車寄せが見える応接室の窓辺でnameはグラスを片手に下を見ていた。ちょうど部屋に入ってきたベルが彼女の視線の先を追うと、出先から戻ってきたザンザスが車から降りてくるところだった。なるほど、と思ってベルフェゴールはnameの方に腕を回して彼女の持っていたグラスを取り上げ中身をひと口頂戴する。
「しし、ごちそーさま」
「それはどうも」
咎めるでもなく笑顔を見せるnameはグラスを受け取ると窓べりにそれを置いた。ザンザスの姿はもう無く、彼を乗せてきた車がエンジンを唸らせながら去ってゆく。黒塗りの車は初夏の日差しを浴びて、黒というよりむしろ白色に発光していた。
ベルフェゴールはあのいかにもな車を常々ダサいと思っていた。乗り心地はこの上ないし、自分で運転するわけではないのだから特に文句を言うわけではなかったが、あれに乗り込むたびに「うへぇ」と内心舌を出していた。もっとイイ感じのヤツ、例えばいっそスクーターだとか、の方が格好いい。かといってそれを所有したり運転するのはダルいので、結局ローマの休日(ルッスーリアとnameに付き合わされて3回見た)のワンシーンを思い出して満足してしまうのだった。
「なぁname、今から付き合えよ」
「今から?いいけど」
「んじゃ行こーぜ」
そう言うとベルフェゴールはポケットから左手を出してnameの手をとった。最低限の荷物だけを持ったふたりを後部座席に乗せて黒塗りのマセラッティは滑るように森を抜ける。どこへ行くの?とnameが訊ねても、ベルは歯を見せて笑うだけだった。細い道を抜け幹線道路に入るととたんに交通量が多くなる。2時間半と少し半島を北上し、到着した場所はかの有名な観光地だった。
「観光客多すぎ」
それなりの長時間ドライブだったため、車を降りたふたりは揃って大きく伸びをした。広い車内とはいえ3時間近く座っていればさすがに身体も固まってしまう。
「私達だって観光客みたいなものじゃない。ローマなんて来たの久しぶり。でもなんでローマ?」
「なんとなく。ローマの休日的な?」
「ベルにしては珍しいね。だって、いつもそんなのありえねーよとか、少女趣味すぎとか言ってつまらなさそうにしてるのに」
「お前の少女趣味に付き合ってやるって言ってんの」
「なになに、どういう心変わり?」
「ぶっ殺されてーの?」
「ごめんごめん、誘ってくれてありがとう」
「王女がローマに来るなら王子の俺がローマに行くのも当然じゃね?」
「よくわからないけど、とりあえず出発!」
今度はnameがベルフェゴールの手を握ると、その手を上にあげて跳び上がる。ガキじゃん、と笑って広場からテヴェレ川に向かって歩き出す。
よく晴れた日だったので観光客に加えて川沿いを散歩する人であたりは賑やかだった。あえて観光をしにいくわけでもなく、普段は人混みを避けて、時に人混みを歩くことがあってもターゲットに気付かれないためにただの通行人を装っていることが多いので、仕事とは無関係にただの観光客として往来をゆく開放感はnameにとってひとしおだった。水面を渡る風に髪を揺らし、時折顔にかかった髪を手で抑えながら眩しそうな顔をするnameの横顔を、ベルフェゴールは長い前髪の下からひっそりと眺めていた。
真実の口に手を入れて写真を撮り幹部の面々に送ると、すぐにルッスーリアからハートマークにまみれた返信が返ってきた。お土産よろしくね、の文言の後に続いた無数のハートマークをnameがベルフェゴールに見せると「ゲロ」と顔をしかめて彼は携帯電話の電源を切ってしまった。
「ろくなメッセージ寄越さないんだから切っとけって」
「でも任務のこととか……」
慌てて電源ボタンに指をかけたnameから彼女の携帯電話を取り上げると鞄の中に放り込む。「ローマの休日に携帯電話は出てこなかっただろ」とにんまり笑うと、何事もなかったかのように通りがかったタクシーに片手を挙げるベルフェゴールなのだった。
