2019

審神者各位、刀剣男士ひとりにつき一着軽装を用意する為、各期日に該当刀剣男士を帯同し政府機関へ赴くこと。
そう書かれた政府からの通達を私たちは広間で囲んでいた。沸き立つ面子とそうでない面子の温度さに笑いつつ、私は記された男士の名前を上から順に確認する。

「最初は青江ね。来週からってまた急な。じゃあ一緒に行く人はその日は近侍になってもらって当日は非番。出陣はなしで第二部隊の遠征のみ、あとはそれぞれいつも通りってことで」

「一番最初が僕だなんて、楽しみだねぇ」

「どんな感じなのかは行ってみないとわからないけど、私も楽しみ」

政府からの通達はいつも急なのだ。そして詳細がわからないのも毎度のこと。当日は各本丸の青江が一同に会するということなのだろう。ということはどれがうちの青江なのかわかるようになにか目印をつけていった方がいいかもしれない。中身はそれぞれ微妙に違えど見た目はほとんど同じなので万が一はぐれた場合、同じくよその本丸のはぐれた青江が面白がってついてくるなんてことも考えられなくはない。
当日、ぞろぞろと青江を伴った審神者たちが列を成して政府の建物の中に入っていく様は中々に壮観だった。
「斯々然々で念のためなにか目印をつけていこうと思うんだけど、なにがいいかな」と言った私に青江は「きみは他所のにっかり青江ときみの僕を見分けられない、ということかい」と少し不機嫌になった。「そういうわけじゃないよ。念のためだってば」と言ったにもかかわらず根に持っていたらしく、その結果今朝方私の右手首は青江によって手錠で彼の左手首に拘束されることとなった。「こうすれば離れることもないだろうから目印なんて不要さ」と不敵に笑う青江に私は自分の軽率な発言を大いに後悔したのだった。
受付を済ませ(係の人はドン引きしていた)、ホールのような場所で順番を待ち(周りはドン引きしていたし、うちの青江以外に主を手錠で拘束している青江など存在しなかった)、ようやく呼ばれて番号札と通達に同封されていた仕立券を係の人に渡す(ここでも当然ドン引きされた)と、開けられた扉の向こうには色とりどりの浴衣が所狭しと並べられていた。「お好きなものをお選びください」と言われぽかんとしている私をよそに青江は早々に選び始める。ひと通り周り終えると「これにするよ」と青江は一枚の着物を手に取る。

