ここが日の当たる世界。
そう言って眩しそうに目を細めたnameは細い腕をいっぱいに広げて空を仰いだ。目を瞑り深く息を吸い込んで長く長く吐きだしたnameは、薄暗い地下街が彼女に与えた鬱蒼とした土埃の層のようなものをすっかりふるい落として、今にもその二本の腕を羽ばたかせて自由の空に飛び立ってしまいそうだった。
ちるちると鳴きながら太陽に向かって飛んでゆく青い鳥の錯覚に俺はnameの腕を捕まえる。
「悪かったな、迎えに来るのが遅くなって」
「いいの、そんなこと」
だってリヴァイはちゃんと約束を守ってくれたんだもん。
一点の曇りもない笑顔で俺を見上げるnameは広げたままの両腕を俺に回して抱き着いた。
ありがとう。胸元から聞こえてきたその言葉に、少しだけ胸が痛んだ。
俺は、お前に有難うだなんて言われるような人間じゃねぇ。そう言ってしまいたかった。あの二人はどうしたのと聞かないnameはどうしてあいつらがここにいないのかを知っている。だから言及しない。それは彼女の優しさであり、そしてその優しさは硝子のナイフのように俺の心に一筋の傷を刻み付けるのだった。
「ねえリヴァイ」
「なんだ」
手をつなぎながら王都の道を行く。整備された石畳の両脇には店だとか住居だとかが整然と並び、磨き上げられたガラスのショーウィンドウ越しには色とりどりの花だとか洋服だとか宝石だとか、とにかくこの壁の外ではお目にかかれないような代物が所狭しと並んでいた。皮肉なものだ。この地下にはあんなにも薄汚れた世界が広がっているというのに。
隣を歩くnameは年頃の少女であれば気になるであろうショーウィンドウの中身になど目もくれず、真っ直ぐに前を見てただ歩く。ぶんぶんと俺の腕を振りながら。
「私も調査兵団に入ろうと思うの」
彼女の言葉に俺は足を止める。聞き間違いであって欲しいと心底願いながらnameを見れば、相変わらず眩しい笑顔のままで笑んでいた。
「それは駄目だ」
「私、案外使えるよ」
使うだとか、そんな言い方をするな。
nameの手を強く握り締める。自分を物であるような言い方をするnameに無性に腹が立った。そんなつもりであそこから連れ出したわけじゃねえ。ただ、俺はお前を。
「リヴァイ」
「……」
「あなたの大事なお人形さんなんて嫌よ」
「違う。そんなつもりじゃあ、」
「今度は私がリヴァイを助ける」
はっきりと断言したnameは身体ごとこちらを向いて俺の目を見る。たった一年間会わないだけだったというのに、いや、一年も待たせてしまったというのに。
「どうせ止めても聞かねえんだろう、勝手にしろ。だがな、name」
そこで俺は息をついた。
思慮深い彼女の瞳の中に懐かしい景色を見たような気がして、思わず手を伸ばしたい衝動に駆られる。
「死ぬな、絶対に」
馬鹿げたことを口にしている自覚はあった。それが如何に難しい約束であるかということも。それでも言わずにはいられなかった。
人類の為でもなんでもない、俺は俺の為に刃を奮う。「わかった、任せて」安請け合いして笑うnameに目を眇めれば、中指を小さな手に握られた。
「大丈夫だよ、リヴァイ」
しっかりとした声で言い切ったnameにお前がそう断言できる根拠は一体なんなんだと聞いてやりたかったが、こいつが言うのだから案外大丈夫なのかもしれないなとこの俺に一瞬でも思わせることが出来ただけ、nameの方が一枚上手なのだった。
本当はそんなことをさせる為に連れ出したのではない。こんなにも空は広いのだと、こんなにも世界は色に満ちているのだと、ただお前に見せたかっただけなのだ。たとえそれが子供染みた願いだとしても。
「壁の外にはきっと、もっと広い空があるんだね」
「……ああ」
楽しみ。
そう言ってあの時不敵に笑ったnameは、いま、刃を握り俺に背中を預けている。
「空は広いね、リヴァイ」
「おい、気ぃ抜くんじゃねえぞ」
「はーい」
軽やかに宙を舞うnameの背ではためく羽に、いつしかの光景を思い出す。これで良かったのだろうか。答えなど永遠にわからない。けれどこうしてnameが俺の元にいてくれるということがきっと何よりの答えなのかもしれない。
と俺は思うのだがどうだ。なあ、name。