歩くのに疲れたら適当にタクシーをひろい、タクシーに飽きたらまた歩くという気ままな観光をしてようやく日が傾いてきた頃。「そろそろ帰る?」とスペイン広場の階段に腰掛けたnameはベルを見る。半日ほど歩きまわったにもかかわらず彼女の目は輝きに満ちていた。眩し。ベルは前髪の奥で目を細める。
「今から帰るとかダルすぎ。泊って明日の昼頃帰ろーぜ」
「泊まるって、どこに?」
まさか一泊旅行になるとは思ってもいなかったnameはぱちぱちと瞬きをしてベルを見る。するとベルは階段の上に聳えるオベリスクの方を「ん」と顎で示した。
「えっ、でも急に行っても……」
「まぁそこは王子のチカラ的な?」
「王子って言っても出奔王子でしょ。権力もクソもないんじゃないの」
「なぁお前さ、突然クソとか言うのやめろっての」
まーいーや。欠伸をしてベルは立ち上がる。長い影が階段に伸びている。「買い物してからチェックインな」とnameの手を取り立ち上がらせた。
明日の服や替えの下着に留まらず買い物を楽しんだふたりは両手にショッピングバッグを山ほど持ってホテルに向かう。届けさせればいーじゃんというベルの提案は「それじゃあ買い物した気にならない」というnameの買い物持論により却下され、お互いの紙袋どうしをぶつけながらホテルに向かった。
部屋も料理も申し分なく、藍色に沈んだ光の河を満ち足りた気持ちでnameは眺めている。突然訪れた素晴らしい休日がまさかベルフェゴールによってもたらされるなんて、といささか不思議ではあったけれど、純粋な観光とショッピングを楽しめた有意義な一日は彼女にとって予想外の気分転換となっていた。
nameはこのところ任務漬けの日々だった。忙しいのは喜ばしいことではあるが、他人を装っての単身での長期に渡る潜入捜査だったのでそれなりに神経を消耗したうえに、中々イタリアに戻れないことも彼女の気分を少なからず憂鬱にさせた。週に一度、泊まっている部屋に幹部一同の名前が連なったカードと共に花が贈られてきたが、それでもnameの憂鬱が完全に晴れるわけではなかったし、花がしおれていくさまを見ると余計に気分が塞ぐのだった。
とはいえ任務は任務なので憂鬱だからと投げ出すわけにもいかず、毎日誰かしらと連絡を取りつつ1ヶ月半に及ぶ任務(彼女の役割はバリバリのやり手に扮して不動産交渉をし、更にうまい具合に接待をしてターゲットのご機嫌をとるというものだった)を終える頃には多大なるストレスが溜まりに溜まって、任務完了の報告の電話をザンザスにかけ終わるやいなやnameはその足で空港に向かったのだった。
二、三日は怠惰に過ごしたnameと入れ替わるように彼女以外の幹部は個別の仕事で忙しくなり、憂さ晴らしにどこかに出かけようにも一人で出るにはあまりにも退屈で、かといって一緒に行ってくれそうな面子もおらず結局出たり入ったりでバタつく応接室のソファでひっくり返りながら、nameはぼんやりとクッキーを齧る日々だった。
つまんない、と前髪をいじりながら手足を投げ出しているnameにルッスーリアは「今度甘い物でも食べに行きましょ」と小指をピンと立ててみせ、スクアーロは「暇なのはボスの優しさだろぉ」とフォローを入れ、マーモンはキャンディをくれ、レヴィはマフィンを焼いてくれた。ザンザスはいつもどおりの態度だが、屋敷にいるうちは談話室に何度か顔を出してくれたのだった。
そしていのいちばんに任務を片付けたベルフェゴールがさり気なさを装って彼女を連れ出した。多分nameはそれがボスだったらいいのに、と思っているはずだ。ベルフェゴールはそう感じていたけれど、彼にとってそんなことはどうだってよかった。ベルフェゴールの中においては自分がnameと出かけたいという自らの意志が、まずなによりも尊重されるのだから。
シャワーを浴びたベルがバスローブを羽織り部屋に戻ると、シャンパングラスを手に持って夜景を眺めていたnameが彼を振り返った。
「外してるの、久しぶりに見た」
人差し指で頭を指差す。なにも載っていない頭を手の平で触れ、ベルフェゴールは右手の人差し指に引っ掛けたティアラをくるくると回してみせた。
