2019

わざわざ椅子を持ってきて、台所に立って野菜を切っている光忠を眺めている。牛乳を飲みに来た大倶利伽羅が呆れたような視線をよこしてくるけれど気にしない。
時々鼻歌交じりに人参を綺麗ないちょう切りにしている光忠は、どれだけ見ていても飽きることがなかった。エプロンの結び目まできっちりしていて、私の不器用なちょうちょ結びとは全くの別物。後ろ手に紐を結ぶのが苦手な、というよりエプロンをつけること自体が面倒な私はいつもエプロンをせずに料理をする。ということを光忠に言うと、彼は不思議そうな顔をして「そうなの?面倒と思ったことはないけどな」と首を傾げるのだった。彼は自分の身につけるものに関して面倒だとか手間だとか、そういう感情を抱くことがないらしい。
ザルに山盛りになった野菜たちは、昨日畑からとってきたものだ。するすると大根の皮を剥いてゆく光忠。手際がいいので見ていて気持ちがいい。

「name、胡麻をすってもらっていいかな」

「はーい」

すり胡麻を使うのではダメらしい。挽きたてはやっぱり香りが違うよ、とにこやかに言われてしまえば、子供の腕ぐらいあるすりこ木でごりごりと胡麻を挽くしかなくなってしまう。
私の貧弱な二の腕が悲鳴をあげる頃ようやく「もういいよ」と背後から光忠の顔が覗いた。「じゃあ次はいんげん豆の先を落としてくれるかい。くれぐれも指は落とさないようにね」釘を刺されたのは、以前私が里芋の皮を剥いているときに指の先をすっぱりと包丁で切って流血沙汰になったからだ。大して痛くはなかったけれどいかんせん血が止まらず、台所がちょっとした修羅場と化してしまったのだった。隣に立っていた同田貫は「んなもん舐めときゃ治るだろ」と言って私の指を咥えようとして御手杵に首根っこを掴まれ、長谷部は「主が死んでしまう!」と頭を抱え右往左往し、「あーこりゃぱっくりいってんなぁ」と眉を持ち上げた薬研の言葉に江雪が静かに気を失うという有様。しばらくは包帯生活が続き、それ以来私は台所(主に包丁)から遠ざけられていたけれど、いつまでも皆ばかりに任せておくのも気が引けるので、最近は皮剥き器による野菜の皮剥きとそれに準ずる簡単な包丁仕事をかって出ていた。

「そ、そんなに見なくても大丈夫だから。逆に緊張しちゃうよ」

「そうは言っても、きみには前科があるからね」

「人聞きの悪い言い方だなぁ」

自分でも決して上手ではないとわかっているので、光忠にまじまじと見られては余計に手元が狂ってしまいそうだった。とん、とん、とん。光忠の刻む小気味良い包丁の音とは違っておぼつかないけれど、私はいんげん豆を綺麗に切り揃えることに成功した。どや、と光忠にまな板の上を指差すも、息を詰めて見ていたらしい彼の「ふぅ」という溜息が返ってきただけ。「あぁドキドキした」と言った光忠は今すぐにでも私の手から包丁を取り上げたいように見える。

「あのね、さすがの私でもこれぐらいできるから!」

「それにしてはドヤ顔をきめていたじゃないか」

「それは……そうだけど。でももうあんな不注意はしないから大丈夫」

「うーん」

光忠は眉をひそめて鍋に水を注ぐと火にかけた。塩を入れ、沸き立つ間に私とは比べ物にならない速さで人参と竹輪を切り、ぼこぼこと沸騰したところに固いものから順に入れてゆく。「ザルにあけるよ」という光忠の声で私は流しにザルを置く。もうもうとあがる湯気の中から鮮やかに色の変わった人参といんげん豆が現れた。「冷めるまではふきんの上に」とのことなので、私は調理台の上にそれを運んだ。

「さて、次は」

「あれ、里芋ないよ」

煮っころがしを作ると聞いていたけれど、台所には里芋が見当たらない。普段ならバケツに入れられて勝手口の土間の隅に置いてあるはずなのに。

「今から畑行って間に合うかな」

時計に目をやれば只今の時刻朝の5時55分。我ながら早起きだ。光忠なんかはこれを週に三度ほどなんだから頭が上がらない。おひさまはまだ出ていないけれど、窓の外には綺麗な朝焼けがひろがっているので暗くて危ないということもないし、掘り終わる頃には誰かが起きてくるだろうから皮剥きを手伝ってもらえるはずだ。
口が完全に煮っころがしを食べる準備をしていただけに気合十分な私は「じゃあちょっと行ってくる!」と片手を上げる。

