2018

豪奢なシャンデリア、煌めくグラス、窓にかかる重たげな深紅のカーテン、ひそやかな笑みを口許にのせた男女が行き交う広間。決して気温は高くないはずなのに、大広間はひといきれで扇がほしいほどに感じる。nameはこっそりと場を離れ、鯨飲馬食するでっぷりした男たちの間をすり抜けると硝子戸を押し開けテラスの隅に身を隠した。
きらびやかな場所は嫌いではないけれど、時々とても飽いた気分になる。下々の者の困窮も、ここ王都ミットラスのとりわけ中央部に位置する屋敷においてはどこ吹く風であった。
今日のテーブルには鶏のみならず仔牛の丸焼きまで並んでいる。今宵は財界、兵団、国政を担う重要幹部たちが揃うらしいと父が言っていた。お前を気にかけてくれる誰それも出席するそうだと意味有りげに告げられたけれど、特に興味のないnameは肝心の誰それの名前を忘れていたし、ハナから覚えるつもりもないのだった。少女の域からまだ出切っていないnameにとって、見合いや結婚などお伽話に出てくるそれとさして変わらない。
夜気が火照った頬に心地いい。バルコニーの手摺に頬をぺたりとつけて目を閉じる。硝子の窓の向こうでしめやかに流れる音楽はうっとりと彼女の眠気を誘った。

「失礼、場所を移動したほうがいいでしょうか?」

暗闇から突如響いた声にnameはキャッと悲鳴をあげて顔をあげた。彼女の驚きように、声をかけた男は申し訳無さそうに眉を下げ、他意なきを示すように両手を小さく挙げる。

「声をかけるタイミングを見失ってしまって。驚かせて申し訳ない」

「あ……い、いえ。私こそ、ごめんなさい」

男は自分が調査兵団の団長であること、名はエルヴィン・スミスであるということを述べた。闇夜に光る思慮深い碧眼に吸い込まれる思いでnameは彼の自己紹介を聞いていた。そしてname自身の自己紹介をし、ぺこりと一礼をした。

「お名前はかねがね聞いています」

「あまり良い話題で私の名前があがるとは思えないが、このような場に招いてもらえるだけでも有りがたいと思わねばなりませんね。なにせ肉が美味しい」

「そんなこと……。でも確かにお肉は美味しいですね」

「仔牛には中々お目にかかれない」

エルヴィンの目許にひやりとした色が浮かんだことにnameは気付く。民を顧みず私欲を肥やす貴族の豪勢な生活を後ろめたく思い、nameは目を伏せて口を噤んだ。「あぁ、そういうことではありませんよ。そのままの意味です」エルヴィンは笑った。笑ったエルヴィンの顔が案外子供っぽいことに気付き、nameは彼との距離が近くなった気になる。

「あの、調査兵団の団長さんがこんなところにいてもいいんですか?」

「いいんじゃないですか。まぁ、気付かれまい」

お呼びが掛かれば戻ればいいさ。そう言ってエルヴィンは手にしたグラスをあおってアルコールを飲み干した。
なんとなく場を離れがたく、nameはエルヴィンの隣に並び眼下に広がる庭を眺めていた。「リヴァイ兵士長は噂に違わずお強いのですか?」「あぁ、彼は強い。きっと私なんかの名よりリヴァイの名の方がよく聞くのでは?」「……はい」「正直なのですね」エルヴィンは喉の奥で笑う。nameは赤面してすみませんと謝罪した。謝ることじゃない、そう言ってエルヴィンはまた眉を下げた。
小さく聞こえてくる音楽と喧騒を背に、壁外のこと、巨人のこと、兵団所有の馬のこと、立体機動装置のこと、などなど、ぽつぽつと湧くnameの質問にエルヴィンがこたえる。ひとつ疑問が解消されるたびに「わぁ」とか「へぇ」とか純粋な感動や驚きを声に出すnameに、エルヴィンの凝った心がゆるりと解ける。

