2015

僕は戦になんか出たくないんです。宗三はそう言って目を伏せた。ひどい雨が降る日だった。私は黙って彼の隣で膝を抱える。第一部隊の近侍に任命されました。彼の細い声は雨音に掻き消される。

「僕なんかより適任は沢山いるというのに……」

「審神者の判断を信じなよ」

そう言うしかなかった。内番の方がいいと彼はいつも口にする。畑仕事や馬の世話の方が性にあっているのだ、と。
いつも戦に出ては、疲れ果てた顔で帰城する宗三の痛々しさに私まで心苦しくなってしまう。憐みをかけることが彼にとっての慰めになるのなら、私は幾らでも憐れもう。
すぐ目の前の庭ですら煙る春の雨。すっかり葉桜になったソメイヨシノの若葉が、雨に濡れてつやつやときらめいていた。


その日もやはり雨だった。
傷を負って帰城した彼はいつにも増して口数も少なく、濡れ縁の柱にもたれかかったまま中庭を眺めていた。濡れちゃうよ。私がかけた声も聞こえていないようだった。
仕方なく隣に腰をおろす。手入れすらされていない彼の腕の裂傷からは、まだ痛々しい血が滲み出ていた。

「うで、見せて」

処置道具の入った箱を開けながら言うけれど、一向に彼は動く素振りをみせない。

「宗三、」

「……雨は嫌いです」

「……」

色の違う左右の瞳は、どこにも焦点が合っていなかった。私はいまにも宗三が泣き出してしまうのではないかと思い身構える。彼の涙は私の心をどうしようもなくしてしまう。
そうして彼はいちばん酷い傷に爪を立てるのだった。やめなよ。私が制止するのもお構いなしだった。彼の細い指は、力が入りすぎて真っ白になっていた。宗三。お願い。悲鳴みたいな私の声が雨音を引き裂く。
宗三の腕にしがみついて、そうしてようやく彼は自らを傷つけることをやめたのだった。

「いいんですよ、別に」

「よくないよ」

「また焼けばいいんですから、何度だって」

宗三の顔を見れば、彼は微笑んですらいたのだった。
あんまりだよ。気が付けば泣いていて。ああ、泣きたいのは宗三の方なのに、そう思えば思うほど涙は止まらないのだった。
激しい雨が庭の土を抉っていた。庭の池には降り注ぐ雨が無数の輪を描き、その中は空を映したような鈍色をしていた。ただ、宗三の淡い髪の色だけが、取り残されてしまった桜の名残のようだった。

「name、あなたに涙は似合いませんよ」

泣きじゃくる私を抱きしめて彼は言う。宗三の腕の中は、雨に濡れた花の香りで満ちていた。

【ぎゅっと握りしめて砕いて】
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