2019

湖畔の船着場にある桟橋に腰掛けて、私と左近は膝まで着物をたくし上げ、裸足の足をふくらはぎまで水につけて呆けていた。暑い、暑いっスね、暑いよー、暑っちぃ。忙しなく行き来する荷船や商船がゆらゆらと揺れている。水はよく澄んでいた。
秀吉さまに大阪へ呼び出された三成の代わりに領内視察に赴く私と左近は馬に乗って城から出たはいいものの、あまりの暑さに涼を求めて湖畔に吸い寄せられたのだった。瓜売りの声がして、私達はひとつずつ瓜を買った。生ぬるかったけれど、みずみずしくて喉が潤った。手や口の周りが汁でべたべたになったので顔と手を洗った。
私と左近が落した瓜の汁に蟻が寄って汁を啜っていた。列を成して群がり始めた蟻たちに場所を譲り、船に乗って向こう岸まで行ってしまおうかなんて話していると、突然湧いて出た黒雲が雨をもたらした。水と土のにおいが濃さを増す。
嘘でしょ!と慌てたのも束の間で、一瞬にしてびしょ濡れになった私達は、息もできないほどの豪雨に喘ぐようにして笑い合った。「わ、暑くない!」「やりぃ、涼しい!」魚のひれのように両手をバタつかせ、はしゃいだ。
西からきた雨雲だろうか。それならば三成にも雨を降らせただろうか。秀吉さまと半兵衛さまも、同じ雨を見ただろうか。吉継が部屋の戸を大義そうに閉めるさまを思いながら天を仰ぐ。音を立てて顔面を雨粒が叩いて痛いほどだった。
ややもすると雨は降りだしたのと同様、突然、嘘みたいにあがって佐和山の城に虹をかける。「やべぇチョー綺麗」「吉継も見てるかな」顔に張り付いた髪を耳に掛け、着物からしたたる水滴を絞る。動きにくいからもういっそのこと脱いでしまいたかった。水面をついついと泳ぐ氷魚が羨ましい。左近と桟橋から身を乗り出して水面に手を差し込む。指の隙間を鮎は器用にすり抜ける。
腹減った、と左近が眉を下げるので渡し場の守が休む、葦葺き屋根の下で雨宿りをしていた瓜売りからまたひとつ瓜を買ってやった。
うめー、とむしゃむしゃ喰らいついている左近が「ひと口どっスか」と食べかけを差し出すのでひと口もらった。甘い。雨で右往左往していた蟻達がまた群れ出す。
甘い汁で濡れた指を左近が私の顔の前に持ってくるので舐めた。瓜よりも左近の指のほうがずっと甘くて美味しい。左近の、こういう戯れが好き。手っ取り早く私の胸をときめかせる。そして後をひかない。まるでさっきの雨みたいに。骨ばった手を両手で掴んで親指から小指まで順に舐める私を左近は何も言わずじっと見ていた。
右手も左手も、すっかり舐め終わると私はそっと目を伏せる。こぼれ落ちた虹の粒子が私達に降っている。湖面に注ぐ光を小さな口で鮎が食む。魚にはまぶたが無いから、眩しくても目が閉じられない。唇がふれあうほどの距離に男が来ても、まん丸い目を見開いたまま世界を受け入れなければならない。
濡れた服は動きを妨げるので私は左近にされるがままになっている。夏のけだるい空気にお似合いの口付けだった。
三成が見たらきっと怒るだろうなと思った。でも今三成は大阪にいる。私達はある程度怠惰になっても赦される。
やわらかな舌が絡み合い、私の身体がゆるゆると融けて滴りだす。「着物、邪魔」「なら、脱げばいいじゃん」「ここで?」「そ、ここで」「ばか」額を合わせて私と左近は笑う。
城につく頃には髪も着物も乾いていた。うっすらと湿った石畳からは陽炎が立ち上っている。裏口からこっそり入り(たとえ吉継にはお見通しだとしても儀礼的に)、左近の部屋にもつれ合うように転がり込んだ。戸を閉めても蝉時雨が隙間からわんわんと漏れてくる。
邪魔だった着物をようやく脱ぎ捨てて私は水を得た魚になる。手足は自由に動き空をかく。唇から零れる虹色のあぶくを左近が吸い込む。左近の髪の生え際に滲んだ汗は私の喉を潤す。撫でつけてあった髪に指を差しこみ乱してやると左近は眩しそうに目を細める。
「あんたにそれやられるの、すっげー好き 」いつもはnameサンなんて言ってふざけてるくせに。かさついた男の声が私を苦しくさせる。肌を打つ雨みたいに。息の仕方を突然忘れてしまうのだ。
湖面で足をばたつかせるのと同じぐらいの無邪気さで私達は抱き合う。汗で滑る指を笑い、体液で濡れた陰毛の冷たさを笑い、音を立ててぶつかり合う歯を笑った。真夏の真昼はぼうっとしていて、まるでそれ自体が陽炎。ゆらゆら揺れる狭間に紛れ、夏の一部になって声を上げる。蜩が鳴き出すまでは私達の時間なのだから。
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