「会うたびにおっきくなるね、長可は」
「おう、信長さまにも言われたわ」
「すごいね」
「…なんじゃその辛気臭い顔は」
そう言った長可は、ずいと私に顔を近づける。
その顔ですらもう大人みたいで、私は少し寂しくなった。
長可の父君が亡くなられ、彼が家督を継ぐことになってからは慌ただしい毎日が続いていて、昔のようにしょっちゅう顔を合わせることもなくなった。
それでも、城下の噂話で聞く長可の活躍ぶりに、幼馴染の私は誇らしい気持ちになるのだった。
そんな雄々しい彼の顔を見る。
「腹でも痛いのか」
「違うよ」
「では何故そんな顔をする」
「長可が、遠いよ」
「はぁ?」
冗談ぽく言ったのだけれど、やっぱり湿っぽい声になってしまって。
ああそうだ、そんなんじゃなくて、今日は先の戦から無傷で帰った事を。
「長可、先の戦は…」
「name」
「…?」
言いかけた私の言葉を最後まで聞かず、長可は私の肩をがしりと掴む。
その手の大きさすら、もはや一人前の武士のものだった。
武辺で身を立てるのじゃ、と、あの日長可は言っていた。
喧嘩っ早い長可には、戦の場がよく似合う。
だからこそ私は心配で。
「どうしてわしが遠いなどと言う。こんなに近くにおるではないか」
その目の、あまりの真剣さに私はついつい笑ってしまう。
「何がおかしいのじゃ」
「なんにも」
心配するだけ無駄なのだ。
わかっている。
少しだけ日に焼けた長可の頬に手を添えた。
「きちんとわかるように説明しろ」
「わからないよ、長可には」
「なんじゃと?!」
ああほら、またそうやってすぐに。
「だから、さっきから何がおかしいのじゃと言うておろうが!」
「痛いよ、痛いってば、もう」
がくがくと掴んだ肩を前後に揺さぶられ、首がどうにかなってしまいそうだった。
そのうちに笑いが止まらなくなって、涙すら滲んだ私を長可はようやく放すと、「訳の分からん奴じゃ」と言ってそっぽを向いてしまうのだった。
「遠い、か…」
「え…?」
組んだ脚に片肘をついて、ぽつりと長可が言う。
腰を下ろした川べりの石は、陽を浴びて心地よい温かさだった。
平べったい石を手に取ると、彼はそれを川に向かって投げ込んだ。
二、三度水面を跳ねた石は、ぽちゃりと音を立てて川に沈む。
「近いと思うのじゃがなぁ…」
両腕を伸ばして欠伸交じりに言うと、そのまま長可は河原に寝転んだ。
「nameが訳の分からんことを言うから眠たくなってしもうたわ」
瞼を閉じた彼を、私は目を細めて眺める。
前に会った時よりも少し伸びた髪に触れれば、長可は片目を開けてこちらを見上げた。
おもむろに腕を引かれ、私は長可の上に倒れ込む。
「な、何するの、急に」
「遠いならば、近くに来ればよいのじゃ」
「……うん」
わからなくてもいい。
ただ、頬を寄せた長可の胸があたたかくて、私はなんだか泣きたくなった。
でもきっと泣いてしまったら、また長可は怒るだろうから。
精いっぱいの笑顔で「ありがとう」と言った。
何も言わない長可の、心の臓の音だけが、私の耳に心地いい。
【きみのためだけの愛の音】
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