えるのが上手くなっている…。まだ性器の感触が消えてもいないのにそんなことを言われ、ああこれはきっとダメなパターンだ…やっぱりもう暫くニートなパターンだ…と気が遠くなる。ゆっくりとフローリングの上に押し倒された私を胸元から上目づかいに見上げるエルヴィンに、何と言えばいいのだろうか。かける言葉すら見つからず黙りこくる私を、エルヴィンはイエスの意味だと取ったらしい。弄られすぎて痛みすら感じる乳房の先端を口に含むと、彼はそれをまた舌先で転がしだすのだった。

(150103)
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