(15030ここが日の当たる世界。
そう言って眩しそうに目を細めたnameは細い腕をいっぱいに広げて空を仰いだ。目を瞑り深く息を吸い込んで長く長く吐きだしたnameは、薄暗い地下街が彼女に与えた鬱蒼とした土埃の層のようなものをすっかりふるい落として、今にもその二本の腕を羽ばたかせて自由の空に飛び立ってしまいそうだった。
ちるちると鳴きながら太陽に向かって飛んでゆく青い鳥の錯覚に俺はnameの腕を捕まえる。
「悪かったな、迎えに来るのが遅くなって」
「いいの、そんなこと」
だってリヴァイはちゃんと約束を守ってくれたんだもん。
一点の曇りもない笑顔で俺を見上げるnameは広げたままの両腕を俺に回して抱き着いた。
ありがとう。胸元から聞こえてきたその言葉に、少しだけ胸が痛んだ。
俺は、お前に有難うだなんて言われるような人間じゃねぇ。そう言ってしまいたかった。あの二人はどうしたのと聞かないnameはどうしてあいつらがここにいないのかを知っている。だから言及しない。それは彼女の優しさであり、そしてその優しさは硝子のナイフのように俺の心に一筋の傷を刻み付けるのだった。
「ねえリヴァイ」
「なんだ」
手をつなぎながら王都の道を行く。整備された石畳の両脇には店だとか住居だとかが整然と並び、磨き上げられたガラスのショーウィンドウ越しには色とりどりの花だとか洋服だとか宝石だとか、とにかくこの壁の外ではお目にかかれないような代物が所狭しと並んでいた。皮肉なものだ。この地下にはあんなにも薄汚れた世界が広がっているというのに。
隣を歩くnameは年頃の少女であれば気になるであろうショーウィンドウの中身になど目もくれず、真っ直ぐに前を見てただ歩く。ぶんぶんと俺の腕を振りながら。
「私も調査兵団に入ろうと思うの」
彼女の言葉に俺は足を止める。聞き間違いであって欲しいと心底願いながらnameを見れば、相変わらず眩しい笑顔のままで笑んでいた。
「それは駄目だ」
「私、案外使えるよ」
使うだとか、そんな言い方をするな。
nameの手を強く握り締める。自分を物であるような言い方をするnameに無性に腹が立った。そんなつもりであそこから連れ出したわけじゃねえ。ただ、俺はお前を。
「リヴァイ」
「……」
「あなたの大事なお人形さんなんて嫌よ」
「違う。そんなつもりじゃあ、」
「今度は私がリヴァイを助ける」
はっきりと断言したnameは身体ごとこちらを向いて俺の目を見る。たった一年間会わないだけだったというのに、いや、一年も待たせてしまったというのに。
「どうせ止めても聞かねえんだろう、勝手にしろ。だがな、name」
そこで俺は息をついた。
思慮深い彼女の瞳の中に懐かしい景色を見たような気がして、思わず手を伸ばしたい衝動に駆られる。
「死ぬな、絶対に」
馬鹿げたことを口にしている自覚はあった。それが如何に難しい約束であるかということも。それでも言わずにはいられなかった。
人類の為でもなんでもない、俺は俺の為に刃を奮う。「わかった、任せて」安請け合いして笑うnameに目を眇めれば、中指を小さな手に握られた。
「大丈夫だよ、リヴァイ」
しっかりとした声で言い切ったnameにお前がそう断言できる根拠は一体なんなんだと聞いてやりたかったが、こいつが言うのだから案外大丈夫なのかもしれないなとこの俺に一瞬でも思わせることが出来ただけ、nameの方が一枚上手なのだった。
本当はそんなことをさせる為に連れ出したのではない。こんなにも空は広いのだと、こんなにも世界は色に満ちているのだと、ただお前に見せたかっただけなのだ。たとえそれが子供染みた願いだとしても。
「壁の外にはきっと、もっと広い空があるんだね」
「……ああ」
楽しみ。
そう言ってあの時不敵に笑ったnameは、いま、刃を握り俺に背中を預けている。
「空は広いね、リヴァイ」
「おい、気ぃ抜くんじゃねえぞ」
「はーい」
軽やかに宙を舞うnameの背ではためく羽に、いつしかの光景を思い出す。これで良かったのだろうか。答えなど永遠にわからない。けれどこうしてnameが俺の元にいてくれるということがきっと何よりの答えなのかもしれない。
と俺は思うのだがどうだ。なあ、name。
(150304)