2015

長谷部、長谷部。
俺を呼ぶ主の声が震えていた。
逢魔が時の主の部屋では既に煌々と灯りがともされている。この部屋の灯りは早い時分からつけられるのだ。

「ここに」

すぐ目の前にいるというのに、彼女はまるで俺が遥か彼方にいるかのように指先を彷徨わせる。儚く白い腕をとり、やわらかく抱きしめる。
あくまでも、主の不安を取り除く優しい配下としての振る舞いで。
怖いの。泣きそうな声が腕の中から聞こえてくる。大丈夫ですよ、ちゃんとここに控えております。静かな声で諭すように言う。
撫でる背中の薄さに胸が詰まった。

「いかないで、どこにも」

おねがい。長谷部、おねがい。最後の方は涙混じりに繰り返された。

「主、」

「わたしを、置いて行かないで」

胸元の衣服を掴んでいる主の小さな手に自分の手を添える。強く握りしめすぎて血の気を失い冷たくなった主の手。
どれだけ己が言葉を尽くしても無意味なのだとわかってはいた。それでも。

「……主命とあらば、」

【涸渇するめぐみ】
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