2019

あぁほら、またきみはどうしてそんな格好で本丸をうろついているんだい。ぼくは気が気じゃないんだよ。だってそれは服というより布じゃないか。同田貫くんだってそう言っていたじゃない。「アンタのそれ、山姥切の布よりひでーな」って。もちろん加州と乱は「これは布じゃなくてノースリーブって言うんだよ!」と口を揃えて言うだろうけど。僕だってきみの着ている服の名前がノースリーブだっていうことぐらい知っている。でも大切なのは服の名前ではなくて面積だと思うんだ。その短すぎる丈のはきもの(ショートパンツだよね、知ってるよ)だってどうなんだろう。それも寝っ転がって、お菓子なんてつまんで。長谷部くんが見たらまたお小言だよ?近侍が僕で良かったね。
nameは政府から送られてきた分厚い書類を眠たげな目で眺め、眺めては傍らのお菓子をつまみ、口に運んだ後につまんだ手を服で拭おうとするので僕がテイッシュで拭いてやる。ありがとー、と間延びした声はとろんとした目同様ぼんやりとしていた。

「眠たいなら寝たほうがいいんじゃない?」

「んー、でもあとちょっとだし」

「まだ半分以上あるように見えるけど」

「気のせい気のせい」

頬杖が外れてぐしゃりと崩れたnameは、うつ伏せのまま「あー……もーヤダー」と絶望的な声をあげる。

「まだ次の会議まで日にちがあるんだから。今から根を詰めなくてもいいと思うよ」

「甘やかさないで。この前もそれで徹夜だったから」

「きみは加減っていう言葉を知っているかい?」

眉を下げて笑うとnameは「ううぅ」と呻いた。普段の業務に上乗せの作業なので呻きたくなる気持ちもわからなくもないが、僕がどうにかしてあげられる問題でもない。「明日の晩ごはん、nameの好きなもの作ってあげるから」と肩をたたいて慰めれば「うん」と素直にうなずくのが可愛かった。果物を思わせるような後頭部の曲線を眺めていると、nameが正座をした僕の膝の上に転がってくる。腰に腕を回されたので頭を撫でてやると「ねむたい」と目をこする。化粧を落としてあどけない顔なので、そのしぐさは余計彼女を幼く見せた。

「今日はもう寝たほうがいいよ。続きはまた明日にすればいい」

「……ー、」

眠りの沼に半分以上浸かってしまっているnameの返事はほとんど寝息だった。「おつかれさま」と僕は主の髪を指で梳く。自分が彼女を見る目がとても優しいことが僕は幸せだった。純粋な愛情は美味しい食べ物を口にした時の幸福と似ている。

「でもね、そんな格好をしていたら寝かせるものも寝かせられなくなっちゃうよ」

剥き出しの脚も、僕に押し当てられている柔らかい胸も、出し惜しまないくせに肝心な部分はお預けで。僕がいつもベッドの中でするささやかな意地悪への仕返しのつもりなのかい?可愛い声を聞きたいけれど、今は穏やかな寝息を聞いている方が心地いい。
明日彼女に着せる服はどれにしよう。少なくとも手足がきちんと半分ぐらいは隠れるものが好ましい。適当なものがなければ買いに出てもいい。気分転換にたまにはふたりで出かけようよと誘えばおかしくないだろうから。きっときみは服を見るより甘い物を食べに行きたがるだろうけど。
明日は早起きをして身支度をする。そしてnameの髪を丁寧に整えてあげよう。下ろすなら巻いて、結ぶなら編みこもう。僕は指先が器用だから、どれだけだってきみを可愛くしてあげられる。結ぶのも解くのも、お手の物。
今晩は出番のなさそうな10本の指を眺めながら僕はつくづく人の身に感謝する。この指があれば、僕がきみにしてあげたいことの大半は叶うんだから。そうしてきみが見せてくれる色んな表情が僕はどれも大好きだ。
眠るとつるんとした表情になるnameの頬を撫でながら、明日の算段を立てる。今夜は寝ずの番かな。なんて思うのに、彼女の寝息を聞いているうちに僕の方まで眠たくなってしまうのだった。
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