「すごい……」

「さあ、どうでしょうね」

遠い目をしたエルヴィンに、nameは彼の背負うものの大きさの片鱗を見た。手摺に乗せられた大きな手。この手が何百人という人間を導き、指揮している。好奇心のまま彼女はそれに触れた。ごつごつとしていて、乾いた皮膚だった。自分の手と見比べるまでもなく彼の手は大きい。エルヴィンはされるがままになっていたけれど、nameが指に力を込めるとそっと彼女の手を外した。

「冷えますね、戻りましょうか」

牽制とも取れる彼の態度にnameはあからさまに拗ねた態度をとった。嫌ですと咄嗟に口をついた言葉を包むように「もう少しここにいても?」と上目遣いをするname。では、あなたの迎えが来るまでは、とエルヴィンは自分の羽織っていたジャケットを脱ぎnameの肩にかけた。「さっき手が冷たかったので」スマートな大人の気遣いに、nameは背伸びした気分になりそれらしく礼を口にするものの、薔薇色に染まった頬は隠しようもなく色付いていた。
しばらくして彼らの背後の窓硝子が控えめに二度叩かれた。振り返ればnameの家の者であった。「残念ながら時間のようですね」にこやかな笑みを浮かべ、楽しい時を過ごせたことに対する感謝の意をあらわすエルヴィン。

「また、お会いできますか?もっとお話を聞かせてほしいの」

エルヴィンのジャケットを肩から外しながらnameが訊ねる。

「さあ、どうでしょう。ここは兵団本部から距離がありますし、なによりそうそう王都に招かれることもないでしょうしね」

「それじゃあ私がお招きします」

「それは素敵なお誘いだ」

「馬鹿にしてる」

nameが唇を尖らせるとエルヴィンは「いいえ」と首を振り、楽しみにしています、とやわらかく唇で弧を描いた。従者に手をひかれこの場を後にするnameの後ろ姿を眺めながら、エルヴィンはさてどうすべきかとバルコニーに背を預け夜空を仰いだ。
nameは現在兵団が資金提供を掛けあっている有力貴族の一人娘であった。次期壁外調査までに是非とも話を取り付けたいエルヴィンであったので、これを好機とすれどもやはり彼女に手を出す、いや、手を出さずとも大人の事情を抱えて近づくことは気がひけた。先ほど見たnameの曇りない瞳。多少なりともスレた貴族の女であらばまた話は違ったが、年端もいかないと言っていいような齢の女を手に掛けるのは自分の立場と彼女の境遇を加味しなくともあまりにもリスキーである。ただ、いかんせん困窮にあえぐ調査兵団にとって資金提供源はひとつでも多い方がいいわけであり、今回のように珍しく提供側の人間が好意的であるのならやはり誘いにのらない手はないのであった。グラスの底に残っていたぬるい液体を飲み乾して嘆息する。鬼が出るか蛇が出るか。硝子戸に手をかけるとむわっとした空気に額を撫でられエルヴィンは顔を顰めた。

