2015

まるで憎悪だと思った。彼の異常なまでの執着心。細く長い腕はわたしがどこにいたとしても必ず捕まえてしまう。そうして、透き通るような虚無の瞳の中に閉じ込められてしまうのだ。
自分は籠の中の鳥なのだと自嘲する宗三の腕の中で、わたしは小さくなっていた。繭の中のようなこの場所。濃密な空気と静寂、押し潰された時間。あらゆる概念の外側で、わたしと宗三は寄り添っていた。
主、と囁いた宗三は先の遠征が如何様であったかを事細かに話し出す。敵方がどのような容姿をしていたか、己がどのようにして断ち切ったのか。歌うような声音で、まるで遥か昔の御伽噺を聞かせるように。
始終薄い笑みを浮かべる彼の顔。その頬に触れる。僅かに間を置いて、宗三はわたしの手首を掴んだ。戦の昂りの所為なのか、頬は平素に比べて些か色が濃いように見受けられる。
袈裟も脱ぎ、身に付けている装飾品も全て取り払った彼は内番用の小袖を着崩してしどけない姿だった。肌蹴た衿からのぞく胸元に頬を寄せる。
貴女のところに帰ってくるしか無い。彼の言葉が蘇る。まだ明るい昼間だったというのに、まるで夜の冷気にあてられたかのような戦慄が背筋を駆け抜けた。あの時、わたしはなんと応えたのだろうか。全く覚えていなかった。
いつからこんなことになってしまったのだろう。記憶をたどろうとするけれど、その度に思考の輪郭はぼやけ、足元の階段がばらばらになってしまうのだ。ただ頭蓋の中には宗三の着物に焚き染められた香のかおりと、折り重なる梢から漏れる春の日差しのような白い光が満ちていた。
与えられる餌を啄ばむ雛鳥の如く。この部屋、というよりも彼の腕にいだかれた瞬間にわたしはそうなってしまうのだった。

「name、僕には貴女しかいないのです。たとえ貴女がどれだけの刀を集めようと……僕には、」

苦しそうに吐き出して、宗三はわたしを抱きしめる。こんなに細いのに、どこにこれほどの力があるのだろうとわたしは毎回驚いてしまう。

「わたしもだよ。宗三だけ」

子供みたいに額を彼の肩口にすりつけて言えば、彼は心から嬉しそうな顔をするのだけれど、やはりどこかに救い難いほどの暗い影がさしているのだった。

「……それなのに、貴女をどれだけ抱いても寧ろ遠くなってゆくのは、何故なのでしょう」

誰よりも近くで貴女を感じていたいのに、何故。繰り返して呟く彼の瞳をそっと覗けば、静かな炎が揺れていた。
薄桃の長い髪ごと宗三の身体を抱きしめる。あぁ、と吐息混じりに感嘆して、彼はわたしを抱いたままゆっくりと畳に横たわった。わたしよりもずっと長い髪が、藺草の上でなにかの印のように美しい渦を巻いていた。

「貴女だけのそばにいられれば、それでいい……それ以上なんて、僕は望まないんです」

「……うん」

いいよ。わたしはぴょんと跳ねた彼の髪を手のひらで撫で付ける。何度も、何度も。青い畳の香りは眠気を誘う。宗三、ねむたい。大切な事を考えなければならないような気もするけれど、ゆっくりと崩れ落ちてゆく世界の柔らかな壁。

「……あぁ、name。僕の主……、行き着いた先が貴女なのならば、」

この身を何度も焼かれた甲斐もあるというもの。宗三の甘い言葉が耳から流れ込んでわたしをいっぱいにする。熟れ過ぎた果実のような、甘い腐臭。ぐずぐずと、滴るほどに甘いのだ。

「愛しています」

紡がれる言葉に絡め取られて、わたしはいつか自由を失う。それとも本当は、もう。

【私をこの地に縛り付ける唯一】
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