「僕も行くよ」

上げた右手を光忠にとられた。「ひとりでやるには重労働すぎるだろうから」そう言って勝手口に置いてある長靴をはく。
私は短刀用の長靴を拝借したけれど、少しサイズが大きくてガボガボいわせながら畑までを歩く。竹で編んだかごを背負っているだけの私に比べ、軽々と私の分の鍬まで肩に担いでいる光忠の背中の頼もしさといったらない。
早朝の空気は澄んでいて気持ちがいい。水分を多く含んだ畑の土はしっとりと濡れた冷気をあたりに漂わせている。大根の畝を抜け、大きな葉を茂らせている里芋の畝に到着すると光忠は腰に挿していた鎌で里芋の葉芯を刈る。

「じゃあ掘ろうか」

手渡された鍬は重たくて、でも主としてふらつくような不甲斐ない姿を見せるわけにはいかないので、おへそのあたりに力を入れて私は里芋を掘り始める。手慣れた光忠のお陰でみるみるうちに里芋は掘り出され籠に入れられていく。。
早く食べたいなぁ、と思いながらしっかりと張った根に鍬の歯を引っ掛け思い切り引き寄せると、ブツンと根が切れる音がして勢い余った私はバランスを崩して後ろ向きに倒れる。踏ん張ろうとしたけれど柔らかな土に足が沈んで思うようにならない。
わぁぁという間抜けな自分の声が早朝の畑に響くのを聞きながら、受け身を取れるほど俊敏な動きができる身でもない私にできることといえばぎゅっと目をつぶって衝撃に備えることだけだった。

「あぶな、いっ!」

振り返った光忠が私に向かって飛び込んでくる姿が薄目の向こうに見えた。そして視界が暗転。身体の下にある湿った冷たい土の匂いだけが理解が追いついていない頭にはっきりと流れ込んでくる。
恐る恐る目を開けると、私の上に光忠が覆いかぶさっていた。頭を打たないようにしてくれたのか、右手が後頭部に回されている。

「ごめん、土に足を取られちゃって間に合わなかった」

「んーん、光忠を巻き込んでごめん」

起き上がろうとするのに、光忠は私から腕をどかしてくれない。どこか捻ってしまったのだろうかと思い「怪我しなかった?」と訊くと、朝焼けを背負った光忠が「うん」と静かに頷いた。

「み、光忠?」

なおも微動だにしない光忠を見上げれば、何かを言おうと口を開きかけた彼は弱く頭を振って私を抱き起こしてくれる。
里芋の厚ぼったくて大きな葉っぱに隠れるみたいにして、私は光忠の腕の中にいた。いつも見ている後ろ姿や、隣りに立って見上げる光忠とは違う距離、違う光景。
びっくりした、と言う彼の声は細くて、朝霧の名残にとけて消えてしまいそうだった。ただ転んだだけなのに、過保護すぎるよ。そう笑いたかったのに、思うように口が動かず、私は眉だけをハの字にしてただひたすら強くなる一方の鼓動を聞いていることしかできない。
だって、光忠にこんな、抱きしめられるなんてことをされるのは今までに一度だってなかったし、彼の体温と自分の体温がゆっくりと混ざり合っていく感覚がこんなにも、心地良いものだったなんて知らなかったから。
土まみれの抱擁は、はたから見れば滑稽だろうけれど幸いここには誰もいないし、わさわさと繁った里芋の葉が私達の姿をうまい具合に隠してくれている。

「土まみれになってしまったね」

「着替えないとね」

抱きしめたまま喋るので、声の聞こえ方がまるで違う。低くてやわらかな光忠の声そのものに包まれているみたいで、私はわけもなく安心してしまう。
さあっと、山の際から顔を出した朝日が私達を照らしだす。葉の中央の窪んだ部分に溜まった朝露が陽の光にまばゆいばかりに輝いていて、とても綺麗だった。昼になる前には消えているであろう朝露。
私から身体を離した光忠は目を伏せて私の手を取る。私と光忠のまわりにあった靄のようなうすあたたかな気配は、徐々に透明な空気の中に薄らいでいった。