「調査兵団の団長を食事に招くだって」とはじめは驚いていたnameの父親も、これまで異性に一切興味を持たなかった娘がとりあえず誰であれ男を食事にと自ら言っているのだから、なんであろうとひとまず喜ばしい前進ではないかとなんとか自分を納得させ、彼女の申し出を承知した。支障があれば根回しをして遠ざけてしまえばいいだけの話。そんなことは金に物を言わせれば造作もない。そして新たに都合のいい相手をあてがい、恋路を断たれた娘の傷心をいたわるふりをして取り込ませ懐柔してしまえばいいのだ。大切なひとり娘であるが、故に彼女は彼の切り札でもあった。すまないと思う反面、現在の地位を維持し、没落を免れるためには致し方のないことなのだった。
さっそく招待の手紙をしたためたnameはそれを使いの者に届けさせると、数日間落ち着かない気持ちでエルヴィンからの返信を待った。ようやく届いた封筒を恐る恐る開けると、すらりとした字で彼の都合の良い日にちと招待してくれたことへの簡潔な礼、そして最後に「楽しみにしています」という一文が添えられていた。初めて会った夜、別れの間際に彼が同じことを言っていたのを思い出し、よみがえった低い声にnameは手紙を持つ手に力をこめた。心臓がうるさい。nameは唇を噛む。エルヴィンに早く会いたいと思った。こんな気持ちは初めてで、さしたる内容ではないというのに手紙を諳んじるほどに読み返し、眺め、また読み返してようやく封筒に収めた頃には午後のお茶の時間になっていた。
そして二度目の対面の日がやってくる。事前にエルヴィンは調査兵団の幹部たちに今宵のことを告げていた。どうするべきか、と。面々は面白がったり慎重な意見を唱えたりしたが、最終的にはやはり兵団の資金は何物にも代えがたいという意見にまとまった。じゃあ頑張ってエルヴィン、と笑顔のハンジに背中を押され、複雑な気持ちのエルヴィンは迎えの馬車に乗り込んだのだった。今日の外出のために、溜め込んでいた仕事を多少の無理をして片づけてきたせいで睡眠不足だった。ただでさえ万年睡眠不足だというのにここのところ輪をかけて忙しい日々が続いていた。流れていく景色は徐々にぼんやりと輪郭を失っていく。車輪が轍を残す振動と音を聞きながら、背もたれに沈むようにしてエルヴィンは深い眠りへと落ちていった。
熟睡したエルヴィンを乗せた馬車がnameの屋敷の前にとまる。星の瞬きだした頃だった。待ちきれなかったnameは、父親の諌めも聞かず門前で自ら迎えに出ていた。小窓から後ろを覗いた御者にエルヴィンが眠っていることをそっと告げられたnameは「まぁ」と声を漏らして駆け寄った。前回は綺麗に撫でつけられていた前髪がひと房落ちて顔にかかっていた。馬車の中に満ちた男の色香にnameは眩暈がして顔を背ける。性的なものでもないのに直視に耐えられない。さっと朱に染まり熱を持ったnameの頬を冷たい夜の冷気が撫でた。

「エルヴィン団長」

彼の名を呼ぶ声が震えていた。nameは、エルヴィンが眉間に皺を寄せ、まぶたに力を入れ、微かに睫毛を震わせて目を覚ます一連の動作を息を潜めてじっと見つめる。「あぁ、寝てしまっていた……」まだ完全に覚醒していない声は低く掠れていて、薄暗くなった空気にそれはゆっくりと溶け、nameの肌に染みこんだ。身体の奥の、知らない場所がぎゅっとつままれたように甘く疼く。虚ろに開いた瞳孔に吸い込まれてしまわぬよう注意を払いながら、nameは「長旅、お疲れさまでした」と頭を下げた。
軽い食事を済ませ、nameはエルヴィンを部屋に招き入れた。ソファに腰かけ、使用人が持ってきた酒の壜を受け取ると自らグラスに注ぐ。「宿はとられたのですか?」「ここから少し離れた場所に」「うちに泊まっていけばいいとお父様に言ったのですけれど」「流石にそれはマズいでしょう」エルヴィンは笑うと、グラスを掲げてひと口煽る。ごくりと上下した喉元を上目で見ながら、nameは切り出す。

「いくら、必要なのですか」

「あぁ、父君からお聞きでしたか」

こくりとnameは頷く。

「あの日、私に近付いたのは計算のうちだったのですか?」

「それは違う。偶然でしたよ、完全なる」

「そう、ですか」

nameは目を伏せる。父に言って金を出させることはそう難しいことではない。彼の出す条件さえ飲めば、であるが。優雅な生活を送るうえで、この家において自分がどんな役割を果たすべきなのかはわかっている。社交の場で褒めそやされ、笑顔を振りまき手を取られているだけでは済まされないときがいつかはやってくる。そして、その時がそう遠くないであろうということも承知していた。
抜け出す術はない。生きていくためには抗わず流れに任せるのが得策なのだ。造られた秩序と平和の壁の中で、幼い頃よりnameは諦観の念を抱いて育った。外の世界はどんなだろうと、空をゆく鳥たちに思いをのせて薔薇の庭園でひとり空想に耽った過去。彼女は知らない。咲きほこる薔薇の深紅が、血糊の赤に酷似しているということを。しかしこの男、エルヴィン・スミスは知っている。壁の外を、彼女の知らない世界を。

