2015

(利家と長可が現トリ/深く考えてはいけない)

あー犬、犬おいで。わんわんって言って。そう言うと犬千代は素直に「わん」と鳴いてベッドから降りてくる。いつの間にか犬千代の指定席になってしまった私のベッド。背の大きな彼には少し窮屈そうだけれど、居候なのだから仕方がない。犬千代は人であり犬であり私のペットなのだ。家事機能付きなのだからそこそこに有能といえる。

「今日も変わったことは無かった?」

「無かったでござるよ」

「ならよし。おいで、お風呂入ろう」

そう言って犬千代を見れば鼻に皺を寄せていた。どれだけ経っても犬千代はお風呂を嫌がるものだから、私が一緒に入ってやるしかほかはない。殆ど外出しないとはいえ毎日お風呂に入ってくれないのは流石に困る。よしよしと頭を撫でて手を引けば、渋々といった風で私の後をついてくる。スウェットを脱がしてやれば髪の毛が静電気で逆立っていた。同じように裸になった私の腰のあたりにまとわりついてくる犬千代共々浴室に入ってシャワーのノズルを捻る。ざぁ、と勢いよく吹き出すシャワーが徐々に湯に代わりもうもうと室内が煙ってゆく。
まずは足元からかけて慣らし、それから上半身を濡らしてスポンジで洗ってやる。自分でやんなよ。何度もそう言ったのだけれど、犬千代は決して自分では洗おうとしないのだった。私がいない間に家事をやってくれるのだからこれぐらいはいいけれど。大の男がこうして全身まるっと洗われているもなんだか滑稽な光景だ。
全て洗い終わると、背中を押して湯船に犬千代を沈める。その間に私が身体を洗い、犬千代は大人しくその様子を眺めている。時々、私の身体についたボディソープの泡にちょっかいを出したりしながら。
そうして私がバスタブに入ろうとすれば犬千代は律儀に大きな体を精いっぱい小さく折りたたんで私の為にスペースを開けてくれる。あまり意味はないから結局は私が犬千代の上に乗るような形でたいていは収まる。触れてもいいのかいけないのか迷っているような手つきで所在なくもぞもぞしている犬千代を振り返って胸板に頬を寄せる。お湯の暖かさとはまた別の人間の暖かさ。犬千代の体温は高い。一日の疲れを吐き出すぐらいに息をつけば、大きな手が私の頭を撫でてくれた。見上げればじいっと私を見つめてくる犬千代のぱちぱちと瞬きするつぶらな瞳。髪の生え際から汗が一筋流れ落ちた。控えめに抱き締めてくる腕の圧迫感が心地よかった。
身体を固くして髪をドライヤーで乾かされると、パンツ一枚で犬千代は真っ直ぐにベッドに向かう。正座をして此方を向いている彼の膝の上に乗れば、バスルームでされたのとは全然違う強さで抱きすくめられた。
そのままベッドに押し倒されて犬千代は私の首筋を舐める。犬千代は私を舐めるのが好きだ。首筋から足の先まで。指の間を舌が這う感覚に私は肌を粟立たせる。かわいい犬千代。私の犬千代。綺麗に筋肉のついた犬千代の身体に私は爪を立てて引き寄せた。
どうせ次の日は休みだからと犬千代の好きなようにさせていたら、最後に私が時計を見たのは夜中の三時だった。多分私より少し年上なのだろうけれど、そりゃあこれぐらいの歳の男が何もせず一日家に籠っていたら性欲も溜まるよなあと思いながら私は緩やかに意識を手放した。犬千代の熱い吐息だけがやけにはっきりと感じられた。


お味噌汁の香りで目が覚める。キッチンを見ればボクサーパンツにエプロンをつけただけの犬千代がコンロに向かってお味噌汁の味見をしていた。身体がだるすぎて動かないので小さく身じろぎをして体勢を変える。動いた拍子に身体の奥からどろりと昨晩の名残が内腿を伝った。お風呂、入りたい。ねー犬千代お風呂連れてって。そう言おうとした瞬間。

「うおぉぉぉ?!」

頭上から聞こえてきた知らない声。と同時に私の隣にぼすんと誰かが落ちてきた。

「……どちら様でしょうか」

「nameー、どうしたのじゃー?」

何事かと振り向いた犬千代と、落下してきた謎の人物の目が合うや否や二人は大きな声で「あー?!」と叫んだ。

「前田どの!」

「長可!」

「えっ知り合い?」

斯々然々云々かんぬん…。身なりからして犬千代がここにやってきた時と同じものだったからまさかとは思ったけれど、よもや知り合いだったとは。しかもなんだかあまり仲は良くないっぽい。犬千代は長可とかいった少年から私を隠すようにして自分の身体の後ろに庇っている。
腰に提げていた刀を抜いて此処は何処なのじゃ何故前田どのがおるのじゃと馬鹿でかい声でがなっている長可くんがあまりにも危険人物なので、耳打ちで犬千代にとりあえず刀だけ取り上げるように言ってみる。そうすればまさかの揉み合いとなり床が抜けそうなほどの取っ組み合いが続いた結果(一軒家でよかった。有難う天国のお父さんお母さん)背の大きな犬千代が勝利を収めた。

