踏みしめた落ち葉は既に分厚く、表面は乾いているものの数層下には夜露の名残をはっきりと靴底に感じることができるほどだった。
調査兵団の兵舎の外れにある木立。小径のまわりに立ち並ぶ落葉樹の葉は赤や黄に染まり、風が吹くたびにはらはらと音を立てながら地面へと舞い落ちていた。先を行くエルヴィンから半歩遅れて歩いているnameは俯きながら、秋風に乱された髪を時折細い指でかき上げている。
遠くで聞こえる威勢のいい声は訓練兵のものだろうか。懐かしさにも似た気持ちに彼女はふっと笑みをこぼす。
「どうした?」
「いえ、なにも」
「いま、笑っただろう?」
見なくたってわかるよ、と立ち止まったエルヴィンは振り返ってnameに視線を向ける。そんな彼にまた彼女も驚いた素振りも見せずに、ただこっくりと頷くだけだった。
今年の冬は寒くなりそうだな。独りごちるようにして口にしたエルヴィンは再び前を向きゆるゆると歩き出す。そうですね。首元に巻いたマフラーに顔を埋めてnameは答えた。
調査兵団で過ごす何度目の冬だろう。濃密すぎる年月を過ごし、今ここに彼と二人立っているという奇跡。
不意にエルヴィンがnameの手を取る。かさついた大きな手は、指先がほんの少し冷たくなっていた。
「たまに、君がどうしても欲しくなる」
「……」
促すように歩き出したエルヴィンの背中を、nameは伏し目がちに眺めながら後を追う。やわらかな唇は結ばれたままだった。
「それでも、先に進めない自分がたまに馬鹿らしくなるよ。我ながらね」
「そうですか」
「実直に生きられたらよかったと思う」
「実直……」
「ああ」
実直、と再びnameはその言葉を舌の上で転がした。彼の言う実直とは、恐らく自分の想像とは遠くかけ離れた場所に位置するものなのだろう。それがたとえ男女の間の単純なあれこれであったとしても。
繋いだ手をnameが強く握り返すと、予想外だとでもいうようにエルヴィンの肩が小さく揺れた。
「欲しがればいいのに、って思いますよ。時々」
「はは……」
繋いだ手をそのままにnameはエルヴィンの横に並ぶ。触れ合った腕の温度はわからない。何かを言おうとして口を開きかけたnameを遮るようにしてエルヴィンは彼女の細い身体を抱きしめる。幾度となく繰り返してきた行為は、しかし、行く末などなかった。
ざあっと吹いた風によって周りは赤に染まる。最後のひと葉が音もなく地に落ちたのとほぼ同時にエルヴィンは口を開いた。
「わかってほしいとは言わない。これはただ、俺のエゴでしかないんだ」
「そして私はあなたのエゴに巻き込まれただけなんだと、そう言いたいんでしょう」
「すまない」
「自分のこと“俺”って言う団長、嫌いじゃないですよ」
「……name、」
「いいんです。どこにも行けないなんてこと、わかってますから」
この壁の中に生きているんですから、それ以上のことなんて。そう続けてnameが顔に浮かべた笑みの裏の無さに、もはやエルヴィンの心の痛む余地などありはしないのだった。
なし崩しに二人の全てを繋げてしまうことは容易い。しかしひとたび素肌の温もりを知ってしまえば、もう知らなかった頃になど決して戻れはしないのだ。唇を噛むエルヴィンは、nameの身体を折れるほどに抱き締める。
「それでも、君を愛していると言わせてほしい」
「はい」
それ以外に言うべき言葉などあるのだろうか。そんなことを思いながらnameは目を閉じる。
ゆっくりと伝わりだす互いの熱は心を蝕んでゆく。腐食して爛れた心は鮮やかに、見えるはずもないというのに二人の脳裏に鮮明に焼き付いて離れないのだった。
【このままで、このままなら】
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