「お話をしてほしいの」

「話?」

「はい。この前してくださった壁の外の話を、もっと。その代わりとして調査兵団に資金を提供するよう父に頼みます」

「これは……参った」

「なにがですか?」

さも愉快そうに笑うエルヴィン。まさかそのようなことの見返りにスポンサーを得られるとはさすがの彼も予想外だったらしい。怪訝そうな顔をしたnameに右手で「すみません、つい」と申し訳程度に謝って、なおも意表を突いてきたnameの申し出を面白く思って止まらない笑いをひとつ咳をして誤魔化した。

「頂ける資金や物資に見合う話ができるといいのですが」

そう言ってエルヴィンは語りだす。謎多き巨人の生態、壁外の雄大な自然について、自分たちが目指しているところ。シーナの壁より、というよりも王都より外へ出たことのないnameにとって、彼の話はまるで絵本の中の作り話のように聞こえるのだった。
ベッドへのいざないはいたくスマートであった。なぜならば父が娘にする眠りへのエスコートと大差なかったからだ。「さあ、もうお休みの時間ですよ」片目をつぶったエルヴィンにnameは「子ども扱いしないで」と唇を尖らせた。それでも導かれるまま差し出された手を取り自らベッドへ上がったnameは、さりげなく腕に力をこめてエルヴィンもベッドに入るよう促した。「まだ足りない」うるりとした瞳を向けられエルヴィンは束の間思案する。

「それは……そういう意味で、でしょうか」

「わからない?」

突然艶めいたnameの表情にエルヴィンはしまったと思った。見た目と仕草のあどけなさについ油断をしていた。絶妙な年齢の女が覗かせる核心的な女の部分に男は弱い。柔肌の奥に潜む赤く爛れた肉のようだ。当の本人にそのような自覚はないだろうが、女のあれこれを知っているエルヴィンにはそれがわかる。女の発する男を求めるにおいが。
nameは好奇心と胸の窪みにうっすらとたまった切ない気持ちに睫毛を震わせる。さっき見たエルヴィンの寝顔を思い出すたびに喉の奥が甘酸っぱく窄まった。

「いけませんよ。父君は私とあなたがそうなることを望んではいらっしゃらない」

エルヴィンは綺麗なものを見る目で言う。白くふっくらとした頬に自分が触れるのは間違っている、と思いながら。大人の男にあこがれを抱く気持ちはわからなくはないが、それは自分に向けられるべきではない。nameがこの家で成すべき役割をエルヴィンも重々承知している。夕食時の父親の態度と短い間に受けたnameの印象からして彼女はまだ男を知らない。であればなおさらだ。無垢をこの手で染めてみたいという男としての本望も多少はあれど、だからといっておいそれと本能に従うほどエルヴィンは愚かな男ではない。

「私はあなたのことを好きになってはいけないの?」

「それを私にこたえさせるのですか?」

酷いことをなさるのですね。エルヴィンは唇で笑う。「いけない、と言ったら?」「諦めるわ」「それができるのなら私は喜んでそう言いましょう」エルヴィンの答えを聞いたnameは「嘘よ」と力のこもった瞳でエルヴィンを見上げると服の肩に手をかける。露になった左肩の、あまりに美しい丸みにエルヴィンは束の間無言になる。大胆な行動とは正反対に、当然ともいうべきであろうかnameの手指は震えていた。「無理をするものではありませんよ」「してないわ」気丈にもそう言ってのけたnameの肩に触れ、エルヴィンは乱れた衣服を元通りに整えてやる。