「くそう、またか!!」

「暴れるな長可」

心底悔しそうな表情を浮かべて床を叩く長可くんに向かって、犬千代は取り上げた二本の刀を肩に掛けながら言う。ていうかその前に長可くんはもっといろんな事を疑問に感じるべきだと思う。あと……。

「なんでもいいけどお風呂入ってきてくんないかな」

見るからに薄汚れている格好でこの部屋にいられてはたまったものではない。けれどやはり彼も犬千代と同様に「はぁ?風呂だと?」と顔に似合った反抗的な態度をとってくる。
なんなんだいったい。むしろなんなんだこの部屋は。どこか異空間につながるトンネルでも通っているのか。ああもう知らないいいからさっさと風呂入れよ。犬千代に頼んでもどうせやらないだろうから、もうどうにでもなればいいという気持ちで私が入れることにする。どのみちシャワー浴びたかったし。甘い痺れの残る足で立ち上がり床に座り込んでいる長可くんの手を取れば、何も身に付けていない私の身体から思い切り目をそらす。というよりどうやらそれを犬千代の方が嫌がっているようだった。「nameどの、何か羽織ってくだされ!」と慌てる犬千代に朝ごはんの準備頼むよーと言って肩を叩くと私は長可くんをバスルームに引きずって行く。潤んだ脚の付け根が少し気持ち悪かった。たっぷり出したなあの犬め。
うわぁやめろ何をする叩き斬るぞ。だとかなんだとか言っている長可くんを裸にひん剥いて、犬千代が初めてここにやってきた時以来に見た褌も剥ぎ取って暴れる長可くんを浴室にぶち込んだ。暴れる猫の方がまだましと思わせるような活きのいい長可くんが静かになったのはようやく彼を浴槽に浸からせるのに成功した頃だった。

「気持ちいいでしょ」

「知らん」

「ツンデレ?」

「つん…?訳の分からんことを言う女子じゃな」

ぷいっと向こうを向いてしまった長可くんが年相応に可愛くて私は笑う。ばたーんと扉が開いてそこから犬千代が現れた。

「不埒な真似をされてはござらぬか?!」

「されてないよ。ごはんの準備できた?」

「完璧にござる」

「さすが犬千代。ほら、長可くん出るよ」

若干のぼせ気味の長可くんを引っ張り上げて毎晩犬千代にするみたいにして身体を拭いたり髪を乾かしてあげたりする。勿論始終騒ぎっぱなしだった。
犬千代の服を貸してあげたら長可くんは少し余った袖と裾をまくり上げながら又してもとっても悔しそうな顔をしている。どうやら犬千代より背が小さいことを気にしているらしかった。
テーブルに犬千代が運んでくる朝食と犬千代自身をもの珍しそうに交互に眺めて、躊躇いなく長可くんはご飯をかき込んだ。おお前田どのが作ったにしてはうまいでござるな。なんて憎まれ口なんだか褒めてるんだかわからないような事を延々と言いながら三回もお代わりをした長可くんは、ふーと一息ついて「此処は何処なのじゃ」と今更ながらの質問をするのだった。四百数十年後の日本ですよと説明したところでどうせわかってもらえなさそうなので「まぁいいじゃないどこだって」と私は適当に返事をする。そんなことより大飯ぐらいがもう一人増えて我が家のエンゲル係数はいったいどうなってしまうんだろうか。犬千代だけならまだしも長可くんまで増えてしまったら…家が一軒家で私しかいないのが唯一の救いだけれど…まあ親の遺産もあるし私の稼ぎもそこまで悪いものではないから…なんて現実的なことを考えながら(そういえば戸籍とか住民票とかどうするんだろう…)犬千代がいれてくれたお茶を啜る。

「我が家においてもいいけどそれならちゃんと家事をやること!」

「そうだぞ長可、働かざるもの食うべからず!」

「……」

いまいち納得のいっていない顔で私と犬千代を交互に見た長可くん(頬っぺたにご飯粒が付いている)はポリポリと頭を掻くと「まあよいわ」といって仰向けになった。まあいいんだ…。そんなもんなの?
犬に加えて荒っぽい猫が増えたような、気がする。早速豪快な寝息をたてている長可くんを犬千代と眺めながら時計を見ればもうすぐお昼になろうとしているのだった。

【エキサヰト運命】
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