2019

nameは目の前に積まれた大きさのまちまちな箱のいちばん上を手に取ると、リボンを解きふたを開け、表情を変えず指でチョコレートをつまんでぽいぽいと口の中に放り込む。わぁ、とか、おいしそう、とか、おおよそ高級チョコレートを目の前にした女があげそうな幸せめいた声をひと言も発することなく、まるで水でも飲むみたいにしてチョコレートを食べた。

「なぁオイ、それ、食い方間違ってんじゃねぇのかぁ」

「どのへんが?」

「どこまで行って買ってきたと思ってんだぁ?!日本だぞ、日本!!」

「ありがとう」

「棒読みすんじゃねぇ!」

こめかみに青筋を立てた俺を無視してnameは指先で溶けたチョコレートを俺の唇に塗った。顔面に広がる甘いにおい。においだけで十分なのに、どうしてこの女はこんな甘い食べ物を次から次へと食べられるのか。手の甲で拭って手が汚れるのも嫌だったので仕方なく俺は唇を舐めた。案の定、といった味が舌先でわだかまる。
nameのチョコレート好きは常軌を逸脱している。味や値段は関係ない。その辺で買ったバーチだろうが、外国で買った目を疑うような金額のチョコレートだろうが、どれも同じように口の中に入れ咀嚼しのみ込んでしまう。目を閉じて味わうだとか、鼻に抜ける香りを楽しむだとか、口の中に残る余韻に浸るだとか、そんなことは一切しないのだ。
それなのに俺ときたら任務のたびに出先でいそいそとチョコレートを買ってしまうのだから救いようがない。土産だぁ、と言って投げてよこしたそばから包装紙は無残に破り捨てられ、どれにしようかと迷うこともせず一番上の列の左端から口に運ばれていくチョコレート。
多分俺が食べたほうがまだチョコレートとしても食べられ甲斐があるんじゃないかと思うほどで、全くもって非甘党だというのに俺はnameが手にした箱からチョコレートをひと粒つまんで投げ入れた。

「甘ぇ……」

「満たされるよね」

「これ食って満たされてりゃ幸せだな」

「だからもっと買ってきなさいよ」

「きなさいよ、じゃねぇぞォ」

ほとんどを食べ終えたnameは部屋に入ってきたベルに「ん、」と箱を差し出す。「げっ、お前またチョコ食ってんの」と唇を歪ませたベルの反応は正しい。「コーヒー無きゃんな甘いもん食えねーよ」「つーか部屋がチョコくさいんだけど」と言いながらソファに腰を下ろしたベルはテーブルに積まれた箱、当然中身はチョコレート、の包みをこれまた何の躊躇も遠慮もなく破ると、現れたチョコレートをしけしげと眺めている。

「スク隊長が買ったのコレ?」

「そうだぁ」

「ウケる」

「ウケねーよ!」

破られた挙句投げ捨てられた包装紙に描かれている猫があまりにも哀れだったので、拾い上げてきちんとたたみ直す。どいつもこいつも。

「あ、ベルさぁ、今から暇?」

「暇だけど暇じゃない」

「なにそれ」

「今日は外出る気分じゃないんだよねー」

「ふぅん。じゃあザンザス誘うからいいや」

「うしし、そうしろよ」

ソファのひじ掛けに脚を伸ばしているベルがチョコをつまむ。結局食うんじゃねぇか、と内心思っていると「スク隊長、エスプレッソ」とベルが挙手する。「自分で淹れてこい!」と拳をテーブルに叩き付けると背後の扉がガチャリと開いた。

「ローマ行くから車よろしく」

「……」

部屋に入ってきたザンザスにnameが告げる。俺は視線を合わさないよう手元の包み紙をこれでもかというほど丁寧に折りたたんで、皺を伸ばす作業に集中した。「知らねぇよ」ザンザスが吐き捨てると、nameはソファから降りて「じゃあ15分後に部屋に行くから。準備しといてね」とザンザスの小指にそっと自分の小指で触れた。見るつもりじゃなくて、見えてしまったんだ。言い訳がましく自分に言い聞かせていることに気が付いて、俺は綺麗に折りたたまれた包装紙を握りつぶした。

「っぶね、断っといて正解だった」

「ローマとか、一泊コースだろ」

「うわぁ」

「ベルてめぇ邪推してんじゃねーぞぉ」

「スク隊長ご傷心ー、ししし」

「あ゛ぁ?」

部屋をでていくnameの足取りが軽いのは見間違いなんかではない。残された食べかけのチョコレートは口に入れるとゆっくりと溶けて舌にまとわりつく。頭痛がしそうなほどの甘さに顔を顰めていると、「はいはーいお茶の時間よぉー」と香ばしいエスプレッソの香りと共にルッス―リア、そしてその背後からレヴィがやって来た。

「ミルク多めでね」

知らぬ間にベルの隣に現れたマーモンが声をあげる。「ベイビーは味覚もベイビーなのな」と揶揄してマーモンの頬をつついているベルの指を払い除け、マーモンが意味深な視線を寄越してきた。

「んだぁ?」

「私が全部食べるから残りは部屋に持ってっといて、だってさ」

「なにをだ。チョコかぁ?」

こくりと頷いたマーモン。

「いかれてるぜマジで。餌付けするスクアーロも、馬鹿みたいにチョコ食ってるnameも」

「餌付けじゃねぇよ」

「まぁお似合いってことで」

「なになにぃ誰と誰がお似合いなのよぉ」

「ボスと俺か」

「ちげぇよ」

手身近なクッションをレヴィに投げつけ、俺は甘い塊をまた口に入れる。すると尻ポケットに入れていた携帯電話が震えメッセージがきたことを告げたので、取り出して画面に指を滑らせた。

「早く寝ること、だって」

「ばっ、ベルてめ!勝手に見てんじゃねぇ」

「やーんスクってば愛されてるー」

暑苦しい筋肉を押し付けられたので拳で殴りつけたがルッス―リアは意にも介さない。

「だったらなんで他の男と泊りでローマとか行くんだぁ?!おかしいだろぉが」

「あ、もしかして今日って」

何かに気が付いたようにルッス―リアが携帯電話で今日の日付を確認すると、やっぱり、と声をあげた。

「今日はnameのお気に入りのジェラテリアで新しい味が出る日なのよ。先月確かそう言ってたわ」

「キモイからガールズトークしてんなって」

キモイとか言わないの、と語尾にハートマークをつけてベルの頬に人差し指を突きさすルッス―リア。やめろと喚くと今度は抱き付かれベルはマーモンに助けを求めるも「それ普段キミが僕にしてることだよね」と冷たく言い放たれたのだった。

「でも仕方ないわよ、任務だったんだもの」

「ったくよぉ」

つーか待てよ、任務の日程組んだのって。

「苦労するねー、スク隊長」

ベルが片側の唇を持ち上げて笑う。

「ボスは私がいただくわぁ」

「なんの話だ、ボスなら俺が」

「チョコ、もう一個もらうよ」

クソボスさんが、と心の中で毒づいて俺は苦いエスプレッソを喉に流しこむのだった。
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