さようなら

そうして日中お預けをくらった私は、自分の上で揺れるnameの乳房に手を伸ばす。引き締まった体の上で、柔らかに揺れる二つの膨らみ。腕を絡めて抱き締めれば、彼女の身体と自分の胸板の間でそれは平たく潰れた。頂の控えめな主張を肌に感じて、たまらない気持ちになるのだった。
彼女の身体にしか興味がないふりをするというのは、案外骨が折れることだった。ナイルの後ろに控えているnameを初めて見た時から、彼女を手に入れたいと、そう切に願っていた。
お前は俺が欲しいものばかりを持っているな。冗談交じりに言った私を、心底呆れた表情で眺めてナイルは言った。お前には巨人がお似合いだ、と。確かにそうではある。マリーの事だって。いや。それはもう終わった話なのだ。
だからまさか本当に、nameが私の補佐になると言ったときは耳を疑った。憲兵団に入団したとだけあって、事実彼女は優秀だった。内部はおおよそ腐敗しきっているとは言えども、ナイル直属の部下とあらばこなす仕事の量は調査兵団の上層部と遜色ないはずだ。あいつは出来る奴だと、彼をしてそう言わしめるのだから、よほどの人材なのだろう。そう期待した私を、nameは全く裏切らなかった。それどころか、こんな。
抱き締めた身体ごと起き上がり、座ったまま向かい合ってキスをした。拒まれはしない、ただ、受け入れるだけの口づけ。そうしてnameを押し倒す。シーツに、艶やかな髪が揺蕩った。眉間に寄った皺に唇を落とす。恐らく、nameは私が彼女に好意を抱いていることに気が付いてはいない。独り身の、地位故に孤独な上官が独り寝を慰むる為の、一人の女として自分がこうしているのだと、そう思っているに違いない。
それならそれでいい。むしろ好都合だ。少し、寂しくはあるが。こうして、彼女を自分のものにできるのであれば。nameの身体は自分によく馴染んだ。もしかしたらそれは私だけではないのかもしれない。自分以外に彼女を味わったであろう見ず知らずの人間に、少しだけ嫉妬した。赤色の感情をぶつけるようにしてnameを穿てば、形のいい唇から控えめな色声が漏れる。
どんな方法でもよかった。知るべきではないことに図らずとも首を突っ込んでしまうのは、もはや自分の習性であった。憲兵団から調査兵団団長補佐に抜擢されたnameの周りには色めき立った噂が幾つか流れたが、彼女はそんなものを気にも留めなかった。それどころか、その噂を知って尚、私の誘いを拒まなかったのだ。
私は君の人生を狂わせてしまっただろうか。じっと瞳を覗き込んで言った言葉に、たっぷりの冗談を含ませて。nameはじっと私の瞳を見つめ――それは最早、私を見ているというよりも、私の瞳に映った彼女自身と対峙しているようだった――ふっと唇を綻ばせて「全く」と言った。その口元に、微笑さえ浮かべて。
その時私は悟った。ああ、決して彼女には手が届かないのだ、と。むしろそれは心地の良い悟りだった。であれば、私がどう足掻いたっていいということなのだから。同じ景色を見て、同じものを食べ、こんなにも身体を重ねて尚、私の人生の向こう側にいるname。ぞわりと腰から這い上がる怖気にも似た快感に、喉が鳴る。腕の下でよがるnameは、薄く開いた眼で私の向こう側を見つめていた。
首筋に這わせた舌で柔肌を舐める。筋肉の軋みが、伝わってきた。その奥の鼓動も、熱も。
何かを所有するなど馬鹿らしい。いずれ失うものなのだ。これまでに失ってきたあれこれ。数え切れるわけもなく、数える資格すら私にはない。nameの両手首を掴んで引き寄せる。真っ直ぐこちらに伸ばされた両腕の間で、乳房が律動に合わせて上下した。
「深い、」と白い喉をこちらに向けてnameが言った。「もっと」、と。求めている。求められたい。与えたい。私が彼女に与えられるもの。笑いがこぼれた。些末な、もの。彼女が望むまま奥を突く。nameのしなやかな両足が腰を抱いた。更なる深みに誘うように、絡め取られる。