「これだけあればいいかな」

お尻や背中についた土を払いながら言うと、光忠も膝を払って「うん、じゅうぶんだよ」と肯く。そして普段している手袋を外して私の乱れた髪を整えてくれた。切り揃えられた爪の形が綺麗で、どうしてかさっき抱きしめられていた時よりもずっとずっと心臓がうるさい。顔が熱くなるのをどうにもできそうになかったので、転んだ時に飛んでいった鍬を拾いに光忠に背を向ける。

「ねぇname、耳が赤いよ」

「朝焼けのせい、かな」

見咎めなくたっていいのに。気が付かないふりをしてくれたっていいのに。
よっこいしょと声に出して言う。それでもちっともドキドキは消えずに、むしろ声に出したことで妙な嘘臭さというか、誤魔化しの空気がありありと出てしまった気がして私は手にした鍬で地面に穴を掘ってその中に埋もれてしまいたい気持ちになる。

「じゃあ、僕の耳も赤いかな」

私の手から鍬を取ると、光忠は自分の髪を耳にかけて私に見せた。滅多に見ることのない光忠の耳は形がよくて、耳朶なんか思わず触ってみたくなってしまうほどだった。赤いか、と言われれば赤い。だって朝焼けが全てを赤く照らしているから。茜色の夕焼けよりも儚くて、限りなく澄み渡った薄青が吐息のような紅色に覆われている。
この空は恋の色をしていると思った。
そっと視線が重なる。光忠の瞳の金色が朝焼けと混じりあっていて、綺麗だった。

「光忠の耳も、赤いよ」

「じゃあ同じだね」

ゆっくりと距離を詰めた光忠はほとんど私の鼻先が彼の胸元にくっつきそうになるぐらいまで近づくと、私の右耳にそっと触れる。

「熱い」

耳の輪郭をなぞられ、背筋から耳元に向かって甘い痺れが駆け昇る。「僕のは、どうだろう」声のまま私は彼の耳に手を伸ばす。触れた瞬間、光忠の肩がわずかに揺れた。見上げていると首が痛くて、なにより恥ずかしいから視線を外してしまいたいのに私の目は光忠の左目に釘付けのまま。

「おんなじ。あつ、い」

私の耳に触れていた光忠の手がほんの少し下にずれ、親指で顎を持ち上げられる。目を開いたままだった私は光忠の瞳に吸い込まれそうになる。唇にやわらかな感触。言葉は彼の舌先で溶け、離れた唇の端から欠片が零れ落ちる。
多分、光忠は私にそんなことをするつもりでは無かったんだと思う。だって立ち尽くしている私を見ている光忠の目はまん丸に見開かれて、明らかに動揺に揺れていたから。口元に手をあてた光忠は「あれ」と何かを考えて、「ごめん、僕いま何を、」と言葉に詰まっているので私もつられて動揺し、「き、キスかな?あっ、せ、接吻かな?」と言わなくてもいいことを二度も言ってしまうので、さらに私たちの動揺は加速して完全に挙動不審なふたりになった。
なにをしたか、って。それはどういうことなのか。無意識のうちにあんなことをしたというのならそれはそれで大問題だし、するつもりがあってしたのならいいけれど、そうでもないのにしたんだったら、ちょっと傷つく、かも。こういう時に言うべき言葉が私にはわからなくて、朝日の眩しさにかまけて目を伏せる。

「嫌だったなら、もうしないから」

こちらの様子を窺うような言い方と言葉に、のぼせたような幸福感が吹き飛ばされた。
自分からキスをしておいて、この男はなんてことを言うのだろう。男といえども刀だからこうなったのも仕方ないのか。だとしても私の気持ちはどうなるんだ。

「光忠が私の唇を弄んだって長谷部に言いつける」

嬉しかったのに!無性に腹が立ってきてじっとりと光忠を見る。かごの中の里芋を手あたり次第ぶつけてやりたかった。もし私がそうしたところで光忠は「こらこら」とかなんとか言って困った笑顔でそこらに散らばった里芋を甲斐甲斐しく拾うんだ。