そして窓際に立っていたnameを背後から覆いかぶさるようにして抱きしめると、「久しぶりつーか2回目、だろ」と白い首筋に歯を立てた。
ベルフェゴールとnameは前に一度と関係を持ったことがある。ほとんど成り行きで、というよりベルフェゴールの成長の過程において必要な関わりだったと言ったほうが正しいのかもしれない。
「ねぇ、やっぱり連絡ぐらいはしといたほうがいいんじゃないかな。ザンザスだって、」
言いかけたnameの背後にある窓ガラスに音を立ててベルフェゴールは左手をついた。前髪の奥で目が眇められているのが気配でわかる。
「なぁお前さぁ、ボスとはいえこの期に及んで他の男の名前出すとかマジで信じらんないんだけど」
ブッ殺したくなるわー。と白い歯を見せるベルフェゴールにnameは怯むでもなく彼の頭を撫でた。
「そんな怖いこと言わないの、ベルちゃん」
「うっぜ」
「ベルちゃんがこんなに大っきくなるなんて感慨深い」
はだけたバスローブから覗く、綺麗に筋肉のついたベルフェゴールの脇腹にnameはそっと手を伸ばす。初めて会った時の彼の姿からは想像できない肉体の変貌に心ばかりの寂しさを感じつつ、成長したふたりの合間に生じた、まだ輪郭のあやふやな関係をどう捉えればいいものかとnameは考えあぐねていた。
「ガキ扱いすんなよ」
「してないよ」
「いーや、してるね」
「ほら拗ねる」
「あー腹立つわぁ」
知らねーよ?顎を引いて不敵に笑ったベルフェゴールはnameの腰に両腕を回した。
良い身体してやんの。ベルフェゴールはnameの肌を撫でながら思った。初めて抱くならこの女だと決めていた。その選択は間違いではなかったし(さすがオレ、さすが王子)、彼女との交わりによって彼はこれまで知り得なかった新たな世界の扉を開けることができたのだった(つまり、脱童貞、的な。ししっ)。
「オレはさ、ボスのこと好きなくせにオレに抱かれちゃうnameが好きなわけ」
「でもベルのことも好き」
「言うじゃん」
ベッドに運ばれ押し倒されたnameは、ベルフェゴールの臍の右側にある三日月型の痣を親指で撫でた。
「ザンザスのことは好きだけど、そういう好きなのかよくわからない」
目を伏せたnameの表情を見てベルは呆れたように笑った。んな目でボスのこと追ってるくせによくわからないとか笑わせんな。肩口に噛み付いた歯牙から、胸の内の毒をnameの身体に流し込む。
「まー別に、nameが誰のこと好きでもオレはお前を抱くけどね」
「横暴王子」
褒め言葉だな。満足そうに言ってベルフェゴールは目を細める。
行為のさなか、唇を合わせながらnameは顔を顰めた。
「キス、上手なのは何で?」
「王子だから」
ベルフェゴールは「なに、気になんの?」と耳元で囁くと、わざと音を立ててnameの唇をついばんだ。気になる、と素直に肯くnameはベルフェゴールに両足を担がれ声をあげた。
「教えてやんねー」
nameを見下ろしたベルフェゴールは体重をかけてnameの奥に身体を沈めた。
ナイフを突き刺す快感もたまらないが、こうして快楽によって相手を隅に追いやり逃げられなくする、なんともいえない征服感も捨てがたい。そもそも殺してしまえばもう交わることができなくなってしまうのだから、生かしておいた方が楽しみ甲斐があるというものだ。冷たい死体が大好きな変態カマ野郎とはちげーんだっつの。ベルフェゴールは汗ばんだnameの腹に舌を這わせながら思う。なによりキモチーし。こめかみからひと筋流れた汗を舌で舐め、歯の隙間から声を出して笑った。
奔放に快感を貪り、ベッドが冷たくなれば寝室を変えた。つるんとした白色の浴槽で、酒壜と果物の置かれたテーブルで、場所をいとわずおもうさま愛し合った。そうしてふたりの笑い声とともに夜は更けていった。