「気持ちいい」

「きみの声が、もっと聞きたい」

「…変なの、」

「何とでも、言ってくれ」

鎖骨に口づけて、nameの細い腰を抱え上げる。繋がった部分を見下ろせば、あまりにも淫猥で眩暈すらした。窓から淡く射し込む月明かりが、濡れた内腿を浮かび上がらせる。奥を突けばいくらでも水は溢れ出した。惜しむらくは、彼女自身が水であること。自在に形を変え、その体温ですら容易く揺らぐのだ。そして、最後には、零れていってしまう。
大きな波に身体が震えた。nameから自身を引き抜き、彼女の腹に射精する。行く当てもなく流れ落ちるぬるい白濁を、nameは指先で掬って一口舐めた。

「……美味しくない」

「言っただろう、こっちの食べ物は美味しくないと」

「そうでしたね、そういえば」

腕を伸ばしタオルを取って、仰向けのままでいるnameの腹を拭いてやる。大人しく、されるがままになっているnameはいつもより少し幼く見えた。そうやって、ふとした瞬間に見せる彼女の隠された一面を、後どれだけ見つけられるのだろうか。見つけて、積み上げて、そしてそれは、いつか崩れてしまうのだろう。きっと。

「今日は一緒に寝ていったらどうだ」

「団長がそうしたいのでしたら、構いませんよ」

「ではそうしてもらおうか」

勢いをつけてベッドから跳ね起きたnameの後を追ってバスルームに向かう。細い腰と綺麗に浮き上がった背骨。小さく腕を振るたびに、肩甲骨の陰影が濃く淡くなる。それはまるで、森の奥深くに住む小鹿のような出で立ちだった。独自の言語を持ち、美しい場所でしか暮らせない。永遠に、分かり合えることはないのだ。そんなお伽噺のような景色が、一瞬視界を掠める。
頭上から降ってくる熱い湯を全身に浴びながら、nameの髪を洗ってやる。長い睫が水滴を弾き、飛沫はきらめきとなって散っていった。
新しいシーツに敷き替え、そこに二人で横たわる。潜り込んだベッドの中が徐々に温まるにつれ、眠りが訪れるどころか目が冴えてゆく。身じろぎをすれば、シーツが擦れる音がやけに大きく部屋に響いた。

「やっぱり、一人の方が寝れるんじゃないですか?」

「そうかもしれないな」

「私、戻りますよ?」

「いや、いい。このままで…」

起きようとしたnameの肩を抱いて引き寄せる。互いに下着しか身に付けていないため、肌の温もりが心地よかった。

「団長、大丈夫ですか」

純粋な疑問の瞳で、腕の中からnameがこちらを見上げていた。私が大丈夫かどうかなんて、むしろこっちが聞きたいぐらいだ。

「有能だな、きみは」

「かのエルヴィン団長からお褒めに預かり光栄です」

「否定はしないんだな」

揶揄するようにして、戯れに抱いた身体を擽った。くすくすと笑いが漏れる。きっと、誰かがこの光景を見れば、情事のあとに睦み合う二人にしか見えないだろう。傍観者でいられたら、どれだけよかったか。

「さ、寝ますよ。明日も仕事は山積みなんですから」

「嫌なことを思い出させてくれるなよ」

「仕方ないじゃないですか、事実なんですから」

「事実、…か」

「はい。もうこれ以上は例の案件、期限引き延ばせないんですからね」

「聞こえないなぁ」

「尻叩いてでも終わらせますからね」

「やはりナイルが手元に置きたがるわけだ」

眉を顰めて息まいたnameにそう言えば、一転興味を示すような表情を浮かべるから面白い。

「え、ナイル師団長ってそういう…趣味なんですか…?」

「さぁ。私の口からは言えないさ、とてもじゃないがね」

「気になる…けど、寝ますよ」

「わかったわかった」

これ以上はもういい、という彼女なりの合図だった。ここで引き下がれないほど自制心のない男ではない。そっと、掠めるだけのキスを額に落として瞼を閉じる。緑がかった暗闇の中に、nameの姿が浮かんでは消えた。
nameが自分の何に対して好意を感じているかは、知っている。だから、私はそれを利用する。彼女を手元に置いておくことができるのであるならば、自分の感情などいくらでも蓋をして隠しておこう。隠しきれなかった感情はきっと、彼女が握りつぶしてくれるだろう。
なにしろ彼女は、誰よりも優秀な私の部下なのだから。

(150119)
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