「圧し切られちゃうね、僕」

眉を下げる光忠のみぞおちに人差し指を突き付ける。なにをするんだろうと首を傾げている光忠に「そうされたくなかったら、金輪際嫌だったならとか、言わないで」と強く言い放った、つもりだったのだけれど、どうにもきまりきらずに尻すぼみになって指先もずるずると下がってしまう。そのまましゃがみ込んで私の気分はもはや地中の里芋だった。

「ねえ、name、それって」

頭上から降ってくる声を私は払い除ける。

「光忠って、そういうこと訊いてくるタイプじゃないじゃん」

「でも一応確認はしておきたいから……」

「……そうですか」

「もしかして怒ってる?」

「怒ってるよ!」

私は立ち上がって光忠の隣をすり抜ける。里芋が入ったかごを背負おうとしたけれど重たすぎて無理だったので肩ひもを持って、引きずって歩く。これを光忠に持ってもらうのは癪だった。あれだけ過保護にしておいて、この仕打ち。包丁で手を切るより、畑で転ぶより、ずっとずっと。

「怒らせるつもりなんてなかったんだ。気が付いたら、その、」

背後から聞こえてくる弁明。引き摺られたかごが付けた跡をたどって光忠が追ってくるので私は里芋を光忠に向かって投げた。それは見事に彼の胸にあたって地面に落ちる。里芋に罪はないのに。腹をたてている自分が惨めに思えた。唇を噛むと、追いついた光忠が私の投げた里芋をそっとかごに戻した。

「野菜に罪はないよ」

それは、さっき私が思ったことだ。今この場で正論を口にすることの残酷さを、彼は気が付いているのだろうか。

「知ってるよ」

「name、きみ、いつも僕のことを後ろから見ているじゃない」

「なんで、それを今言うの?」

挑むように視線をあげた私の手を光忠がとる。振り払おうか迷って、そのままにしておく。

「さっききみの目を見ていたらそのことを思いだしたんだ。この目できみはいつも僕を見ていたんだなぁって思って、そしたら、身体が勝手に動いてた」

「なんで、私が嫌だったと思ったの」

「それは、僕が一方的にしてしまったから……」

光忠がつま先に視線を落とす。私は、光忠の胸ぐらをつかむと力任せに引き寄せる。えっ、と声をあげる光忠の唇目掛けて首を伸ばしたけれど、結果は歯と歯がぶつかる残念なキスに終わった。

「なに?name、今のは、えっ」

「キス!!」

私は大声で叫んでその場から逃げた。「待って!」と言う声が聞こえてきたけれど振り返らず一目散に屋敷をめざす。途中、がぼがぼの長靴のせいで何度も足がもつれ案の定転んだけれど、両足を長靴から引き抜いて裸足で走る。土で足が汚れようとかまわなかった。こんなに必死に走ったのなんていつぶりだろう。苦しくて、痛くて、涙が出そうだ。
台所の勝手口には戻らず広間近くの濡れ縁に倒れ込んで大の字になる。何もかも忘れて、このまま二度寝してしまいたい。そうして、起きた頃には朝ごはんが出来上がっているんだ。もうそれでいいや。投げやりな気持ちで私は目を閉じた。

「name、」

黙殺していた気配が言葉を発したので目を閉じたまま「なあに」とこたえる。
暗闇の中にはいつも眺めていた後姿があった。時々振り返って笑顔を向けてくれる光忠。「味見するかい」と必ず聞いてくれる光忠。背後からエプロンの紐をほどく悪戯を仕掛けると「こら」と言葉だけで叱る光忠。過去から現在までの記憶が幾枚もの写真となって私の胸の中を舞い落ちてゆく。どれを手に取ってもその時の出来事が克明に蘇るほど、彼は私の中で息づいているのだ。
だって、好きだから。
だからこそ、あんな言い方をしてほしくなかった。もっと、堂々としていてほしかった。というのは私の勝手な押し付けで、それで腹を立てるなんて本当にしょうもないことなのだけれど、女心と言うのは得てしてしょうもないものなのだ。光忠は、もっとそのあたりを心得ていると思っていた私が間違っていた。