翌朝も快晴だった。たっぷりと寝坊をきめこみ、部屋で遅い朝食をのそのそと食べてベルフェゴールとnameはシャワーを浴びる。乳白色の入浴剤が入ったバスタブは砂糖を入れたホットミルクのような匂いがした。明るい日差しの中で見るnameの身体は昨晩見たそれとはまた別物のように思えて、ベルフェゴールは目の前にあった乳房に手を伸ばす。やわらかく彼の手の中でされるがままになっているふたつの盛り上がりは、やがてその先端を固くした。
「帰れなくなっちゃう」
「もう一泊してけばいーじゃん」
nameの身体を脚の間に収めているベルフェゴールは、甘えるように彼女の肩に顎を乗せた。
「携帯の電源、怖くて入れられないよ。今でさえ見ずに捨てちゃいたい気持ちなのに」
「どーせ場所はマーモンにはバレてんだし、気にすんなって」
しし、と何でもないように笑うベルフェゴールの頭を、後ろに腕を伸ばしたnameが抱く。
「ダメ。でもね、帰るのちょっとだけ残念だな」
「ちょっと?」
ベルフェゴールはnameの耳を甘噛みして訊く。くすくすと忍び笑いをもらし、nameは「嘘、すごく」と訂正してベルフェゴールにキスを求めた。
水面が揺れるたびに水しぶきが飛んで、明るいバスルームにきらめいた。「あんだけシといてまだ足りねーの?」とnameの髪を引っ張りながら意地悪い質問を投げかけるベルフェゴール。仰け反ったせいで浮き上がった肋骨の溝をひとつずつなぞり、痙攣して崩れ落ちそうになるnameの腰を抱えて揺さぶった。苦しげに寄せられた眉と、甘い声をあげる開いた唇、濡れて束になった髪の先から垂れ落ちる水滴。次にこいつを抱くのは誰なのだろう。頭をもたげた疑問を舌なめずりで呑み込んで、ベルフェゴールはnameの唇を噛みつくように塞ぐのだった。
「帰ったら夕方だね」
チェックアウトを済ませ、迎えの車に荷物を積み込みながらnameは困ったように眉を下げて笑った。いつもより薄い化粧のせいで、その表情はどこか少し子供っぽい印象を与えていた。
朝起きた時に隣で眠っていたnameのつるんとした頬と、白い皮膚の下に流れる赤い血液がもたらす仄かな桃色はまさに食べ頃のみずみずしい果実のようで、何を錯覚したのかベルフェゴールの腹はぐぅと間抜けな音を立てた。呑気に寝てら。腹の虫が立てた音を誤魔化すように鼻を鳴らしてごろりと寝返りをうった。そんな今朝方の出来事はすでに遠くで、流れゆく景色を眺めながらベルフェゴールはぼんやりと夕食のことを考えていた。
マセラッティは重厚な門をくぐり森の小路をゆっくりと進む。nameはベルフェゴールの肩に頭をもたせかけて静かな寝息をたてている。やがて森は拓け路面は砂利から石畳へと変わり、フロントガラスの向こうにはふたりにとっての「家」でもあるヴァリアーの屋敷が荘厳なようすで聳えていた。円形の大きな花壇の中央には天使を模した噴水が設えてある。恐らくこの屋敷にいる誰一人として敬虔なカトリック信者ではないにせよ、その噴水は誰の目にも美しく映っていた。季節が移ろうごとに庭師が手を入れ常に美しく保たれている花壇はnameのお気に入りの場所で、しばしば花壇の縁に腰かけては任務帰りの面々をそこで迎えるのだった。
そういえば、とベルは思いだす。初めてnameに出会ったのもこの場所だった。「ボク、迷子?」と不思議そうな顔で訊ねてきたので殺してやろうかと思ったけれど、気配もなく噴水の反対側から姿を現したいかにもヤバい目つきの男(それはボスのことで、ぜってーコイツがボスなんだってオレはひと目でわかった)に無言の威圧を受けて、ベルフェゴールは両手をポケットから出して肩のあたりまで上げてみせた。「来い」とひと言告げて、肩にかけたコートの袖を翻したザンザスの後を足取り軽くついて行くnameは、「あ、」と声を上げ振り返ると「私はname。ここ広いから、迷子にならないように」と言うとベルフェゴールに左手を差し出した。ガキ扱いすんな、と内心不愉快だったが、逆らったらあのヤバい目つきの男に消されるかもしれないと思い直し、ベルフェゴールは素直にnameの手をとった。右側を歩くnameは時折ベルフェゴールを見下ろし「お手洗い大丈夫?」とか「お腹減ってない?あとでお菓子一緒に食べようね」とか、おおよそ世間一般の人間が小さな子どもにかけるであろう言葉をベルフェゴールにひと通り話しかけ、どれだけ彼の返事がそっけないものであったとしても何かしらの反応が見えると満足そうに微笑んで、励ますように繋いだ手にきゅっと力を入れたのだった。
