その女は小さな癖に奔放だった。
「ね、そこのそれ取って」
「そこのそれってどれだよ」
「その、それ、そこのそれ」
「おうおう、コチラでございますな主サマ」
きも、なにその言い方。そう言ってnameはくすくすと笑うと俺の手から携帯電話とやらを受け取って仰向けになる。そんな彼女の姿を畳に寝そべりながら眺める俺はこれといってすることがあるわけでもなく、内番の当番も昨日まわって来たばかりだったので心底暇で暇でしょうがないのだった。
「よ、」と一声かけたかと思えば、日当たりのいい俺の部屋に無遠慮に上がり込んできたこの女が俺たちの主だなんていったい誰が信じるのだろう。
刀といえども男だらけのこの本丸で勝手気ままに過ごす彼女を俺たちははじめの内こそどう接すればいいか悩んだものの、今となってはそんな悩みなど無用であったと誰もが思い知ったのであった。ただし長谷部を除いて。
「岩融は腕が長いからいいねぇ」
「俺は便利屋じゃねぇ」
「今剣の便利屋じゃん」
「あいつはいいんだよ」
「わたしは駄目なの?」
「……」
仰向けのまま携帯電話の画面から視線を外してこちらを見てくるname。午前中に会議だか何だかであっちに行っていたnameはやたらひらひらした服を着ていて、目のやり場に困ってしまう。ねぇってば、と食い下がって腹這いになった彼女の服の裾がめくれて白い太腿が露わになった。
「おい、」
「やっぱり岩融はわたしの便利屋だね」
めくれ上がった裾を直した奴に言う言葉かそれは。
「馬鹿にしてんのか」
「してない、誘ってる」
に、と見るからにやわらかな唇の端を持ち上げて悪い笑顔を浮かべる主は、ついさっき俺に取れと命じた携帯電話なんかはもう放り出してしまって、こちらに向かって腕を伸ばしてくるものだから。ナメられている、と思いつつ下唇を突き出す俺は、それでもやはりついその小さな身体に覆い被さってしまうのだった。
「会議とかもうやだ。疲れる」
「疲れてんならやめとけよ」
「癒してよ」
「あのなぁ……」
「主命だよ」
「長谷部のとこ行け」
「行っちゃうよ?」
耳元に口を寄せて、たっぷりの含みを持たせて言うこいつに敵う奴なんてきっといない。俺の前髪の長い部分を指先で遊びながら目を閉じた主の唇を塞ぐ。なんだって俺がこんなことをしなければならないんだと思う一方で、俺がこうしなければ確実にこの女は別の誰かの部屋に同じような気軽さで転がり込むに違いない。軽薄で危なげで、蠱惑的。
よくしなる身体を揺さぶりながら額に滲んだ汗をぬぐえば、手首を掴まれnameの舌に汗を舐め取られるのだった。
しょっぱい。そう言って笑ったnameを強く抱きしめてやる。苦しいと身を捩る彼女の身体の奥の熱がもどかしかった。引きずり出してやりたい。何もかもを。はるか昔に幾多の刀を手に入れてきたように。
「岩融、」
「あ?」
「好き」
「……」
潤んだ眼を細めて見上げるnameに、「馬鹿野郎」と呟くことしかできなかった。しかもそれは荒い息に掠れ、ひどく無様に聞こえた。
「あっつ……」
裸のまま畳に寝そべっている主の背中に浮いた汗を眺めながらため息をつく。着流しを腰で着ただけの俺の腕の中から這い出したnameは喘ぐように喉を晒している。
「やっぱ長谷部んとこ行く」
「は?」
「岩融の部屋あつい」
「日当たりがいいと言え」
「北側の涼しい部屋が恋しい」
「あんたなぁ……」
顔に手をあててまたしても溜息をついた俺をよそに、さっさと脱ぎ散らかした服を身に付けて立ち上がるnameを本気かよと思いつつ、気が付けば彼女の手首を掴んでいるのだった。
振り払うそぶりも見せずに大人しく腕の中に戻ってくる主の、まだ汗ばんだ身体から発せられる熱を感じながら頭頂部に唇をつける。
もし長谷部の部屋に行ったとして、こいつはいったいどんな顔をして部屋に入っていくのだろうか。俺の部屋に入ってきたように何でもないような風に障子をあけて、無防備な姿をさらしてあいつを誘うのだろうか。そうして、好きだなんて嘯くのだろうか。
「ねむた……」
もぞもぞと身体の向きを変えて俺の胸板に顔を埋めたnameからはやがて規則正しい寝息が聞こえてくる。内番が終わった今剣がやってこないことを祈りつつ、どっと襲ってきた疲労感に引きずり込まれるようにして重たい瞼を閉じるのだった。
【不実の種まき】
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