眠れませんか。宗三は肘をつきこちらを見ながら言う。眠れない。私は答えた。
部屋の隅に置かれた燭台で、淡い焔が揺れていた。ひどく目が冴えているのはきっと、宗三の腕や胸板に走る赤い傷跡の所為だ。昼間傷を負って帰ってきた彼を包んでいた生々しい血の匂いを思い出して顔を顰める。
「眉間、」
そう言って宗三は人差し指でそっと私の眉間に寄った皺に触れる。
「無茶しすぎだよ、ぜったい」
「主の命ですから」
「だからって、」
手入れをするこっちの身にもなって欲しい。
というのは建前で、宗三が傷付いた姿を私が見たくないだけなのだ。この身である以上傷つくことは免れないけれど、それでも。
「心配性なんですよ、nameは」
くす、と笑った宗三の胸元に潜り込む。刻まれた印に頬を寄せた私の頭を、彼はそっと片手で抱いてくれた。
「主はきっと、僕のことを思って戦場に出してくださっているのですよ」
「だったらなおさら。今度怒っとく」
あいつめ、と私は審神者の顔を思い浮かべながら胸の中で舌を突き出す。
「いいんです、どれだけ傷ついたってあなたが治してくれるのですから」
「ばか」
本当に、そうかもしれませんね。そう可笑しそうに言って宗三は忍び笑いを零す。
「ほら、もうおやすみなさい」
「……うん」
私ももう眠ります。彼がそう言うと燭台の明かりがふっと消えて辺りは暗闇に包まれた。二人分の息遣いが静寂の中で繰り返し響く。
傷跡に唇を寄せて瞼を閉じる。確かに彼がそこにいるということ。何物にも代えがたい安心感は途方もない。
「宗三、」
「なんですか」
「おやすみ」
「えぇ、いい夢を」
ゆるゆると背中を撫でられて、幼い子供のように私は眠りの底へと落ちてゆく。頭のてっぺんに寄せられた彼の鼻先。ゆるく弧を描いた口許。
また明日。彼がそう囁いたのを、私は夢の中で聞いた気がした。
【ねむっておしまい】
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