大きな円型の花壇をぐるりと周り、徐々に減速した車は慣性から解き放たれたしなやかな生き物のように玄関の前に横付けされた。
「name、ついたぜ」
ベルはnameの顔にかかった髪を払ってやりながら、nameが身体をもぞつかせ覚醒してゆくさまを見守った。ふあーあ、とあくびをし、次に大ぶりな瞬きをしてnameはゆっくりとベルフェゴールを見上げた。それから窓の外の屋敷を見て、また視線を彼に戻す。
「寝ちゃってた」
「知ってる」
「夢、見てた気がする。懐かしい夢。ベルがここに来たばっかりのときの」
急におっきくなったからびっくりした。そう言って屈託のない笑顔を浮かべたnameにベルフェゴールは素早くキスをした。キスをして、舌を差し込んだ。ミラー越しに運転手が扉を開けて外に出ようかどうか迷っているのが見えるが、ベルフェゴールの知ったことではなかった。
「nameはあん時からなーんも変わってねーのな」
「そう?」
髪を整えたnameは首を傾げ、自分の変化について考えるもよくわからないのか、それとも考えるのが面倒だったのか、5秒ほど宙を見つめたのちに誤魔化すように目を細めドアレバーに手をかけた。その気配を察知した運転手は慌て運転席から降り、外側から扉を開ける。流れ込んできた空気の懐かしさと太陽の眩しさにnameとベルフェゴールは揃って目を細めた。
「変わったこともあるんだけどな」
「例えば?」
トランクから出される荷物を受け取るnameにベルフェゴールが訊ねると、玄関の扉が勢いよく開く音がした。
「う゛おぉいテメーら!今日は朝から会議だったんだぞぉ!」
「聞いてねーし」
「電話しても出なかったのはそっちだろーがぁ!」
肩を怒らせながらこちらに歩いてくるスクアーロに、nameは「ほらやっぱり」とベルの腕を小突く。そして扉の陰からゆらりと現れた影を見るやいなや、手にしていた荷物を全て投げ出しnameは走り出す。
「ザンザス、ただいま!」
跳ねるようにザンザスの元へ向かうnameの背中に「ほらな、なーんも変わってねーじゃん」とベルフェゴールは鼻に皺を寄せてみせた。そんな彼の首根っこをスクアーロは引っ掴み、引きずりながら説教をする。
「電源いつも入れとけって言ってんだろうが。それよかなんだ、ローマに逃避行とはてめぇにしちゃあロマンチックじゃねーかぁ」
「ローマの休日」
「げぇ」
歯に沁みそうなほど甘い物を食べたみたいに嫌そうな顔をしたスクアーロの反応は正しい。しかし時としてローマの休日が必要とされることが人生に一度ぐらいはあるのだ。などという細かな説明をする気はさらさらないので、ベルは両眉を持ち上げただけだった。無論それはスクアーロには見えていないが彼は気配で感じ取る。
「まぁ、たまにはいいんじゃねーのか?ボスさんはご立腹だったがなぁ」
クソが、と舌打ちしたスクアーロ。
「ご機嫌取りはスク先輩の専売特許だかんな」
「んだとぉ?!」
今にもやり始めそうなふたりを、廊下のだいぶ先を行くnameが振り返る。
「ベルー、また行こうねー!」
大きく手を降るnameは満面の笑みで、しかし彼女の隣を歩く男から放たれる重力を歪ませそうなほどの黒いオーラに、スクアーロとベルは顔を見合わせ口をつぐんだ。
「なぁ、コレさ、もしかしなくてもオレヤバいんじゃね?」
「知らねぇーなぁ」
応接室に消えてゆくnameとザンザスに続くようにして、ベルフェゴールはやわらかな絨毯を踏みしめるのだった。
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