「着てみなくていいの?」

「僕ら用に誂えてあるんだろう。着なくたって問題ないよ」

「あ、そう」

一秒でも早く手錠をとってもらいがための提案はあえなく却下された。「そういう愛の形もあるんだね」とどこかから聞こえてくる声は確かに青江のものなのに私の青江ではないのが不思議で、そう思えばやはり手錠で繋がれているのが無難なのかのしれないと納得しかかる。「聞いたかい?愛、だって」「愛ねぇ」「ふふふ」手首をじゃらじゃら言わせながら私たちは政府を後にした。
戻った本丸で数珠丸から鍵を受け取った青江は「名残惜しいね」と外した手錠を人差し指に引っ掛けてくるくる回しながら小首をかしげる。「いいから着てみなよ」と背中を押せば「きみが着せてくれないのかい」と手を取られたので「私にそんなことできると思う?」と肩を竦める。たっぷり五秒ほど私を見下ろし、青江は「あぁ」と不憫なものを見る視線を私に寄越すと「じゃあきみには脱ぐ方をお願いしようかな」そう言って自分の部屋へと消えていった。
その後も前田、平野と続き(なんと愛らしい会場だっただろうか。帰るのが惜しいぐらいだった)、乱なんかは選ぶのに時間がかかるので時間は押しに押し(歌仙や光忠、加州なんかもきっとそうに違いない)、鶴丸は会場の白さに自分の日焼け具合が悲しくなるほどで、村正は誰も彼もなにかにつけて脱ぎたがるので試着が多くこれまた時間がかかり、太郎は彼らの背丈のあまり埋もれる審神者が続出し急遽控室が二部屋増やされる、次郎はほぼほぼ全次郎から漂うアルコール臭に会場がほんのり酒盛りの光景を呈する、などなどありつつ、普段本丸の者達としか顔を合わさない安穏な生活を送っている私にはてんやわんやの少々こたえる日々だった。
それでも彼らと一緒に新たな装いを見るのは楽しかったし、彼らも同様に楽しんでいるようなので安心した。同田貫や山姥切なんかはあまり興味がないようだけれど、長谷部は「俺の軽装は主に選んでいただくのだ」と言って聞かないし、普段動きやすいジャージを着ている御手杵なんかは「着物とか、俺、転ばねぇかなあ」とあらぬ心配をしているし、加州には「じゃあ主も浴衣で俺とリンクコーデしてよ」と恋人同士のような約束を取り付けられる始末。
そして次は光忠の番だった。明日の朝9時に玄関で待ち合わせ、そう言って夕食の後光忠と別れた私は、早々に寝床に入った。光忠はどんな浴衣を選ぶのだろうか。伊達者の彼のことだからきっとなにを選んでも様になるに決まっている。寸胴の私が辛うじて似合う浴衣とは違ってさぞかし優雅に着こなすことだろう。それよりも会場に溢れかえる燭台切光忠の姿を想像すると、いったいどんな紳士的空間が創造されるのだろうか、さながらホストクラブのような雰囲気になるのではないかとなんとなく落ち着かない気持ちになった。名刺交換ならぬ各本丸の燭台切光忠による有機肥料の配合レシピ、あるいは十八番料理のレシピ交換なんていうのもあるかもしれない。うちの光忠の一番の料理は、と考えているとお腹が減ってきそうだったので、私は考えることをやめて意識を眠りへと集中させた。
翌朝、約束の時間の3分前に部屋を出ると、廊下の角をまがったところに光忠が立っていた。

「もしかして待っててくれたの?」

「迎えに行こうと思ったんだけど、支度してる最中だったら悪いと思ってここで待っていたんだ」

「ごめんごめん、じゃあ行こっか」

連れ立って私たちは歩きだす。半歩後ろを歩かれるのはあまり好きじゃない私の意図を組んで隣を歩いてくれる光忠。私は主だけど、そんな大層な人間ではないし、彼らの見た目が折角人間なのだから距離を近くして接せられる方が嬉しいし居心地がいい。長谷部なんかは絶対に受け入れてくれないけれど、それでも甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれるのは審神者冥利に尽きるというものだ。
廊下ですれ違った大倶利伽羅に「もうすぐ大倶利伽羅だからね」と釘をさす。彼も新たな装いに興味がないらしく、今回の外出をあからさまに面倒がっていた。溜め息と共に「何度も言わなくたってわかってる」と言った大倶利伽羅に見送られ、私と光忠は本丸を後にした。

「他の本丸の光忠、どんな感じだろうね。演練で一緒になることはあってもあれだけの人数が集まるってのは初めてだから、毎回圧倒されちゃうよ」

「どうだろうね。大元は同じだからそう大した差はないと思うけれど。でもせっかくだから、他の本丸の美味しいレシピなんかがあったら教えてもらいたいなと思っているよ」

「それ、言うと思った」

私が笑うと光忠も小さく笑みを浮かべた。

「そうだ、僕じゃない燭台切光忠について行っちゃだめだよ?きみは少しぼんやりしているところがあるから心配だ」

「大丈夫だよ。ぜったい間違えない」

オッケーを手で作ってひらひらさせるけれど、光忠はなおも怪しむような顔のまま。さすがに光忠は青江のように突然私の手に手錠をつけるなんて荒業をやってのけはしないだろうし、ちゃんと彼の後ろあるいは隣を歩いていさえすれば見失うなんてこともないはずだ。
燭台切光忠を伴った審神者がぞろぞろと建物の中に吸い込まれていく黒っぽい光景を「わぁ」とふたりで声をあげて暫く眺め、「今回も壮観だなー」と言った私の手を光忠がとる。

