「だから狭いと言うておるのじゃ!」
そう言うとnameは被っていた布団を思い切り引っ張ってわしに背を向けた。寒い。
「二人で寝ておるのだから狭いに決まっとるじゃろうが!」
「だったら出て行け今すぐに!」
「これはわしの布団だ!」
何なのだ!寒い寒いと喚き散らしながら人の布団に潜り込んできたくせに、今度は狭いだのなんだのと持ち主を追い出そうとするなぞ正気の沙汰とは思えない。
真冬の、しかもまだろくに日も昇っていない明け方に布団を奪われたわしは自分で自分の肩を抱く。が、そんなことで暖が取れるほど生易しい寒さではなかった。次第に歯の根が合わなくなり、夜明け前の青色の部屋には虚しくガチガチと歯が鳴る音が響き出す。限界だ。
「おいname!いい加減にしろ!」
「うるさい、眠れぬ」
「なっ…?!」
背中を向けたまま言い放ったnameに、己のこめかみがピキ、と音を立てた気がした。
「忠勝が大きすぎるから布団が余計に小さく感じるのだ。嫌ならば縮め」
「わしに縮めだと?無理を言うでないわ!」
「ならば我慢しろ」
「き、さま…」
「か弱き女子に暴力か?見苦しいぞ忠勝」
「いけしゃあしゃあと!か弱いじゃと?そもそもこの部屋のどこに女子がおるというのじゃ?」
寒さのあまり半ば投げやりになりながら言えば、しかし、nameは何も言い返さない。剥ぎ取った布団に包まり、丸まった背中はうんともすんとも言わずに小さくなっていた。
「お、おい」
「……」
「…なんとか言え…気味が悪い…」
向こうをむいているせいで表情が読めない。これだから、これだから女子は嫌なのじゃ。天気よりも読めないその性格を、心底持て余す。
それでも何の反応もないnameの肩を、寒さに悴む手で揺さぶった。
「触るな馬鹿勝」
意固地になって益々小さくなるnameに痺れを切らし、両肩を掴んでこちらに向かせる。
「風邪をひいてしまうじゃろうが!」
「そなたなど、そなたなど、風邪でもなんでもひいてしまえばいいのだ!」
馬鹿馬鹿放せ、と暴れるnameに胸だとか肩だとかを叩かれながら、溜息をつきたい気持ちになる。何故こんな明け方からこんなことをしなければいけないのだ。
「布団を独り占めしたいのなら己の部屋で一人で寝れば良いだろうが!」
「な、な、…。だ、だから、そなたは、馬鹿なのだ!」
わしの言い放った言葉に顔を上げ此方を向いたnameは、信じられないとでも言いたげな表情で目を丸くしていた。眉間に皺を寄せ、口を庭池の鯉のようにぱくつかせている様は中々愉快なものだった。
しかしどうやらそんな悠長な事を思っている場合ではなかったらしい。nameの眉は八の字に下がり、大きな瞳はあっという間に涙でいっぱいになってゆく。
待て、どうした、お前の中で何が起こった。聞こうとした矢先に鳩尾に拳がめり込んだ。痛みに呻くわしの胸倉を掴むnameは声にならない声で何かを訴える。
「お、落ち着け…」
「寒いから、寒いから私は忠勝と、寝ようと思ったのだ!それを、それを、…一人で寝ろとは…あまりに無体ではないかっ…」
どうやら。痛みの所為で白い光が舞う頭でわしは考えた。どうやら、nameはわしと共に寝たいらしい。ふっ、とつい笑いが漏れた。
「わっ、笑うな!」
顔を真っ赤にしたnameがまたしても振りかざした拳を手の平で受け止め、そのまま小さな身体を腕の中に収める。頭の天辺に顎を載せるのに丁度いい具合であった。黒髪から覗く形の良い耳が朝焼けの如く染まっていた。それを指先で摘まむ。
「そうならそうと始めから申せ」
「そっ、そなたこそ、始めからこうすれば良かったのだ」
もごもごと、胸元からくぐもったnameの声が聞こえてきた。減らず口をまだ言うか、とは思うものの、流石にまた怒鳴るような真似が出来ない辺りわしは案外こやつに惚れているのではないかと、むず痒い気持ちになるのであった。
【うわべだけで気づいてよ】
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