2015

ただ何をするでもなくぼおっと無言で庭を眺めていると、同じようにして座っていた三成が身じろぎをする。綻びはじめたぼけの花が、寒々しい枯れ枝の其処彼処に春の息吹をもたらしていた。
けきょ、と間の抜けた鶯の子供があげた鳴き声に、私はくすくすと笑う。
ここのところずっと忙しい日が続いていて、私も三成も目が回るほど身を粉にして働いていた。刀を握る日もあれば筆を握る日もあった。
どちらも得意な三成は難なく与えられた仕事をこなしていたけれど、やはり日に日に目元の隈は濃くなっていたし、もうこれ以上落ちる肉なんてないように見えるのに頬だって少し痩けていた。
私は私でそんな三成に無理矢理ご飯を食べさせたり書き損なった書状の山に埋れたりと彼ほどではないにしてもそれなりに随分と忙しかった。それでも秀吉さまと半兵衛さまの為と思えば全く辛いなんていう気も起きなかったし、それどころか過酷が極まれば極まるほど空元気ともいえるぐらいに底抜けな力が無尽蔵に湧き出してきて私と三成を突き動かすのだった。
そうして、まあ結果は目に見えていたのだけれど、私と三成は二人揃って見事に倒れた。何の前触れもなかったから二人して倒れた私達を見た秀吉さまと半兵衛さまは大層びっくりしただろう。
丸一日と半分、懇々と眠り続けて漸く目を覚ました私達に、働かせすぎてしまったことを詫びる二人にむしろ此方が狼狽えてしまった。暫くの間君たちはゆっくりと身体を休めることが仕事だよ、いいね。私と三成を交互に見ながら言う半兵衛さまの後ろで、秀吉さまの大きな身体が何時もより少し小さくなっている気がしてなんだか申し訳なかった。
言いつけられた仕事の倍量を日々こなしていた私達は休日初日、何もすることがない一日のあまりの長さに気が遠くなった。城内を彷徨いたり畳の上で寝転がったりしたもののどこか落ち着かず、試しに庭で刀を握ってみたけれど、何処からともなく素早く現れた部下に刀を取り上げられ代わりにお小言をもらってしまった。どうやら城内の全員に私と三成を決して働かせず休ませるようにときつい御達しが出ているようだ。
だから諦めて私達はぼんやりと冬から春に変わりはじめた大阪城の中庭を眺めているのであった。

「暇だねぇ」

「ああ」

「働きたいねぇ」

「ああ……いや、駄目だ。半兵衛さまから休むことが仕事なのだと仰せつかっているのだからな」

「うーん……」

けきょけきょ。今度は二度続けて鶯が鳴いた。長閑すぎて気が抜けてしまうけれど、今はそれでいいのかもしれない。
私達の抱え込んでいた仕事は皆が少しずつ分担してくれた。頑張るのはいいことだけれど、もう少し周りを頼ることを覚えた方がいい。己の力を過信しすぎるといつかは周りを巻き込んで共倒れてしまいかねないからね。半兵衛さまの言葉が蘇る。
陽射しで暖まった床板にごろりと寝転ぶ。胡座をかいた三成の腿に頭を預けるけれど、それは決して寝心地のいい感触ではなかった。あんなに働いても一向に落ちることのなかった自分のお腹周りの肉を摘まみながら欠伸をすれば、伸びてきた三成の手に口を塞がれた。

「秀吉さまの城でみっともない仕草をするな」

「えー…膝枕はいいのに?」

「……」

下から見上げれば、三成は目を逸らす。角度の所為で狭いおでこがちらりと見えた。
ずっとずーっとこんな毎日が続けばいいのにと思わせるような麗らかさだった。春の瑞々しい香りが空気を濃くしていて、私はそれを胸いっぱいに吸い込んで吐き出せば、遠くの方で組手だとか槍だとかの稽古をする声が聞こえてくるのに混じって私のお腹がぐぅと鳴った。

「働かなくてもお腹は減るから不思議だよね。むしろ働いてない時の方がお腹減るのはなんでかな」

「知るか」

「三成には無縁の悩みだもんねー」

「ふん」

鼻を鳴らした三成は私のお腹を手持ち無沙汰に弄りながら何処か遠くを眺めていた。きっと頭の中では禁止されている仕事のことだとか、離れていった家康のことだとかを考えているんだろうなと思った。
三成の手を払うこともせず私は台所にお饅頭でももらいに行こうかなと考える。
その時、ひらひらと目の前を白い蝶が横切った。触れられるとは思わなかったけれどなんとなく手を伸ばせば三成に「おい、それは食べられんぞ」と言われて私は吹き出した。
冗談なのか本気なのか、昔から三成はそうなのだ。割と真面目に冗談を本気で言うから面白い。本人が至って真面目なのがまた笑いを誘う。まあ大抵は笑うと不機嫌になるのだけれど。
私の指先をひらりと躱して蝶はゆっくりと遠ざかって行く。行き場を失った私の手は、下ろすよりも早く三成に掬われる。目線だけでどうしたのと訊ねるけれど、一瞬真面目に見つめられたかと思えばやっぱり何も言わないまま視線は素っ気なく逸らされた。

「ああー暇だー」

「ならば寝ろ」

「三成の膝枕じゃあ硬すぎて寝れないよ」

「勝手に人の膝を使っておきながら文句を垂れるな」

「あ、じゃあ私が膝枕してあげよっか」

「……断る」

「今の間は一体なによ」

「貴様の脚は厚みがありすぎて首が疲れる」

「えー傷つくなー」

そこまでじゃないでしょ、と抗議して起き上がろうとする私の額を掴んで(痛い!)無理矢理寝かせようとしてくる三成は、なにを想像したのか知らないけれどちょっぴりほっぺが赤かった。
うーん、と伸びをして三成の方に寝返りを打つ。腰に腕を回して抱きつけば、ゆるゆると頭を撫でられた。いつもみたいに突っぱねられないのが不思議で三成を見る。不機嫌そうに寄せられた眉。猫背気味な背中の所為で前髪が顔に影を落としていた。
大きな手で視界を塞がれる。されるがままになっていれば、額に薄い唇が控えめに押し当てられた。飛び起きようとしたけれど、顔面を押さえつけられている為に身動きが取れない。三成がこんなことをするなんてやはり相当疲れが溜まっているに違いない。二、三本頭の部品が飛んで行ってしまったんだ。うん、そうだ。

「煩い、黙っていろ」

心の呟きはどうやら口から出ていたらしい。力の入った指先にこめかみをキリキリと締め付けられて、私は頷くことしかできなかった。
そうして私の唇に重ねられた三成のそれ。いつもはひんやりと冷たいのに、今日ばかりはこの小春日和の陽気にあたためられたのか、きちんと血の通った温もりがそこにはあった。それだけではないかもしれないけれど、なんて。
ごりごりした三成の膝枕の上で、やってきた眠気に抗わずに私は微睡んだ。ほーほけきょ。ようやく様になった鶯の声を遠くの方に聞きながら。

【ウィークエンドハッピー】
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