2015

やわらかな光の中での微睡み。明るすぎる光は苦手だった。かといって夕暮れ時の薄暗さも。血のような朝焼けも、滴るような夕焼けも。
るる、と庭のイロハモミジの枝先で、目白が鳴くのが風に乗って聞こえてくる。開け放たれた障子。凪いだ風が時折宗三の桃色の毛先を揺らしては抜けていった。
終わりかけた沈丁花の花は、それでもまだ色濃い香りを辺りに漂わせている。
この場所はやさしい。誰にも侵すことのできない不思議なやさしさが満ちている。それはきっとこの人のお陰なのだろう。
甘やかな霞のかかったような空気。その隅々まで生命の息吹が行き渡るこの季節は、彼女にとてもよく似合っていた。宗三は自分の膝の上に腰かけたまま眠ってしまった主の髪を静かに撫でる。そうっと鼻を髪に寄せれば日溜りの香りがして、思わず胸がいっぱいになった。
ただこの方がそこにあるだけで、こんなにも己の心が満たされてしまうなんて。
ととと、と聞きなれた足音が廊下の向こうからやってくる。

「宗三兄さま、」

曲がり角から現れた弟に向かって「静かに」と人差し指を唇の前で立てる。数度まばたきをした小夜は兄の腕の中にいる主に気付き、必要以上に忍び足になって残りの距離を歩くのだった。
寝てる……。しゃがみ込んだ小夜が主の顔を覗き込む。
聞こえるか聞こえないかの寝息を立てて肩を上下させているnameのふっくらとした頬に目を奪われる小夜。その手には庭の片隅にでも咲いていたのだろうか、すみれの花が握られていた。

「これ、本当は兄さまたちにって思ったんだけど、」

まるで小さな子供のような仕草で(事実彼は子供であった)小夜はすみれの花を一輪nameの耳のわきに通す。恐る恐る、主を起こしてしまわないように。
やわらかな髪の上で薄紫のスミレの花が恥ずかしそうに俯いていた。

「花はやはり女の子によく似あいますね」

「……」

こくんと頷いた小夜は、しばらくして「でも、宗三兄さまも江雪兄さまも、似あうと思う」と真剣な目をして言うのだった。そんな彼の頭を撫でて抱き寄せると宗三は瞼を閉じる。
この場所であれば、明るい光も燃えるような夕焼けも、全ては美しいものなのだ。こんなにも満たされているのだから。
先ほど小夜が歩いてきたのと同じ方向に長兄の気配を感じてそう思う。

「宗三、お小夜」

曲がり角からやってきた長兄に、二人は伸ばした人差し指を揃って唇にあてるのだった。

【幸福をもって生きよう】
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