2015

別に、俺のものだなんて思っているわけじゃない。わけじゃないけど、どうしてこうもイラッとしてしまうのか。

「リエーフ、ちょ、待って、速すぎだよ」

「なんなら抱えて走りますよ俺!」

nameが足をもつれさせながら必死に走っているというのに、リエーフはお構いなしにあいつの手をぐいぐいと引っ張りながらこちらに向かってはしゃぐようにして走ってくる。
触るなよ。本当はそう言いたくて、でも隣で確実に俺の心中を察している研磨が何か言いたそうな、いやむしろ憐れんでいるような目で見てくるもんだから、プライドもあってか何も言えずに俺はただ唇を突き出して思い切り嫌な顔をしてやった。つーかだよ。nameが転んで怪我でもしたらどうしてくれんだリエーフあいつめ。

「クロ、イライラするのよくない」

「っせー」

まぁ、わかんなくもないけど。そう言った研磨の眠たそうな声をかき消すようにして騒々しいリエーフ(と、name!)が俺たちの前に立つ。よほどの距離を走って来たのかnameの額には薄く汗が滲んでいた。

「到着!」

「リエーフ、手、痛いよ」

「nameさんが遅いんですよ」

「えー……」

理不尽、とばかりにリエーフを見上げるnameの視線をどうにかこちらに向けたくて、というかむしろnameの視界からリエーフを追い払いたくて俺はつい「リエーフこら、さっさと着替えてこいっつの」と首根っこを掴んでしまう。とはいってもこいつの方が身長が高いのがまた癪に障るポイントなのだ。試合の時は頼りになるこの高身長も、こういう時は憎らしい。

「nameさん、今日もレシーブ練習お願いしますねー!」

半ば俺に突き飛ばされるようにしながら部室へ向かうリエーフにnameが手を振っている。

「なぁname、いい加減あいつに引っ張られて走んのやめろ」

「だって、」

「だってもクソもねーの。危なっかしいんだよ見てて」

「……過保護だよね、クロって……」

困ったような視線を向けたnameに研磨がぼそりと呟く。研磨、てめぇ。俺の殺気を感じたのか、研磨は足元に視線を落とすとそのまま体育館へと入っていった。それに続くようにしてnameも「私も着替えてくるね」と踵を返そうとするけれど、そのまま行かせてしまうのがなんとなく嫌で、ついnameの手を掴んで引き止める。不思議そうに首を傾げた弾みで、白いうなじが見え隠れした。
ふと感じるこいつの「女」の部分にはじめのうちは戸惑っていた。だって、そうだろ。ずっと昔から一緒にいて同じように成長していくものだと思っていたのに。研磨と同じ関係で、nameとだっていられるのだと、思っていたのに。どんどん背が伸びる俺の隣で、どんどん女らしくなっていくnameを意識するなという方が無理というものだった。

「クロちゃん?」

「……悪ぃ」

知っている。リエーフがnameに対して持っている気持ちはひな鳥が親鳥に向かって餌をねだるような、そんな純粋な思慕のそれだということを。だからこそ性質が悪い。もしそれが突然、愛慕に変わってしまったら?これまで俺たちが過ごしてきた時間やらなんやらをすべて超越して、あいつがnameの心の中に入ってこないという保証なんてどこにもない。
情けねぇし、余裕もない。格好悪ぃよなぁ、と時々自分が嫌になる。例えば、今みたいに一瞬でもマジでこいつの手を取って放せなくなってしまう時だとかに。

「今日のクロちゃん、なんか変」

「気のせいだろ」

「……そう、かな」

「だから、気のせいだっつの。ハイさっさと着替えてくる」

「さっさとって……引き止めたのはクロちゃんでしょ」

もー、と唇を尖らせたname。
そういえば、と思い出す。

「name、」

「ん?」

「リエーフのレシーブ練習、今日は俺やるからお前やんなくていいからな」

「え、でも」

「これは主将命令でーす」

「……わかった」

怪訝そうな表情で頷いて部室へと小走りで向かうnameの小さな背中を見送る。やばいな。自然舌打ちをしてしまい、増々自分が嫌になった。自制がいつかきかなくなりそうで。くそ。
ずっと、俺の目の届く範囲にいてくれさえすればいい。そして、誰にも。

「あー、俺……馬鹿だろ」

「……だね」

つい口をついて出た独り言に、背後から研磨の声が返ってくる。

「盗み聞きとは性格悪いぜ」

「いっそのことnameに言えばいいのに、全部」

「……言えるかよ」

研磨に言われるまでもなく、そんなことはこれまで幾度となく考えてきたことだった。でも言ってしまったら?
ぐずぐずしているうちに着替えて出てきたnameと顔を合わせるのがなんとなく嫌で、足早に体育館へと戻ろうとする俺の隣に研磨が並ぶ。

「nameもさ、クロにちゃんと言ってほしいんだと、思う」

「……へ?」

間の抜けた声と共に数歩進んで立ち止まってしまった俺はその真意を問おうと研磨の肩を掴むも、背後から「クロさーん練習早く始めましょうよー!」と走り寄って来たリエーフに体当たりをされて思わずよろめいてしまう。その隙にスタスタと歩き去っていく研磨を呼び止めるも、どうやら俺の声は都合よくあいつの耳に届いていないらしい。

「リエーフ、今日のレシーブ練習の相手俺だからな。覚悟しとけよ」

「げ!nameさんじゃないんですか?!」

「ちげーよ!残念だったな!」

大袈裟に頭を抱えているリエーフをどつきながら胸の内で舌を出すと、体育館に入って来たnameと目が合った。慌てて視線を逸らした俺を、きっと研磨は見ているんだろう。

「っしゃー練習始めんぞー」

今日もいつもと変わりない光景が目の前に広がっている。きっと、変わらない。いや、もしかしたら、変わる、かもしれない?
こっそりとnameを盗み見れば思いがけず交錯した視線に何かの兆しのようなものを見出しているあたり、そろそろ本格的に俺はやばいのかもしれない。

【君の恋はわかりにくい】
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