自由を求めて翼を欲しがったあなたの、失われた片翼になりたいのだと言った私を寂しそうな目で見た団長は薄く笑った。「君は案外詩人だね」と、ほんの少しだけ右の唇を持ち上げて。
「やめた方がいい」
「自分は歩む足を止めないのに、ですか?」
「ああ、そうだ」
そう言うとベッドに起こした上半身を捻って窓の方を向いてしまう。燃えるような夕日の赤が窓から部屋を照らしていた。
「君はもう、私の道連れになる必要はない」
「みちづれ」
「君は君の人生を歩むといい」
「私の人生は、あなたとあるものだと思っていました」
「冗談はよしてくれ」
「じゃあなんであの夜、」
座っていた椅子から立ち上がりベッドに乗ると、投げ出されている団長の足を跨いだ。
正面から団長の顔を見る。無精髭とこけた頬、僅かに落ち窪んだ眼窩が痛々しかった。この人がこんな姿になることを、だれが予想できただろう。
常に背筋を伸ばし団員を指揮する彼の背に圧し掛かっていたものが、いま一気に彼を押し潰そうとしているように見えた。
それでも、魂の根底に流れる細いせせらぎのような狂気の気配は消えていない。覗き込んだ瞳の中で、白銀の光がちらついた。
「約束なんて反故にされるのが常なことぐらい、君だってよく知っているはずだ」
「では、冗談だったと言いたいのですね」
「そうだ」
「私は団長がああいう類の冗談を好まないことを知っています」
団長は黙り込む。何かを考えているような表情をして、ふっと頬を緩めると私の頬に残された左腕を伸ばして触れた。
「悪かったな」
音もなく吹き込んでくる風にカーテンが揺れていた。
「赦しません」
「……その言葉は嫌いだ」
「知ってます。……あなたと離れるには、私はあまりにも知りすぎてしまった」
「教えたのは私だ」
「そのうえでもう必要はないだなんて、酷い人」
「それも、知っているんだろう?」
当たり前じゃないですか。
呟いた私はずるずると彼の胸元に沈んだ。
私の憲兵団異動が決定したのは昨日の晩の事だった。
調査兵団と憲兵団間の伝達をこれまで以上にスムーズにする必要があり、それであれば団長補佐である私が諸処の事情に詳しいため最も適任である、と。これは既に決定事項であり、私の耳にその話が入ってきた時には全ての手配が終わっていた。
「急を要することでね、悪いが移動期日は明日にしてある。ナイルの方には話を通してあるから頼んだよ」と、団長から告げられた時、私は捨てられたのだと思った。
いくら私を安全な場所に移す為だと説明されたところで、言葉が重ねられれば重ねられるほどそれは軽薄な嘘のようにしか聞こえなかった。
ここまで自分の重ねてきた時間も努力も、そして団長との関係さえも、全てを否定された気がした。
「団長」
「なんだ」
「私の心臓は、あなたの為だけにしか捧げません」
「調査兵団団長補佐ともあろう君が言うべき台詞ではないな」
「元団長補佐、の間違いでしょう」
「ああ、それでもだよ」
「団長、私は……」
「name、ありがとう」
「やめてくださいよ」
「明日までは私の部下なんだ。我儘は聞いてもらうよ」
「もう、団長の我儘にはうんざりですよ」
「……知ってるさ」
眉を下げて笑顔を作った団長の腕が私を抱いた。
心もとないその抱擁に、私はただ唇を噛み締めることしかできずにいた。
(150331)