2015

白い夜着をきた三成は元々の色白さも合間って、まるで化けて出てきた幽霊のようだった。藤の花よりも風に揺れる柳の枝の方が似合いそうだななんて思いながら、私は正座した足が少し痺れてきたからちょっと失礼して脚を崩させてもらうことにした。楽ちん楽ちん。相変わらず三成は難しい顔をしたまま正座をして背筋を伸ばしている。伸ばしているつもりなんだろうけど、やっぱり猫背気味な三成の背中。燭台の上で可愛らしい灯りが揺れていた。
何と無く居心地が悪くて、態と腕を大きくあげて伸びをした。ちらりと三成がこちらを見る。えへへ、と鼻を掻くと、「眠たいのか」と聞かれた。「別に、眠たくないよ」と私が答えれば、「そうか」と三成はぶっきら棒に言った。そして、ピシッとした正座から、しどけない胡座に姿勢を変える。肌蹴た着物の合わせから、三成の脚が覗いていた。細くて白くて、でも女の子のような白さよりももっとずっと無骨で硬い。白というより青灰に近い色だった。
そっと手を伸ばして脹脛に触れる。骨に筋肉が付き、私のように無駄なお肉(三成はいつも私に向かって「また肥えたか」と言う。別にそんなことは無いはずなのに。失礼な奴め)など見当たらず、張り詰めた皮膚が三成の細くて長い脚を覆っていた。脹脛の凹凸だとか、その下の踝の出っ張りを押したり撫でたりして感触を確かめる。その間、三成は腕を組んだまま身じろぎ一つしなかった。
だから私はそのまま手を上の方にゆっくり滑らせてゆく。膝、これもまた可哀想なくらいに膝の皿が浮いている。これじゃあまるで貝合わせの蛤みたいだ。ちゃんと食べないからこんななんだよ。私は三成の膝をつぶさに観察しながら呟いた。ふん、と鼻息がひとつ、それだけ。脚に被さった夜着を払って太股を撫でる。外側と、内側。「っ、」いままでなんの反応もしなかったくせに、私の指先が内腿を撫でた瞬間に、三成の脚がぴくりと揺れた。うっかり口から飛び出した声のなり損ないみたいなものを、三成は慌てて隠そうとしたけれどもう遅い。私はそれを捕まえて、ぽーいと口の中に放り込む。胸の中で駆け回るそれの足音に耳を澄ませながら、私は雨垂れのような調子で三成の肌を指先で叩く。たたん、たた、た。くすくすと笑い声が漏れた。
人差し指と中指を人間の足のようにして、三成の肌の上を歩かせる。夜着の中に潜り込み、鼠蹊部をそっとひと撫でした。普段私が仕掛ける悪戯にあまり動じない三成も、それなりに弱い部分はあるらしい。そんな事実に、私はちょっぴり恥ずかしくなった。
もっとちゃんと、色っぽくしなだれかかれたらいいのだけれど、私にはそれがどうにも出来なくて。仄暗い部屋でこんな着物を着て、いかにもな雰囲気の中でどうしたらいいのかわからなくなってしまう。だから、いつも、幼い振る舞いで緊張をひた隠す。どんな顔をして彼の顔を見ればいいのかもわからないから、ふざけた態度で空白を埋める。三成の手がいつ伸びてくるのだろうと、そればかりを気にしながら。けれどいつだって三成は直ぐに私に手を出さない。きっかけは何なのか、それは私にはわからない。だから私の口は今言わなくてもいいような無駄なことばかりを話し出してしまって、ああ、折角のこの雰囲気を台無しにしてしまうのだった。

「ねぇ三成、戦のお話聞かせてよ。三成がいない間ね、私お針子の練習してたんだよ。だから三成がね、着物破ってもこれでちゃんと私が縫ってあげられるよ。だから安心して大暴れしてきて…ね、」

私が最後の言葉を言うのと、三成が私の悪戯な手を掴んだのは殆ど同時だった。顔を上げれば、数え切れない星屑をぎゅうぎゅうに詰め込んだみたいな三成の眼が、じっと私を見つめていた。

「もういい」

「…あ、…えっと、」

「もういいから、早く抱かせろ」

「……うん」

ごめん。私は言ったけれど、きっと三成は聞いてなかった。ばふ。背中から布団に倒れた所為で乾いた音が響いた。私に覆い被さる直前の三成の顔を思い出す。綺麗な顔は相変わらず、だけどその中に焦燥を滲ませて、細い眉を寄せていた。顔の角度が変わるたびに髪が影を落とし、星屑の瞳はキラキラと命の終わりみたいに輝いていた。
ピッタリと寄せられた胸板は薄い。でもちゃんと、あたたかい。私の首と肩の間辺りに鼻先を埋めている三成の髪を撫でたり、指を通したりする。さらさらと逃げてゆく銀の髪に、明り取りの障子から射し込む淡い月影が跳ねては落ちた。
久しく会ってなかったとはいえ、まさかこんなに切羽詰まった三成を見ることになるとは思っていなくて。昼間はあんなに普通だったのに。その裏側にこんなにもたっぷりの熱を湛えていたのかと思うと、私は身体の奥の方がきゅんと切なくなって、なんだかとっても恥ずかしくなった。
いつも袴だとかなんだとかで誰の目にも触れることもない三成の内腿に、触れることができるという特別。薄い唇が押し付けられる感覚に目をぎゅっと瞑る。そっと背中に手を伸ばすと、薄い生地の下で、綺麗な形をした肩甲骨が忙しなく動いていた。
私がさっきしたのよりもずっと乱暴に、乱暴にというか、荒々しくというか、鷹が獲物を掴むような手付きで三成は私の脚に触れた。内腿を、指が這う。甘美な時間が、始まる合図。三成。口にした名前は鼻にかかって甘ったるかった。そんなつもりじゃなかったのに。髪に差し込んだ指先の熱が、上昇してゆく。三成、三成。呼ぶたびに、三成の返事代わりの吐息が肌に触れてこそばゆかった。笑ってしまいそうだったけれど、私は我慢する。きっと三成はいい顔をしないから。そういう、雰囲気みたいなものを案外大切にするのだ、三成は。
会いたかったよ、三成。だから私は耳元に口を寄せて囁いた。三成は動きを止めてゆっくりと顔を上げる。少し首を傾げて、何かを見定めるような目付きをして、そして緩く唇で弧を描く。

「ああ」

たったそれだけ。その二文字を薄く開けた唇から声にすると、言葉の続きを直接私の中に流し込む。ゆるゆると、思考の糸が解けていくようだった。

【ほしくずのひとみ】
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