2017

団長は昨晩も遅かった。おとといも、その前も。今日だって。
ひとりで眠るベッドは寂しいから嫌いだ。私は寝返りをうって枕を抱きしめた。もう日付が変わるというのに団長はまだ部屋に戻ってこない。次の遠征に関して駐屯兵団との話し合いがある、と言って夕方に出て行ったきり会っていなかった。
夕食は食べたのだろうか。こんな毎日では身体を壊してしまう。彼が団長に就任してからずっと、そればかりが心配だった。
もう5年になるだろうか。長いようで、短かった。お互いやることは山積みで、彼の補佐である私も日々の業務の合間に自身の訓練をし、そしてその隙間を縫うようにして団長と愛を交わしあった。
そばにいたい。それだけでよかった。だから、こんな夜は嫌い。
ガチャリと扉の開く音がするけれど、私はすぐに振り向けない。待っていたなんて、思われたくなくて。たとえ団長にはお見通しだとしても。
無言でベッドに潜り込む団長の体温の懐かしさに、会いたかった気持ちがあふれだす。背後から抱きしめられ、後頭部に鼻を埋められる。「ただいま」とかすれた声が聞こえてようやく、私は素直に「会いたかったです」と言うことができた。
回された腕に頬を寄せて深呼吸をすれば、空っぽだった身体の中が急速に幸福で満たされてゆくのがわかった。団長の方に向き直ろうとすると、それよりも早く滑り込んできた手によって私の身体は反転させられる。

「顔をよく見せてくれないか」

「あの、近いです。というか暗いからよく見えないですって」

「ああ、だったら、」

そう言って団長は両手で私の頬をはさむと手のひらや指先を使って丁寧に肌をなぞる。それも、鼻先が触れそうな距離で。暗いとはいえ恥ずかしくて顔を逸らそうとするけれど、そのたびに唇を掠めながら「駄目だ」と制止されてしまう。少し目を細めて、眠たそうな、それでいて獲物を狙うような眼をして。シャワーを浴びた後らしく、髪はやわらかく乱れていた。くったりとしたシャツの、洗いたてのにおい。清潔な石鹸の香りに交じって、仄かにけれど深く香るガーデニア。なにもかもが私を安心させる。
睫毛の先に指が触れ、私は閉じていたまぶたを開く。ゆっくり重なる唇を拒む理由なんてどこにもなかった。昨日まで眠りの向こうで感じるだけだった団長の熱が、滴るように私の中へと入ってくる。ふわふわと、夢心地のようなキス。繰り返し髪を撫でられ、零れた吐息は自分でもびっくりするぐらいに湿り気を帯びていた。
けれど流されるわけにはいかない。だってもう三日も四日もろくに寝ていないのに、そんなことをしてしまったら体力が持つはずがない。

「団長、駄目ですよ寝なくちゃ」

すんでのところで私は団長の手を掴んで離すと、彼に無言で見つめられる。本当は、ちょっぴりその先を期待していた。それを見透かされているようで。心の中を探るような視線から逃れるように目線をさまよわせたのが仇となり、小さく噴き出して笑った団長の胸に恥ずかしさのあまり顔を埋める羽目になるのだった。「わかりやすいんだよ、nameは」大きな手で後頭部をぽんぽんと撫でられる。

「私は構わないが?」

身体を少し下げ、私と目の高さを合わせて団長が言った。その口調と表情は茶目っ気たっぷりで、不覚にも団長を可愛いだなんて思ってしまう。だからつい「いいですよ」と言ってしまいそうになるのだけど……。

「駄目です!」

駄目のものはやっぱり駄目。言った瞬間今度は甘えたみたいに、少しだけ眉を下げる団長はまるで大きな犬みたいだった。犬というか、狼だけど。

「珍しく意固地じゃないか」

「だって、ここのところ全然寝てないじゃないですか。もう若さでカバーできる年齢でもないんですから」

「……言ってくれるなぁ」

この前だって寝不足が続いて会議を寝坊してしまったのに。あの時は眠っている団長があまりに幸せそうで起こすことができなかったけれど、もまたしても、なんてことが無いように努めるのが私の仕事なのだから。「その代わりに」と言って私は団長の頭を、丁度心臓のあたりで抱きかかえる。まだわずかに水分残る髪をそっと撫でながら、緩やかなリズムで背中をたたく。

「今晩はちゃんと寝てください」

「わかったよ」

諦めたらしい団長は私の背中に腕を回すと、けれど突然ぐいと私の身体を引き上げる。肩のあたりから団長を見上げれば、「やはりこっちの方が落ち着くな」と、私の額にキスをした。

「何もかもを忘れて眠れそうだよ」

と、目を細めた団長が不意に悲しいぐらい遠くに感じて、私はしがみ付くみたいにして腕に力を入れた。団長の背中は広くて大きい。私の大好きな背中。私が命をかけて守ると決めている。

「おやすみなさい」

良い夢を。もうすでに寝息を立てている団長の、シャツから覗く鎖骨にキスをする。よっぽど疲れていたのだろうか、肌に触れても彼が起きる気配は微塵もなかった。その規則正しい寝息につられて私にも眠りが訪れる。触れ合ったぬくもりを愛おしく思いながら、私は団長の腕の中で小さくあくびをするのだった。

【ユニコーンの色】
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