「焦ることなんてありません。なにも、こんな明日もわからないような男を好きになる必要はない、ということです。あなたはまだ若い、それに……こう言ってはなんですが、男を知らない身の方があなたの今後のためにも良いのではないですか」

「あなたには関係ないことよ」

「そう言われればそれまでです」

「あなたの方がよっぽど酷い」

目を伏せたname。エルヴィンにとって酷いという言葉は聞きなれたものだった。純粋にそんな言葉を吐けるnameを愛おしいとすら感じる。nameのやわらかな唇は嘘を知らない。そして愛も。ならば。

「これで許してはもらえませんか」

突然のことにnameは息を飲むことさえ忘れていた。なにが起こったのか理解できず、僅かに開かれたままの唇からは事が起こる前と変わらない細い呼吸が漏れている。初心な反応にエルヴィンはこれでよかったのかと多少の後悔を抱きつつ、彼女の髪を撫でることによってその後悔を打ち消した。

「こんなので、許されると思って?」

耳まで染まった顔にかかる髪を耳にかけてやりながら、なおも強気な態度のnameの頬に触れた。過ちを踏み抜いたとしてもまだ引き返せるとどこかで感じているのは、自分の方が年長者であるが故の傲りだろうか。今しがた重なった唇の感触と熱の余韻がまだ残った口をエルヴィンは開く。

「お互いのためです」

「わからない」

「世の中にはわからないことの方が多い」

そうやって大人ぶらないで。と眉間に皺を寄せたnameにエルヴィンは「大人ですからね、私は」と声を出して笑ったが、はたしてそうであろうか。置かれた境遇がふたりを近づけまいとするのならばそれも運命と、なにもすることなく引き下がることだってできたはずだった。けれどエルヴィンはそれを選択しなかったのだ。間違いか、否か。答えは誰にもわからない。

「さぁ、もうおやすみなさい」

「待って、」

額の髪を撫で静かに諭したエルヴィンの手をnameが掴む。

「もう一回。それで赦すわ」

顔を伏せ視線をエルヴィンの胸元に落としたnameの顎に手をかける。キスひとつにこんなにも躊躇ったのはいつぶりだろうか。上を向かせると、nameの長い睫毛が白い肌に影を落としていた。蝋燭の揺らめきも相まって、エルヴィンはまるで夢幻の境に立っているような心持になる。部屋の甘い空気に揺蕩っていると、このままnameとベッドに沈んでしまえたらとありえない妄想に駆られそうな気がしてよからぬ思いを吐息ではきだす。
ゆっくりと近づく唇。震える息ごと重ねると、nameの腕がエルヴィンの首に伸びて絡んだ。触れるだけ、と決めていたはずだったエルヴィンの唇をnameの舌が割る。制しようと思えば容易いはずなのにそうしなかったのはできなかったからだった。できなかった、そう、単純に。
nameの唇は愛を知ってしまった。エルヴィンの熱を受けて身体の中で渦巻いた感情が舌先から彼になだれ込む。拙い舌の使い方はその必死さ故にひどくいたいけで、かつ扇情的だった。しかし呼吸の合間を縫ってエルヴィンはnameから身を離す。

「おやすみのキスにしては中々に刺激的でした」

「本当に行ってしまうの?」

「ええ、勿論。それでは今度こそおやすみなさい。いい夢を」

nameを抱きしめ頭のてっぺんにやさしくキスをしてエルヴィンは立ち上がる。

「おかげさまでいい夢が見れそう」

nameは一礼して扉を閉めたエルヴィンの背中に呟いた。舌先に残るエルヴィン自身の味。触れた首筋のあたたかさがまるで子どものようだ、と思ったことは言わなかった。深みのある彼の香りの余韻の中で、nameはベッドにもぐり目を閉じた。

「おやすみなさいエルヴィン団長。あなたもいい夢を」

閉じたまぶたの裏にエルヴィンの寝顔を思い出しながら、いつかはあの寝顔を隣で見られる日が来ることを願うのだった。
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