2019

秋のひんやり冷たい空気の中を御堂筋くんはススキのようにゆらゆらひょろひょろしながら歩いている。
私は御堂筋くんの影を踏みながら時々眩しさに目を細める。足が長い御堂筋くんとそうたいして足が長くない私(キミ、歩くの遅いゆうより足短いだけや、と御堂筋くんは言う)との距離は開いていても、彼の長く伸びた影が私を繋いでいてくれる。
駅前の大通りから一本入ると急に静かになって、所々にある田んぼでは秋の虫が鳴いているのが聞こえるだけ。金木犀の花もいつの間にか枯れてしまって、あっという間に秋から冬に季節は変わろうとしていた。
少し伸びた御堂筋くんの襟足の隙間から覗いている首は、夕日を受けて茜色に染まっていた。自転車の上だと、お日さまの光すらも寄せ付けない速さで走り抜けてしまう御堂筋くんが、こうしてきちんと茜色の肌をしていることが嬉しい。
お日さまの光だけじゃない。自転車に乗っている御堂筋くんには誰も、何も寄せ付けない頑なさがあるから、私は寂しくなってしまう。もちろん、早ければ早いほど嬉しいことには違いない。でもその反面、どう頑張っても追いつけない悲しさは寂しさになって私の心を冷たくする。
だから、と私は頬の内側をそっと噛む。だから、多少離れていても、こうして御堂筋くんと歩くことができるのは嬉しい。
嬉しい、とことあるごるごとに思ってしまう自分がちょっと悲しい。この頃「嬉しい」のハードルがだだ下がりだ。
嬉しいんか悲しいんか、はっきりしぃ。
私の中で御堂筋くんが目を眇める。そんな、顔も、好きだ。

「キミ、今妙なこと考えとるやろ」

「えっ、べ、べつに」

なんでわかったんだろう。ドキドキしていると、足を止めた御堂筋くんが振り返って「なんや気配がキモかった」と、さっき見たばかりの(あくまでも胸の内で、だけど)お決まりの表情を私に向けた。
時々、御堂筋くんは他人の心が読めるんじゃないかと思うときがある。でもそれは御堂筋くんに言わせれば「どいつもこいつもわかりやすすぎる。単純なだけや」ということらしい。えー、と首をひねっている私に「あぁ、でもnameチャンだけはさすがのボクにもわからんなぁ」と御堂筋くんが目を細めるので「なんで?」と訊けば、「だってキミ、単純よりも前に頭からっぽやろ」と口元に手をあてた。否定はしないけど、でも、私の頭の中はからっぽなのではなくて、御堂筋くんでいっぱいなだけ。だから他のことが入りこめないだけなんだ。と力説する私のことを御堂筋くんは虚無の目で見ていた。「感想すら浮かばんわ」そう言ってくるりと背を向けた御堂筋くんの背中を思い出す。
しばらく歩いているうちに空はだいぶ暗くなっていた。私と御堂筋くんの制服が徐々に夜の気配を含んでゆく。指先が冷たくなって、少し痛かった。すりあわせたり息を吹きかけてみたりするけれどあまり効果はなくて、でも行儀のいい御堂筋くんの前でポケットに手を突っ込むのは憚られた。
手っ取り早く御堂筋くんと手を繋げれば私の手もあったかくなるのに。歩く時、あまり前後しない御堂筋くんの腕の先に付いている手は大きい、というか、長い。彼のスタイルと同じだ。ひょろっとしている。肌の感触と魅惑的なぬくもりに思いを馳せていると、いつの間にか立ち止まっていた御堂筋くんの背中に激突して「へぶっ」みたいな声が彼の制服に吸い込まれていった。

「ごめん、前見てなかった」

ぶつけた鼻をこすっていると御堂筋くんが前かがみになって私を覗き込む。邪な思いをいだいていた私はバツが悪くて視線を反らす。すると御堂筋くんが右手をひょいと上げたので、なんだろうと彼の手を見る。ひらひらひら。手品をするときみたいな動きで指をひらめかせているので余計訳がわからず、どうしたの、と言おうとした私の首筋に冷たい感触が張り付いた。

「ッ冷たぁ……っ!」

全身の毛が逆立つような冷たさに私は大声をあげてしまい、そのへんの犬が驚いて吠え立てた。

「残念やったなぁ。僕の手ェも冷たいんよ」

するりと逃げる御堂筋くんの手を追いかける勇気はなくて、でも恋しくて、ほんの少し下がった私の眉に御堂筋くんが気付かないわけはない。くるりと目を回した御堂筋くんは「ほな帰るで」とまた私に背中を向ける。
手、繋ぎたかったな。心の中でため息をつくと、今度は御堂筋くんの左手が腰の位置でひらひらしている。動くものを追ってしまう無力な赤ちゃんになった気持ちになって、私はわずかな抵抗を試みる。

「つかまえた」

「手ェなんて繋がれへんよ」

「さっ、誘ってたでしょ今!」

「誘う?ボクゥがキミを?自意識過剰や」

ぷくく、と私の手ごと御堂筋くんは腕を上げたので身長差のぶん私は爪先立ちになり、それでも足りなくて手を離してしまう。

「あー……残念」

「ボクと手ェ繋ごうなんて百年早いわ」

そう言った御堂筋くんが「まぁでも、」と続けるのでおとなしくその先を待っていると、自分がしていたネックウォーマーをとって「これなら貸したってもええけど」と私にかぶせてくれた。かぶせるというより、押し付けるような手つきだったので髪がボサボサになってしまった。それでも御堂筋くんの体温が残るネックウォーマーに、染みだすような幸せを感じて私はうつむいて髪を直した。だって、こんな、にやにやした締りのない顔を見られるわけにはいかないから。

「見えてへんと思ってるやろ」

「……」

見えていたらしい。せっかく整えた髪の毛も上から降ってきた木枯らしみたいな右手にまたぐしゃぐしゃにされて、「顔、キモかったで」なんて言われて、だというのにほっぺたが熱いのはわざとらしく御堂筋くんが視線をそらすせい。
ありがと、と言おうとした私に背を向けて御堂筋くんはすたすたと歩き出してしまう。アスファルトに同化した御堂筋くんの影が私のつま先から離れると、振り返って「遅い」と不機嫌そうな顔をする。

「待って!」

走る私に左手は差し出されないけれど、今はまだそれでいいんだと思える。
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