2017

さっきようやく終わらせたと思ったら、また目の前には新たな書類の山が築かれている。そろそろ右手が使い物にならなくなりそうだが、私の可愛い補佐官は休みなんてきっとくれないだろう。忙しなく部屋の中を動きまわり、手にした書類を次々と片付けてゆく。団長室にある物の配置はおそらく自分よりも彼女のほうがよく知っている。

「name、そろそろ休憩にしないか?」

「駄目です、中央からの書類だってまだ山ほどあるんですよ?昨日ナイル師団長からもせっつかれてたじゃないですか」

「ナイルのことは放っておけばいいさ」

笑って言えば、nameは困ったような呆れたような顔をして「じゃあその山が終わったらどうぞ」と言いながら私に背を向け再び書類をしまい始めるのだった。
そうは言われたところでやる気が出るはずもなく、羽ペンを手にしたままnameの後ろ姿を眺める。白いうなじ(今日は髪をひとつに結んでいる)、ほっそりとした腰、程よく肉のついた太腿。ゆっくりとまばたきをすれば、瞼の裏に衣服を取り払った彼女の白い裸体が浮かび上がった。昨晩腕の中にあったそれ。味わうように思い出すと、自然と口元が緩んでしまう。発熱したような体温が蘇るような気がして、ついまじまじと両手を広げて眺めてしまうのだった。

「団長?」

「なんだ?」

「顔が変ですよ」

「失礼だな、君は」

「早く終わらせればゆっくりできますよ」

両手の空いたnameは私のもとへやってくると積み上がった紙の束をぽんぽんと叩く。

「name」

「はい」

「私は今日は非番だった」

「知ってます」

「にもかかわらずここへ来て机に向かっている」

「当然です」

「非番だというのに私は君に“団長”と呼ばれなければいけないのかな?」

「団長に非番なんてありませんよ」

「損な役回りだな、まったく」

本来ならば今日は非番だったのだが、昨日の朝ナイルに書類がまだ回ってこないと催促されたのをしっかり覚えていたnameに引きずられながらやってきたのだ。これも私の仕事ですから、と屈託のない笑顔を向けられれば素直に従うほかはないではないか。

「name、」

そっとnameの手の甲に触れる。危険を察知したのだろうか、彼女は手を引く素振りを見せるも、私が指を絡めるほうが僅差で勝った。「だ、だめですよ」と眉を下げるnameの視線は私の背後にある開け放たれたカーテンと、静けさを保ったままの扉に一瞬向けられる。彼女が何を危惧しているのか、もう一歩踏み込んで言えば“私が何をしようとしているのか”があまりにも見え透いていて、その素直さが愛おしい。
それと同時に、今朝の情事などまるでなかったかのように振る舞う「ふり」をするnameを薄情だとも思った。
多分、自分で思っているよりも私はnameにのめり込んでいる。お前にしては愛情過多だ、とミケに言われるまでは気にも留めていなかったというのに。愛情過多。まさにその通りだった。手を重ねたまま席を立ちnameを腕の中に収める。「団長!」と控えめに私を叱る声。

「団長?そんな奴、私は知らないな」

鼻先でキスをすると、腕に抱いたnameの身体が熱くなった気がした。
どれだけでも甘やかしたくなるのだ。誰の目にも触れさせず、彼女にとっての幸せしかない小さな部屋に閉じ込めてしまいたいとさえ思うし、叶うならそうしてやりたい。たとえ独り善がりと言われようとも。勿論nameは私がそんな事を考えているとは露とも知らない。見た目よりも我儘で、彼女の言葉を借りるなら「思っていたよりずっと甘えん坊」な私しか、知らないし知らなくていい。
年下のnameからそんな事を言われたのは驚きだったし、甘えん坊なんて言葉はもっと幼い子供に向けられるものだと思っていたから尚更だった。甘えん坊の団長さん。歌うように言って、nameは私の髪を優しく撫でていた。
頭の先に鼻を埋めて腕に力を込める。観念したのかnameは静かに私の胸に頬を寄せていた。彼女の呼吸に合わせ、同じように息をした。そうすれば、もっと密になれるような気がしたのだ。

「あの……書類、終わらせたら続きしてもいいですよ?」

「それじゃあ今すぐ取り掛かろう」

「言動が一致してません」

それでも腕が、身体が離せないのは触れていない時が惜しいからだ。愛しているでは足りないほどに、耳から愛の言葉を流しこむ。恥ずかしげに俯いたnameの頬にそっと手のひらを添えて、唇を合わせた。どうやらナイルには書類の完成をもうすこし待ってもらうことになりそうだ。

【ときめいたら負け無し】
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