2014

「な、長秀さまっ」

「?」

うららかな午後の日差しを浴びながら庭を望み、一人静かに茶を啜る長秀の元にnameがやってきた。最近嫁いできたnameと長秀は互いに奥手で、というよりもあまり喜怒哀楽を表に出さず女心をあまり理解していない長秀の性格もあってか中々良い仲になれぬまま、季節はあっという間に夏から秋へと変わってしまった。
そんな彼らの様子が気になる信長に、「もう少しどうにかしたら?」などと言われるものの、nameの事を妻として自分なりに大切にしている長秀にとって、信長をはじめとした同僚家臣たちの言葉の意味がいまいちピンとこないのだった。
控えめで奥ゆかしいnameの染まった頬を思い出し、ずず、とひと口茶を飲んだ。このままではいけないのだろうかと長秀は思う。自分としてはただ隣にnameがいて、時折たわいない会話を交わすことができれば十分なのであるが。nameはそうでは無いのだろうか。彼女にさしたる不満があるようにも見えぬのだが…。長閑に餌をつつき合う二羽の雀を眺めながら、長秀は固い動きで腰を下ろしたnameの隣でひとり首を捻るのだった。

「何かあったか?」

「いえ、あの…その…」

続きの言葉を言い淀むnameをどうしたのだろうと覗いてみれば、顔を赤くし、あろうことかほんの少し涙すら浮かべて唇を噛み締めているではないか。流石の長秀もこれはただ事ではないと、手に持っていた茶碗を傍に置き身体ごとnameにの方へと向き直る。

「何があった?どこか痛いところでもあるのか?」

検分するような長秀の視線を全身に浴びたnameは、小さな身体をますます小さくして今や首筋まで紅潮させている。熱でもあるのだろうかと思った長秀は、ペタリとnameの額に手をあてた。

「長秀さま?!な、なにを…」

「いや、顔が赤く様子もおかしい。熱でもあるのかと思ったのだ」

「熱など…ありません。ただ…」

今にも泣き出しそうなnameの顔を不思議そうに長秀は見る。熱がなくてこれであるというならば、この女子が熱を出したら一体どうなってしまうのだろう。全身から火が吹き出すのではないだろうか、そのような妻は流石に困る。住む場所も窖にでも変えねばならない。などと思案している長秀の腕をnameが掴む。

「でえとなるものを…私もしたいのです」

「でえと」

「はい…」

「信長様が奥方様とされているアレか」

「…はい」

消え入りそうな声で頷いたnameは面を上げることなく俯いたまま、小さな手を握りしめていた。でえと、か。と長秀は思う。もうすぐ秋祭りがあるはずだからそこに連れてゆくのもいいかもしれない。秋の田を見に行くもよし、町へ物見へゆくもよし。そう思ってみると秋というのはでえとにうってつけの季節であるということに彼は気が付いて、ふむ、とひとり頷く長秀であった。しかし一向に口を開かない彼の様子を見たnameは、もしかして機嫌を損ねてしまったのではないだろうかと気が気ではなく、恥ずかしいやら悲しいやら申し訳ないやらでとうとう堪えていた涙をぽろりと零してしまう。

「すっ、すみませ…長秀さまがお忙しい身と知りながら…我儘など申して…っ、」

「何故泣くのだ」

鼻に走る一文字の傷を指先で触りながら長秀はどうしたものかと密かに焦る。何故突然泣き出すのか、何故nameの涙にこれ程胸が苦しくなるのか。自分が泣かせた記憶はないが、とにかく何か言わねばと思い彼は一言「すまん」と謝った。

「違っ、何故長秀さまが謝られるのです…そんな、私は、私が…」

はらはらと頬を濡らすnameの涙を、長秀は懐から取り出した懐紙で拭いてやる。焚き染められた深い香の薫りにnameの涙もようやく落ち着いた。

「name」

「はい…」

感情的になり涙したことを恥じているnameは彼と目を合わせようとしない。長秀もまたnameの膝辺りに視線を落としたまま静かに口を開く。

「言いたいことがあればどんな我儘でも言えばいい。殊お前の言う我儘など、我儘の内に入るようなものではない」

「なが、ひでさま…」

「わしはどうにも女心に疎いらしいな」

「……」

「あまり構ってやらず、すまなかった」

もう一度ぺこりと頭を下げた長秀の肩を掴み、nameは慌てて面を上げさせる。夫に頭を下げさせるなどあってはならないことである。何時もの変わらぬ表情のまま、長秀はnameの手を取り再び庭へと視線を向けた。自分としてはここでこうして二人庭を眺むるだけでも十分に幸せなのだが、と思う。それはnameも同じことではあるのだが。時折見かけるでえと中の帰蝶のあまりにも幸せそうな顔に、彼女も少しながらの羨望を抱いていたのであった。しかしただでさえ政務に忙しい長秀が安土城の普請奉行に任ぜられた為、屋敷に長く腰を据えることもままならない状態となってしまい、今日の今日まで言えずにいたのだ。

「それでは行くか」

「い、今からにございますか?」

よし、と一息ついて湿った懐紙を胸元に仕舞うと長秀は立ち上がる。言い出したnameもまさか今からすぐに行くことになろうとは思いもよらなかったのか、目をパチクリさせて慌てだす。外に出る用意が…まだ心の準備が…。などとおろおろするnameに長秀は手を差し出した。nameが手を取り立ち上がるのを見届けると、日の高く昇った空を見上げて口を開く。

「お前は美しいのだから、無理に飾り立てずともいいと思うのだが」

「それでは私の気が済みませんし、それに私など…綺麗では…」

「控えめな性格は、嫌いではない」

「そのようにお褒めいただいたところで何も出ませんよ?」

そう言って長秀を見上げるnameを前に、彼は今日何度目になるだろうか、またしても首を傾げる。

「何もいらない。わしにはお前がいればそれでいいのだ」

「!」

女心に疎い疎いと言いながら、思わぬところでこちらが赤面するような言葉を口にする長秀にnameは顔から火が出そうな心地で彼の小袖を掴む。長秀の胸元に差し込まれた懐紙からは歩く度、涙に濡れていっそう深みを増した馨しい薫りが匂い立ち、半歩後ろをゆくnameをいつまでも気恥ずかしくさせるのだった。

☆信長協奏曲企画サイトさま【おばかさん】に提出
※提出済みなのですが企画サイト主催者と連絡がとれずアップされていない状態が続いている為、当サイトにのみ掲載しております。
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