「いいかい、絶対に手を離してはいけないよ」

「はーい」

繋いだ手を上にあげ返事をすると、念を押すように光忠の手に力が込められた。
黒々しい会場はほんのりセクシーな良い香りがしていたし、案の定そこかしこでレシピ交換会が行われていた。うちの光忠と話す他の本丸の燭台切光忠をこっそり盗み見る。眼帯や手袋にも個性があるらしく、細部が微妙に違うのが面白い。喋り方こそ若干違えど、物腰や声音なんかもほとんど同じで、なるほどこれは間違っても仕方ないと会場に響く呼び出しのアナウンスを聞きながら相手側の審神者と苦笑し合うのだった。
私にとって想定外だったのは、光忠自身や私がよその本丸の人間と話している間でも彼が私の手を握ったままだったということだ。あれ、これはちょっと恥ずかしいかも、と光忠に視線で訴えかけても、彼はいつもどおりのやわらかな笑みを返すだけで決して手の力を緩めることはしなかった。これならいっそ手錠のほうがマシ……ということは無いにしても、これではまるで恋人同士にしか思えない。光忠自身は私がはぐれないようにとの思いのみで手を繋いでくれているのだろうけど。一度気になるとどんどん神経が手の平に集中してしまい、私の手汗で彼の手袋が湿ってしまわないか気を揉んでいる内にようやく私たちの番号が読み上げられ、私はやっとひと息つくことができたのだった。

「ひと通り見てきなよ。その間、あっちに同期がいるからちょっと話しててもいい?」

部屋の隅で燭台切光忠と肩を並べているのは何度か会ったことのある同期の男審神者だった。交換しておきたい情報もあるし、他の同期の動向なんかも聞いておきたかったのだけれど、光忠はほんの少しだけ眉を下げて「一緒に選んでくれないのかい」と繋いだ手を引き寄せる。

「私のセンスをあてにするより光忠の独断の方が絶対いいやつ選べるよ」

主って本当にセンスないよね。と言うのは加州だけではない。可愛いもの好きの乱にも私のセンスはウケがよくないし、歌仙なんかは「君のセンスは一周回ってむしろ雅なんじゃないかと思えてくる」と自らの雅心を疑う自体に陥る始末。
だからそう言ったまでなのに、光忠は一瞬不穏な色を瞳の奥にちらつかせ、でもそんなのは全くなかったことにして「いいよ、ゆっくり見ているから行ってきなよ」と私の手を離した。手の平から急速に熱が失われ、自分で言っておきながら少しだけ不安になってしまう。けれど、やっぱり一緒に選ぼうか、とは言いだせずに私は「すぐに戻るね」と光忠に背を向けた。この部屋にはそう大した人数もいないし、万が一私が光忠を見失ったとしても彼が私を見つけてくれるだろう。
「久しぶり!」と肩を叩けば振り返った同期も「おぉ、元気だったか」と再会を喜んでくれ、彼の燭台切光忠は私を見下ろすと気を利かせたのか離れた場所に浴衣を見に行ってしまった。
話は尽きず、けれどそろそろ退出する時間が差し迫っていることを案内の声が告げる。「じゃあ、またね」「頑張れよ」と声を掛け合い彼に背を向けると、やおら視界が翳り私のすぐ背後に光忠が立っていることに気が付く。

「光忠……?」

まっすぐに私を見ているのは私の本丸の光忠だ。と断言したいのにできないのは、彼の纏っている雰囲気がいつもとどこか違うような気がしたからだった。でも私の側に来たということは、やっぱりうちの光忠なのだろう。
でも、もし違ったら?
だとしたらうちの光忠はどこへ行ってしまったのだろう。数秒の間に様々な不安が去来して無言のまま立ち尽くしていると、「残っている方ー、出てくださーい」と入り口から声をかけられた。