「怒ってごめん」

「きみが謝ることじゃないよ。あのね、」

私の額に光忠の指が触れる。「今度はちゃんと、してもいいかな」一呼吸おいて口を開いた光忠の言った言葉に、私は彼の腕を掴む。目を開いたらお終いな気がしてまぶたに力を入れる。
まだなのだろうか。10秒たっても唇がやってこないので思わず目を開けると、あとほんの一ミリでも近づけば触れてしまう距離に光忠の落ちてきた前髪の毛先があって、それを辿ればあたたかに光る彼の左目がまっすぐに私を見ていた。私の顔の横に手をついた光忠は「いい?」と囁く。肯く以外の返答があるなら教えてほしかった。
完全に太陽が昇りきったらしく、閉じたまぶたに陽の光があたたかい。それとほとんど同じ熱が、唇に乗る。
触れるだけでは許されなかった。ちゃんと、というのは、そういう意味だったんだ。ぼんやりとする頭で舌を受け入れる。

「みつ、ただ」

名残惜しそうに離れる唇がもっと欲しくて私は手を伸ばす。

「どれだけでも、きみが欲しいだけあげるよ」

まるで、作った料理を振舞うみたいに。
料理。料理?!

「朝ごはんの支度!」

「あ……」

その辺に打ち捨てられている鍬ふたつ。そして里芋のかご。私たちは顔を見合わせる。おそらく起きてきた歌仙が台所に来ているはずだ。何もかもやりっぱなしの台所を見て彼がなにを思うかなんてひとつしかない。「やばい」「戻ろう」言うや否や光忠は片手で私を抱き上げると「ごめんね、きみが裸足なもんだから」申し訳なさそうなのに、実はそうでもないという顔をしてもう片方の手に里芋のかごを持つのだった。

「で、きみたちは里芋をとってきてくれたわけかい」

勝手口を開けると腕組みをした歌仙に出迎えられる。

「どうしても、煮っ転がしが食べたくて」

「ええと、その、ちょっとアクシデントがあって遅くなっちゃったんだ」

上がり框に降ろされた私の足を見て歌仙はため息をつくと、ぞうきんを絞って持ってきてくれた。

「そのアクシデントとやらの中身について、僕は知りたくはないからね」

やれやれと肩を竦め、歌仙は籠から里芋を取り出してゆく。服を払った光忠も歌仙に倣い、そして私もそれに続いた。
歌仙と光忠が皮を剥き、大きなものだけ私が切る。「全部できるよ」と言ったけれど「寝言は寝て言ってくれないかな」と歌仙に凄まれたので引き下がった。小芋を綺麗に六方剥きにしていくふたりを、私はいつもみたいに後ろから眺める。やっぱりこの距離がいちばん落ち着く。椅子の上で膝を抱えていると、「いんげんを和えてくれるかな」と光忠が私を振り返る。そういえばそんなものを作っていたような。もうずっと前のことのように思いながらすり鉢に調味料といんげん豆、人参、ちくわを入れて菜箸で和えた。
味噌汁を準備する間に漬物を切り、卵焼きを焼く。そのうち漂いだした煮物の良い香りにうっとりしていると、落し蓋を片手にした光忠が私を呼ぶ。

「食べてみるかい」

「欲しいだけ、くれるの?」

ちょっとした仕返しのつもりで言った。すると光忠は歌仙が私達に背を向けていることを素早く確認すると、私の唇を掠めとる。

「もちろん」

笑顔の光忠に湯気の出ている里芋を口の中に放り込まれ、私は「あふあふ」と老犬のような声を出す。「つまみ食いかい?」と私の頬を人差し指で押した歌仙に「味見だよ。ね、name」と光忠が笑顔を向けた。

「うん、味見」

熱くて涙目になりながらしみじみと煮物の染みわたる味を堪能する。これぞ光忠の煮っ転がし。でも、これから里芋を見るたびに今日のことを思いだしてしまいそうだ。今朝何度かしたキスの、全部の感触が目まぐるしくよみがえり赤面しかけたので、私は「お箸並べてくるね!」と言って台所を足早に後にした。

「僕としては、忍ばない恋は風流じゃあない」

「nameに風流を解せというほうに無理があるんじゃない?」

「でもきみは伊達の刀だったろう?」

「……そうだね。知らないうちに随分と、今の主に染まってしまったみたいだよ」

私のいない台所で、こんな会話が繰り広げられているなんてまったく知らないまま、私はせっせと机を台拭きで拭き、箸を並べているのだった。
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