「行こうか」

そう言って私に右手を差し出す光忠の表情は白々と灯る明かりを背にしているせいで、影がさして表情がよく読み取れない。

「光忠、だよね」

「そうだよ。だって、今日ここには燭台切光忠しかいないじゃないか」

口の端がきゅっと持ち上げられる。確か光忠はいつもこうやって、笑って、いた。彼に、ついて行っていいのだろうか。室内を見渡してももう私と目の前にいる光忠しかいないので、この一振りが私の燭台切光忠であることに間違いはなさそうだった。

「どうしたの?」

いつまでたっても退出しない私達にあからさまに苛立っているらしい係員。冷たい汗が一筋背中を伝う。差し出された手を取ればいいだけだというのに、それができずに私は迷子の子どものように両手をぎゅっと握りしめた。
頼り甲斐のある長身は今や威圧感を助長しているにすぎず、黒い服は私をのみ込もうとしている恐ろし気な夜の闇のようだった。
彼を怖いと感じている自分と、そして、確信を持って彼の手を取れない自分が情けなくて、鼻の奥がツンとなる。やっぱりずっと手を繋いでいればよかった。光忠と一緒に浴衣を選んであげればよかった。恥ずかしいなんて、思う必要なかったのに。光忠の好意を無駄にした罰が当たったんだと思った。違う本丸の、悪い光忠にさらわれてしまうのかもしれない。じゃあ私の光忠はどこに行ってしまったんだろう。優しくてお料理が上手で、いつも私の隣を歩いてくれる光忠。
心細さは頂点に達し、私の目から涙がひと粒落ちた。

「ごめん!」

慌てた声と共に光忠は私を抱きしめる。ふわりと私を包む嗅ぎ馴れたにおい。戸惑っている私に光忠は弁解した。

「ごめん、本当にごめん。きみがほかの男の人と仲良く話してるのとか、僕の浴衣選びに付き合ってくれなかったのとかが少し、ええと、嫌で、ちょっと……意地悪をしちゃった」

「私の光忠っていう証拠は?」

「僕の主のnameは少しぼんやりしていて、そしてセンスがない」

「もー、どうしようかと思ったんだから!ひどいよ」

ごめん、と謝罪を重ねた光忠の胸元をげんこつで叩くと向こうの方から、ごほん、と咳払いが聞こえてきて、慌てて私たちは部屋から出る。
帰り道、すっかりいつも通りに戻った光忠は右手に浴衣の入った手提げを持ち、左手は私の右手を握っている。

「光忠」

「なんだい?」

「光忠があんなことするなんて思わなかった」

ただ優しいだけだと思っていたから。私を試すような、追いつめるようなことをするなんて。

「怒ってるよね」

心底すまなさそうに光忠はうなだれる。

「怒ってないよ。だって私も悪かったし。だから、私こそごめんね」

立ち止まってぺこりと頭を下げると光忠は目を丸くして「違う」と首を振った。

「格好悪いことしてしまって、本当に恥ずかしいよ」

皆に知られたら叱られちゃうね、と眉を下げた光忠に、今度は私が「違うよ」と言った。主であることに胡坐をかいていた私に非があるに決まっている。けれど、そうやって私に執着心や独占欲をみせる光忠に、胸の底から甘酸っぱいものが湧きあがるのを感じずにはいられなくて。そんな自分に戸惑う。だって光忠しかその成分不明の甘酸っぱいものを私の中に発生させることはできないのだから。

「本丸に帰ったらさ、浴衣着て見せて」

「勿論。そういえばきみは浴衣を持っているの?」

「私?ないよ」

言われてみれば私は浴衣を持っていなかった。普段着は洋服なので特に必要なかったし、着たところで肌蹴るのは確実だし、なにより私は着物なんて自分では着られない。けれどこうして皆の素敵な浴衣姿を見ていると「いいなぁ」と思わないこともなく、かといってわざわざ買いに行く気にはならず、ほんの少しの羨望の気持ちを消化不良のまま抱えていたのだった。

「だったら僕にきみの浴衣を選ばせてよ」

「えっ?!私の浴衣?」

「うん。それで、花火でもしよう」

「花火やりたい!皆も喜ぶね」

夏もそろそろ終わるというのに今年はまだ花火をしていなかったので、光忠の提案はとても魅力的だった。花火なら万屋に行けばたくさん売っている。

「そうじゃないんだ。きみと、ふたりだけでしたいなと思って」

「……ふたり、だけ」

「うん。だめかな」

ええと、それは、つまり。頭の中がぐちゃぐちゃになって、そうであってほしいという希望と、そんなことあるわけないという諦めが混ざり合って溶け合い頭の中で揺れている。

「それは、どういう」

訊いてしまうのは私にセンスがないからなんだろうな。ああでもセンスとかそういう御託はどうでもよくて、光忠が言ったふたりだけという言葉の含む甘い響きにみるみる体温が上昇していくのを止めることができないでいると、ふいに私の視界が黒に染まる。背後で紙袋が地面に落ちる音がした。

「僕がいちばん最初に見たいから。というか、ほかの皆には見せたくないからふたりだけでしたいんだ」

光忠の指が手袋越しに私の頬に触れる。彼のこんな眼を見たことがなくて、やっぱり私の知っている光忠ではないのかもしれない、なんて思ったり。そう考えてみたら私は光忠のいったいなにを知っていたのだろう。4年も一緒にいて、はじめて知る一面。彼が存在した時を考えれば4年なんて一瞬だ。もっと知りたい。例えどれだけの燭台切光忠を目の前にしても、私の光忠を迷いなく探し出せるほどに。

「いいよ、しよう。ふたりだけで」

本丸に帰って浴衣を着た光忠は予想以上の伊達男っぷりを発揮していた。眼帯も手袋も、浴衣用のものがあったらしく、(私にとっては)言われなければわからないレベルの細かな違いを嬉々として彼が語ってくれるのを聞きながら、浴衣の裾から覗く剥き出しの踝から先に目が離せないでいた。
いつもは靴あるいは靴下で隠れているそこにある左右五本ずつの指が妙になまめかしくて、平静を装いながらも内心どきどきしていると光忠がぬっと顔を近づけて「おーい、聞いてるかい?」としてくるので「うわぁ」と声をあげて仰け反ってしまう。

「ごめ、」

「ううん、驚かせてごめんね。ぼんやりしてたみたいだからどうしたんだろうと思って」

疲れちゃった?と申し訳なさそうにするので、つい「裸足が、」などと口を滑らせてしまう。光忠はきょとんとして「裸足?」と訊き返してくる。訊き返されても困るので俯いていると、「ああ、あんまりきみの前で裸足になることないからね」と脚の指を閉じたり開いたりしてみせる。

「私、光忠のこと全然知らないね」

彼の足の指がこんなに綺麗だということも、足の大きさに案外迫力があるということも、眼帯の下にある眼の窪みも、手袋の中にある本物の手のぬくもりも、なにもかも。

「もっと知ってほしい。そして僕もきみのことをもっと知りたいな」

髪を撫でられ、心地よさに私は目を閉じる。そろそろと伸びてきた指が唇に触れる。素手で、触れてほしいといったら光忠はどんな顔をするだろう。目を開けると鼻と鼻が触れ合いそうな距離に光忠がいた。

「手始めにキスするの?」

「そういうこと訊くのは野暮って言うんだよ」

人差し指で私の鼻の頭を軽く押し、光忠は顔を顰めた。でも髪から覗く耳がうっすら赤くなっていて、私はそこに手を伸ばす。そうしてそのまま抱き付いて耳元に唇を寄せる。

「絶対に離さないからね」

そう言うや否や、私の視界は揺れる燭台の炎のオレンジに染まるのだった。あなたを見失うぐらいなら、燃え尽きたってかまわないから。
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